福島県立郡山商業高等学校

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福島県立郡山商業高等学校(ふくしまけんりつ こおりやましょうぎょうこうとうがっこう)は、福島県郡山市菜根にある県立高等学校。略称は「郡商(ぐんしょう)」。

概要

歴史
1920年(大正9年)創立の「郡山実業補習学校常設部」を前身とする。実業学校を経て1948年昭和23年)の学制改革により、新制高等学校となった。2010年(平成22年)に創立90周年を迎えた。
郡山市内の県立高等学校としては、福島県立安積高等学校(1884年(明治17年)創立)・福島県立安積黎明高等学校(1911年(明治44年)創立)に次いで歴史が長い。
設置課程・学科
全日制課程 4学科
  • 国際経済科 - 2013年(平成25年)生徒募集、2015年(平成27年)3月閉科予定
  • 流通経済科
  • 会計科
  • 情報処理科
校訓
「自治・勤労・感謝」
校章
「学問」を表すペン先3本と、「商業」を表すマーキュリー(商業神)の羽根を組み合わせたものを背景にして中央に「商高」の文字(縦書き)を置いている。
校歌
商業学校時代の1937年(昭和12年)に制定。作詞は土井晩翠、作曲は青柳善吾による。歌詞は2番まである。

沿革

旧制・実業学校時代
  • 1894年(明治27年)から - 毎年冬季に金透尋常小学校で「青年夜学会」と称して補習教育を行う。
  • 1918年大正7年)1月10日 - 「郡山実業補習学校」が設立され、季節限定で夜間授業を行う。
  • 1920年(大正9年)4月1日 - 修業年限2年の常設部を設置。
  • 1923年(大正12年)5月31日 - 「郡山実業専修学校」に改称。修業年限を3年とする。
  • 1924年(大正13年)4月1日 - 郡山金透尋常高等小学校との併設を解消し、郡山市内鐘堂の造林署跡に移転。
  • 1925年(大正14年)7月27日 - 担場郡山煙草専売局収納所に移転。
  • 1926年(大正15年)7月28日 - 実業学校令により、「福島県郡山市立郡山商工学校」(商業科・工業科)を設立。農業科を廃止。
  • 1932年(昭和7年)
    • 2月17日 - 同年4月1日から商業科の修業年限を5年とし、工業科を昭和9年限りで廃止する件が認可される。
    • 4月1日 - 商業科の修業年限を5年とする。工業科の募集を停止。
  • 1934年(昭和9年)4月1日 - 工業科を廃止し、「福島県郡山商業学校」(郡山市立)と改称。定員を500名とする。
  • 1936年(昭和11年)4月11日 - 郡山菜根屋敷92番地に新校舎が完成し移転を完了。
  • 1937年(昭和12年)4月1日 - 校歌を制定。
  • 1943年(昭和18年)4月1日 - 実業学校令の施行により、この時の入学生から修業年限が4年となる。
  • 1944年(昭和19年)4月1日 - 教育ニ関スル戦時非常措置方策により、「福島県郡山工業学校」(郡山市立)に転換。
  • 1945年(昭和20年)
    • 4月1日 - 学校での授業が停止される。ただし勤労動員は継続される。
    • 9月 - 終戦により授業が再開される。
  • 1946年(昭和21年)4月1日 - 商業科が復活し「福島県郡山商工学校」(郡山市立)に改称。修業年限が5年となる。
  • 1947年(昭和22年)4月1日 - 商業科が福島県に移管され、「福島県立郡山商業学校」に改称。工業科は福島県郡山工業学校(郡山市立のまま)として分離独立。
新制・商業高等学校

進路概況

部活動

体育系
文化系

交通

著名な出身者

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脚注

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関連項目

外部リンク


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