幾寅駅

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ファイル:幾寅駅待合室.jpg
待合室(2004年8月)
ファイル:幾寅駅事務室.jpg
本来の事務室(2004年8月)

幾寅駅(いくとらえき)は、北海道空知郡南富良野町字幾寅にある北海道旅客鉄道(JR北海道)根室本線の駅である。駅番号T36電報略号トラ。かつては急行「狩勝」の停車駅だった。

駅構造

単式ホーム1面1線を有する地上駅

かつては島式ホーム状の2面を有していたが、いずれも片面使用の実質相対式ホーム2面2線で、駅舎側ホーム(下りホーム)と駅舎の間に貨物積卸線1本と駅裏側に大きく膨らんだ貨物線1本を有していた。当駅は建設時には南側に駅舎が設置されていたが、この駅裏の貨物線は駅舎が北側に移転した後に設置されている[1]。駅舎と互いのホームは構内踏切で連絡していた。駅裏側の貨物線が先に廃止され[2]、後に駅舎側の貨物積卸線も貨物取扱廃止に伴って使用されなくなって、1983年時点では側線として残っていたが[3]、1993年(平成5年)時点では、この側線も富良野側の転轍機が外されて滝川方から分岐する側線となっていた[4]。更に交換設備廃止の上、島式ホーム1面使用の単式ホームとなっている。

駅舎は線路の北側(根室方面に向かって左側)に位置し、築堤上のホームとは階段で連絡する。古い駅舎であるが、映画『鉄道員(ぽっぽや)』の撮影の為、より古さを強調した感じ[5](外観及び内装も[6])に改修されている。

駅名の由来

駅の所在する地名より。地名は、アイヌ語の「ユク・トラシ・ペツ」(鹿の上る川)に由来する。なお、当駅はアイヌ語の音に漢字を当てはめたもので、訳して駅名にしたのが隣駅の東鹿越駅(及び旧鹿越信号場)である。

利用状況

  • 1981年度の1日乗降客数は182人[3]
  • 1992年度の1日乗降客数は218人[4]

駅周辺

幾寅の市街地になっており、商店や住宅が立ち並ぶ。

歴史

ファイル:Ikutora eki.jpg
1977年の幾寅駅と周囲約750m範囲。右が新得方面。駅舎の西側に線路まで軒の突き出た貨物ホームの上屋と、駅舎と下りホーム間に敷かれた貨物積卸線に多くの貨車が留置されているのが見える。幾寅森林軌道の駅土場は駅舎辺りからその東側にかけて設けられていたが、その後も昭和20年代まで駅裏土場と併せて木材搬出土場として利用されていた。駅裏側の大きく膨らんだ貨物線にも貨車が数台留置かれているが、隣接する駅裏の土場には既に物が無い。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成

その他

  • 映画『鉄道員(ぽっぽや)』の中では石炭輸送路線終端駅の「幌舞駅」として登場する。駅舎は映画のロケーションのために改装されている。また駅前には、映画内で「キハ12 23」として登場したキハ40 764号気動車(ぽっぽや号)の一部分(前頭部)が、2005年(平成17年)に廃車の後に設置・保存されている。
  • 待合室内には映画撮影関連の写真や小道具、出演者のサインなどを展示し、駅前の食堂などのロケーションセットも残され[6]、多くのファンが訪れる。

隣の駅

北海道旅客鉄道
根室本線
東鹿越駅 (T35) - 幾寅駅 (T36) - 落合駅 (T37)

参考資料

  • 南富良野町史 下巻 平成3年発行
  • 旭川営林局史 第一巻 昭和35年発行

脚注

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関連項目

テンプレート:根室本線1
  1. 貨物線の設置時期は不明。1933年(昭和8年)以降。参考図書:昭和3年版 線路一覧略図 札幌鉄道局発行。
  2. 廃止時期不明、1977年以降。
  3. 3.0 3.1 書籍『国鉄全線各駅停車1 北海道690駅』(小学館1983年7月発行)114ページより。
  4. 4.0 4.1 書籍『JR・私鉄全線各駅停車1 北海道630駅』(小学館1993年6月発行)111ページより。
  5. テレビ番組『にっぽん木造駅舎の旅』(NHK BS12009年放映)より。
  6. 6.0 6.1 書籍『北海道鉄道駅大図鑑』(著:本久公洋、北海道新聞社2008年8月発行)242ページより。
  7. 当駅の南側にある栄町が旧市街で、焼失前の駅舎は南側(現在の駅裏側に相当)にあった。