工藤夕貴

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工藤 夕貴(くどう ゆうき、1971年1月17日 - )は、日本歌手女優。所属事務所ヒラタオフィス。元俳優で現在クラブDJの工藤正貴は実弟。

来歴・人物

歌手の井沢八郎の長女として八王子市に生まれる。堀越高等学校卒業。1983年渋谷スカウトされて、芸能界デビュー。TBSザ・ヒットステージ』で小堺一機相手にアイドルをメッタ斬りする毒舌小学生で話題になり、その後ハウス食品の、チキンラーメンタイプの袋麺「303」(さんじさんぷん〈3時3分〉、サンマルサンとも)のコマーシャルで「お湯をかける少女」として人気者となる。日立製作所MSXパソコン、「MB-H1」の雑誌広告にも出演した。

デビュー後の数年間、井沢の娘であることを公表せずに芸能活動をしていた。夕貴によると「名が知られている父の娘として活動すると、『親の七光り』のように見られるかもしれない。自分の力で仕事をしていく為に、敢えて公表していなかった」と語る[1]

1984年石井聰亙監督の『逆噴射家族』に出演し、女子プロレスラーとアイドル歌手を目指すミーハー娘を演じた[1]。また、この映画の挿入歌「野生時代」で歌手デビューも果たす。同期歌手には中山美穂本田美奈子.南野陽子井森美幸浅香唯などがいた。また同じ頃、文化放送『ハッとミラクルアイドルナイター』で中学生パーソナリティとしてラジオデビュー。メインパーソナリティ扇一平アナウンサーとの絶妙の掛け合いが大きな話題を呼んだ。1985年には、第1回東京国際映画祭のヤングシネマ部門で大賞を受賞した相米慎二監督の『台風クラブ』に主演し、若手実力女優の地位を確固たるものにした。

ハリウッドの事情について知り、自分もハリウッドで女優業に挑戦することを決意、英語がほとんどできないレベルからそれを学習して準備しつつ、16歳ころからハリウッドに挑戦、無数の"壁"にぶち当たりなかなか成果が出なくてもあきらめず、様々な苦労を重ねつつ挑戦を続け、1989年ジム・ジャームッシュ監督の『ミステリー・トレイン』に出演、初ヌードも披露して以来、海外作品への出演も多い。代表的な作品に『ヒマラヤ杉に降る雪』、『ピクチャーブライド』がある。

また、1990年今井正監督の遺作となった『戦争と青春』に主演し、ブルーリボン賞主演女優賞を受ける。

1990年より、ユネスコのボランティア活動の一環として、タイの教育施設への支援に取り組んだ[1]

1991年1月15日NHK「成人の日」番組において、自分の母親の着たウェディングドレスを着用して出演、自分を含む新成人たちへのメッセージと歌を披露した。

1991年、自作の童話を発表した[1]

1995年ハワイ在住のサラリーマンと結婚したが、3年後には離婚した。

ハリウッドを中心に活動していたが、2005年、父八郎の病気から日本に帰国した[2]。同年には、地球ゴージャスのミュージカル『クラウディア』に出演し、新しい魅力を印象付けた。これは、本田美奈子.が急性骨髄性白血病で芸能活動を休止することになった際、代役として引き継いだものである。

2006年10月、第19回東京国際映画祭で、コンペティション部門の審査員を務めた[3]

2007年1月17日に父・八郎が食道癌で逝去。奇しくもその日は夕貴自身の誕生日であった。同年8月25日には、ジャッキー・チェン真田広之と共演した『ラッシュアワー3』が国内で公開された。

2008年、『春よこい』では、夫が殺人容疑で指名手配され、家族を守り続ける母親役を演じた[4]

2009年、『リミッツ・オブ・コントロール』に出演、ジム・ジャームッシュ監督作品への出演は20年ぶりであった[5]

2010年10月10日に公務員で武道家の7歳年上の男性と結婚したことを発表した[6]

2012年、クロード・ガニオン監督の映画『カラカラ』に主演[7]、同作品はモントリオール世界映画祭で、「世界に開かれた視点賞」と、「カナダ映画を対象にした観客賞」を受賞した[8]

エピソード

  • アイドル歌手としてデビューする際、非常に高額のプロモーション費用が投じられたことが、そのままプロモーションの一環として喧伝された。同様の例にはセイントフォーなどがある。ただし「高額プロモーション喧伝アイドル」の多くは、歌手として大成していない。工藤も歌手としてよりも女優としての活躍の方が著名。
  • 父の井沢が娘とほぼ同じ年齢の少女を買春したことや、不倫騒動(隠し子の存在も明らかになった)を起こした際に、その行為にあきれた旨の反応を見せたことがある。
  • 同じ工藤姓であることから、本田美奈子.と親類ではないかという噂があったが、夕貴サイドは否定している[9]
  • 歌手としてNHKの歌番組に出演時、楽屋で話し込んでしまい自分の出番に気付かず、工藤の次に歌う予定だった早見優が機転を利かせてその場を凌いだことに関して、後年『はなまるマーケット』中のコーナー「はなまるカフェ」で、工藤が早見に直接謝罪していた。
  • 上記エピソードに限らず「デビュー当時の頃を振り返ると、今でも赤面してしまう」ようなおきゃんぶりを発揮していたと、トーク番組で語っている。
  • ひょうきんベストテン』にゲスト出演した際、NGを出してひょうきん懺悔室送りになった。結果は×で大量の水を浴びる羽目になり、ずぶぬれになって「うらめしや〜」と叫んでいた。
  • アイドル時代とされたデビュー後数年間、工藤自身は次第に「何か違う」「私はこのままアイドルとしての芸能活動を続けていいのか?」と考えるようになり、葛藤していたという。
  • トーク番組内で「ボランティア活動をしたいと思う」と発言し、共にゲスト出演した杉良太郎から「若いのに立派だ」という旨の言葉を受けたことがある[10]
    また、父・井沢八郎が亡くなった後、父親のヒット曲である「あゝ上野駅」を、自分が歌い継ぐと宣言している。
  • わたしはあきらめない』にゲストとして招かれた時、スカウト・デビュー前の小学校高学年時代を振り返り「一時はいじめによる深刻な悩みで辛い日々であった」と、告白した。
  • ハリウッドを中心とした映画女優の修行や撮影などを通して相応レベルのアメリカ英語をマスターした経験を基に、2005年に『英語でしゃべらナイト』出演。同番組内のワンコーナー「パックン英検」では、MCパトリック・ハーランですら感心する英語の実力を示し、喝采をあびた。また、日本人が不得意・苦手とする「r・R」の発音について、工藤流の発音習得方法を披露。これらを機に、番組本にて英語についての連載を手掛けている。
    2007年にも出演し、番組内の特設コーナーにて押切もえなどと共に、英会話をしながら料理を作る「楽しみ」を、視聴者に披露した。
  • アメリカに住んでいた頃、中古住宅を手ごろな値段で購入し、自ら図面をひいて「悪戦苦闘」の末、リフォームを施して売りに出したところ、デザインや機能性が素晴らしいと元値の数倍もの価格で売れたという。本人は自虐的に「私、女優やっていたんじゃなくて、『土地転がし』をしていたんですよ」と発言。共演者を笑いの渦に巻き込んだ。[11]
  • かつてのハリウッド作品のオーディション応募・選考には、本人が選考会場に出向き、面接や演技を審査員に見聞きさせるスタイルであったが、近年では実績のある俳優クラスの場合、ビデオテープなどによる応募も可能になってきている背景もあり、住み慣れた日本国内に改めて住居を構え、活動の拠点をシフトさせていった。
  • 現在は静岡県富士宮市)に広大な土地を購入し農業を行いながら、自宅の隣に「カフェ ナチュレ」というカフェもオープンさせている。

主な出演作品

映画

劇場アニメ

テレビドラマ

テレビアニメ

音楽

シングル

  1. 野生時代 (1984.12.20)
    (c/w) I Miss You
  2. ヒロイン (1985.04.05)
    (c/w) 銀河のエトランゼ
  3. ときめき FALL IN YOU (1985.07.21)
    (c/w) 素敵なミステイク
  4. シンデレラ・リバティもへっちゃら (1985.11.21)
    (c/w) Diaryは秘密でいっぱい
  5. し・あ・わ・せ カーニバル (1986.02.21)
    (c/w) 愛になりたい
  6. 微笑むあなたに会いたい (1986.08.21)
    (c/w) 幸福
  7. ガールフレンド (1986.11.21)
    (c/w) ハートブレイクの微笑
  8. 君のハートにタッチ (1987.03.21)
    (c/w) TEARS FOR GIRLS
  9. ちょっとだけくずしたい (1989.06.21)
    (c/w) ロマンスにはタイミング
  10. 硝子の舟 〜mon mec a moi〜 (1989.12.16)
  11. 夢が叶う (1990.12.05)
    (c/w) CHILDREN OF THE WORLD
  12. 昭和 (1991.09.21)
    (c/w) 22歳
  13. さよならサンバ (1993.01.21)
    (c/w) 回帰線
  14. 旅立ちの唄 (1993.05.01)
    (c/w) 新しい冒険の始まり
  15. 想い出はエメラルド (1994.01.10)
    (c/w) ブルースにさようなら
  16. MAYBE TONIGHT (1995.03.01)
    (c/w) WINSTON O'REILLY

アルバム

  • Sensation (1985.02.16)
  • Only You (1985.09.21)
  • STRAWBERRY TOWN (1986.03.21)
  • Memories (1986.12.16)
  • SURPRISE (1989.08.21)
  • Cosmopolitan (1991.11.21)
  • ACTRESS〜Screen Music Collection〜 (1994.10.21)
  • PICTURE BRIDE〜Reggae in Hawaii〜 (1995.6.21)

参加作品

みんなのうた

書籍

  • 王女シルビア(1991年: 小学館: ISBN 4093633614)
  • カッコ悪くてもこれが私だもん(1997年: 実業之日本社: ISBN 4408102466)
  • 『工藤夕貴のアイウエオ式発音革命』(2007年: 株式会社アスコム: ISBN 9784776203636)
  • NHK「英語でしゃべらナイト」番組本(株式会社 アスコム)

写真集

CM

脚注

  1. 1.0 1.1 1.2 1.3 [TV人間発見]女優・工藤夕貴 マイペースでいろんな顔 読売新聞 1992年3月27日東京夕刊13ページ
  2. テンプレート:Cite web
  3. テンプレート:Cite web
  4. テンプレート:Cite web
  5. テンプレート:Cite web
  6. テンプレート:Cite web
  7. テンプレート:Cite web
  8. テンプレート:Cite web
  9. 本田の本名は、工藤姓
  10. 杉良太郎自身は、数多くの慰問活動の功績を称えられて法務省より史上初となる「法務省名誉矯正監」に任命されている
  11. その当時のアメリカは史上空前の超住宅バブルで沸き立っており、どんなリフォーム済み中古住宅でも高値で売れていた

関連人物

外部リンク

テンプレート:ブルーリボン賞主演女優賞