半田駅

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ファイル:JR Handa Station Bridge.jpg
現役でJR最古の跨線橋
ファイル:JR Handa Station Storehouse.jpg
跨線橋の脇にあるランプ小屋(2010年10月)

半田駅(はんだえき)は、愛知県半田市御幸町にある、東海旅客鉄道(JR東海)武豊線である。

概要

大府駅武豊駅を結ぶ武豊線の中間駅(途中駅)にあたる駅である。武豊線の開通と同時の、1886年(明治19年)に開業した愛知県下では最も古い駅の一つ。駅の施設には明治時代から使用されているものが残っており、そのうち跨線橋1910年(明治43年)に完成した、現存するJRの跨線橋の中では最古のものである[1]

半田市の中心部に位置するものの、500メートルほど西にある名古屋鉄道(名鉄)知多半田駅の方が利用客も1時間あたりの列車本数も多い。半田駅の1日あたりの乗車客数は約1,700人だが、知多半田駅はそのおよそ3倍の乗降客数と列車本数がある。

歴史

ファイル:Handa Station Postcard.jpg
1912年以降(現在と同じ駅舎と跨線橋が写っているため)の半田駅。人力車が並んでいる。

貨物営業

現在武豊線には貨物を取り扱う駅は存在しないが、かつては一部の駅で実施していた。半田駅もその駅の一つである。半田駅の貨物営業は、1886年の駅開業時に開始され、1975年の衣浦臨海鉄道半田線の開業にあわせて廃止された。

戦前(1945年以前)の主要取扱貨物は、発送品が大豆飼料ビール雑穀、到着品が綿糸・綿花である[8]。戦後は、1955年度では発送品が肥料・酢・飼料・コーンスターチ、到着品が肥料・米が主なもので、貨物営業末期の1970年代では飼料・肥料・コーンスターチの発送と肥料・米の到着が主体になっていた[8]

今後の計画・構想

  • 現在非電化の武豊線は2015年電化される予定で、構内の跨線橋は電化後高さの規定に抵触するものの、防護措置を行って使用を続けることをJR東海が明らかにしている[9]
  • 「半田連続立体交差事業促進期成同盟会」が結成され、半田市の市街地を分断しているJR武豊線および半田駅の高架化を目指して活動している[10]

駅構造

ホーム・配線

ホームが地面に接する、地上駅と呼ばれる形態をとる。

ホームは、ホームの両側に線路が接する島式ホームと呼ばれる形状で、南北方向に1面のみ設置されている。ホーム東側が2番線、その反対側(西側)が3番線で、2番線に武豊方面行きの下り列車が、3番線に大府方面行きの上り列車が発着する。交換駅であり、単線の武豊線で列車の交換が可能な駅の一つ。安全側線が2番線の武豊方と3番線の大府方にそれぞれ1か所ずつ設置されている[11]

かつては東側にもう一つホーム(単式ホーム)があり1番線も存在した。その線路は撤去されており、1番線は欠番である。

駅舎・施設等

駅舎は旧1番ホームに接する、構内の東側に設置されている。リニューアルされているものの、1912年(明治45年)に建築された木造駅舎である。駅舎内部にはみどりの窓口自動券売機が設置され[12]改札口にはTOICA用の自動改札機(簡易TOICA改札機)が導入されている[6]。また、待合室においてキヨスクが営業している[13]

駅員が配置されている有人駅で、JR東海の子会社である東海交通事業に業務を委託する業務委託駅に分類される[7]。かつては駅長が配置される直営駅[14][1]管理駅として武豊線の大府駅を除く各駅を管理していたが[14]、JR東海は2013年10月1日より武豊線内6駅に「集中旅客サービスシステム」を導入し、当駅は6駅への現地出動拠点としたうえで直営駅から業務委託駅とされた[15][16]。現在の管理駅は大府駅となっている。

駅舎とホームを結ぶために設置されている跨線橋は、前述の通り、1910年(明治43年)11月に完成した、現存する中ではJR最古のものである。跨線橋に隣接して煉瓦積みの危険品庫(ランプ小屋)が残るが、これも跨線橋と同時期の1909年(明治42年)に作られている[17]

利用状況

旅客

2011年度の乗車人員は、1日平均1,656人であった[18]。この数値は、武豊線の9駅(大府駅を除く)の中では亀崎駅東浦駅に次いで多い。

半田駅の乗車人員は、1950年代以降、以下の表のように推移している。国鉄分割民営化実施以降(1987年度以降)は増加傾向にあり、2008年度の数値は1987年度の2倍に達しているが、1日2,000人を越えていた1950年代・1960年代の水準には届いていない。

1日平均の乗車人員の推移
年度 乗車人員 出典・備考
1950年度 2,324人 [19]
1951年度 2,708人 [20]
1952年度 2,633人 [21]
1953年度 2,522人 [22]
1954年度 2,440人 [23]
1955年度 2,361人 [24]
1956年度 2,526人 [25]
1957年度 2,577人 [26]
1958年度 2,681人 [27]
1959年度 2,863人 [28]
1960年度 2,979人 1950年度以降最大値[29]
1961年度 2,626人 [30]
1962年度 2,311人 [31]
1963年度 2,296人 [32]
1964年度 2,229人 [33]
1965年度 2,351人 [34]
1966年度 2,334人 [35]
1967年度 2,326人 [36]
1968年度 2,225人 [37]
1969年度 1,911人 [38]
1970年度 1,904人 [39]
1971年度 1,734人 [40]
1972年度 1,601人 [41]
1973年度 1,584人 [42]
1974年度 1,656人 [43]
1975年度 1,661人 [44]
1976年度 1,571人 [45]
1977年度 1,478人 [46]
1978年度 1,388人 [47]
1979年度 1,326人 [48]
1980年度 1,231人 [49]
1981年度 1,132人 [50]
1982年度 1,509人 [51]
1983年度 1,315人 [52]
1984年度 1,136人 [53]
1985年度 975人 [54]
1986年度 901人 [55]
1987年度 874人 1950年度以降最低値[56]
1988年度 964人 [57]
1989年度 1,065人 [58]
1990年度 1,168人 [59]
1991年度 1,261人 [60]
1992年度 1,329人 [61]
1993年度 1,310人 [62][63]
1994年度 1,281人 [64][63]
1995年度 1,256人 [65][63]
1996年度 1,263人 [66][67]
1997年度 1,251人 [68][67]
1998年度 1,208人 [69][70]
1999年度 1,170人 [71][72]
2000年度 1,242人 [72]
2001年度 1,380人 [72]
2002年度 1,510人 [73]
2003年度 1,520人 [73]
2004年度 1,509人 [73]
2005年度 1,632人 [74]
2006年度 1,707人 [74]
2007年度 1,776人 [74]
2008年度 1,761人 [75]
2009年度 1,704人 [75]
2010年度 1,664人 [75]
2011年度 1,656人 [18]

また、明治時代末期にあたる1910年度の乗車人員は、1日平均で359人であった[76]

貨物・荷物

1950年度から1975年度(1975年11月取扱廃止)までの貨物の取扱量(発送および到着トン数)と、1972年度から1983年度(1984年2月取扱廃止)までの荷物の取扱量(発送および到着個数)は以下の表に示すとおりに推移していた。どちらの取扱量も、武豊線内では最多である。

貨物取扱量・荷物取扱量の推移
年度 貨物 荷物
発送 到着 発送 到着
1950年度 77,496t 106,803t
1951年度 76,466t 123,596t
1952年度 68,228t 87,716t
1953年度 78,683t 86,646t
1954年度 69,559t 96,321t
1955年度 82,032t 79,220t
1956年度 99,213t 80,548t
1957年度 104,827t 82,450t
1958年度 103,454t 75,236t
1959年度 104,269t 84,330t
1960年度 130,936t 101,197t
1961年度 137,360t 96,446t
1962年度 168,545t 97,857t
1963年度 201,353t 105,946t
1964年度 204,216t 108,160t
1965年度 197,668t 89,818t
1966年度 196,339t 80,157t
1967年度 206,239t 79,705t
1968年度 197,407t 89,105t
1969年度 194,905t 69,762t
1970年度 196,553t 65,774t
1971年度 187,705t 68,981t
1972年度 165,226t 60,125t 22,715個 64,456個
1973年度 153,248t 56,879t 23,316個 65,708個
1974年度 114,750t 55,850t 21,537個 64,016個
1975年度 52,474t 22,767t 19,586個 58,808個
1976年度 18,029個 53,503個
1977年度 17,745個 48,735個
1978年度 15,932個 44,082個
1979年度 16,163個 41,985個
1980年度 14,951個 36,203個
1981年度 13,157個 28,306個
1982年度 8,852個 19,774個
1983年度 5,499個 12,167個
※出典は乗車人員の推移に同じ。

停車列車

テンプレート:See also

半田駅には、武豊線で運行されている普通列車東海道本線名古屋駅直通の区間快速(武豊線内では各駅停車)および快速列車の3種類がすべて停車する。概ね1時間に2本(ラッシュ時は3本)の頻度で列車が発着する。

駅周辺

バス路線

駅東側の駅前には「半田駅前」バス停留所があり、駅と半田市南部または北部を結ぶ知多乗合(知多バス)の路線バスが発着している。路線と主な行き先は以下の通り。

隣の駅

東海旅客鉄道(JR東海)
武豊線
テンプレート:Color快速
亀崎駅 - 半田駅 - 東成岩駅
テンプレート:Color区間快速・テンプレート:Color普通
乙川駅 - 半田駅 - 東成岩駅

脚注

テンプレート:脚注ヘルプ テンプレート:Reflist

参考文献

関連項目

外部リンク

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  1. 1.0 1.1 『鉄道ジャーナル』第39巻第11号、78頁。
  2. 2.0 2.1 2.2 2.3 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編』2、115頁。
  3. 3.0 3.1 3.2 『武豊線物語』、15頁。
  4. 4.0 4.1 『武豊線物語』、1頁。
  5. 『武豊線物語』、185頁。
  6. 6.0 6.1 『武豊線物語』、22頁。
  7. 7.0 7.1 [1]
  8. 8.0 8.1 『武豊線物語』、94・95頁
  9. 「国内最古、JR半田駅の「跨線橋」残った」中日新聞2010年5月7日付夕刊、13面
  10. 半田市の鉄道高架とまちづくり半田市ウェブサイト、2010年5月8日閲覧。
  11. 『東海道ライン全線・全駅・全配線』第4巻、26頁。
  12. JR東海ウェブサイトの駅構内図による。
  13. 東海キヨスク 店舗検索結果詳細、2010年9月2日閲覧。
  14. 14.0 14.1 『東海旅客鉄道20年史』、732頁。
  15. 武豊線への集中旅客サービスシステムの導入について - 東海旅客鉄道ニュースリリース 2012年11月15日
  16. 武豊線 集中旅客サービスシステムの使用開始について - 東海旅客鉄道ニュースリリース 2013年8月22日
  17. 『名古屋近郊電車のある風景 今昔』、80頁。
  18. 18.0 18.1 『知多半島の統計』平成25年版、43頁
  19. 『愛知県統計年鑑』昭和27年度刊、326頁
  20. 『愛知県統計年鑑』昭和28年度刊、310頁
  21. 『愛知県統計年鑑』昭和29年度刊、329頁
  22. 『愛知県統計年鑑』昭和30年度刊、305頁
  23. 『愛知県統計年鑑』昭和31年度刊、303頁
  24. 『愛知県統計年鑑』昭和32年度刊、319頁
  25. 『愛知県統計年鑑』昭和33年度刊、335頁
  26. 『愛知県統計年鑑』昭和34年度刊、379頁
  27. 『愛知県統計年鑑』昭和35年度刊、292頁
  28. 『愛知県統計年鑑』昭和36年度刊、261頁
  29. 『愛知県統計年鑑』昭和37年度刊、325頁
  30. 『愛知県統計年鑑』昭和38年度刊、297頁
  31. 『愛知県統計年鑑』昭和39年度刊、299頁
  32. 『愛知県統計年鑑』昭和40年度刊、263頁
  33. 『愛知県統計年鑑』昭和41年度刊、239頁
  34. 『愛知県統計年鑑』昭和42年度刊、262頁
  35. 『愛知県統計年鑑』昭和43年度刊、192頁
  36. 『愛知県統計年鑑』昭和44年度刊、196頁
  37. 『愛知県統計年鑑』昭和45年度刊、204頁
  38. 『愛知県統計年鑑』昭和46年度刊、228頁
  39. 『愛知県統計年鑑』昭和47年度刊、237頁
  40. 『愛知県統計年鑑』昭和48年度刊、217頁
  41. 『愛知県統計年鑑』昭和49年度刊、214頁
  42. 『愛知県統計年鑑』昭和50年度刊、221頁
  43. 『愛知県統計年鑑』昭和51年度刊、225頁
  44. 『愛知県統計年鑑』昭和52年度刊、217頁
  45. 『愛知県統計年鑑』昭和53年度刊、231頁
  46. 『愛知県統計年鑑』昭和54年度刊、233頁
  47. 『愛知県統計年鑑』昭和55年度刊、221頁
  48. 『愛知県統計年鑑』昭和56年度刊、227頁
  49. 『愛知県統計年鑑』昭和57年度刊、239頁
  50. 『愛知県統計年鑑』昭和58年度刊、223頁
  51. 『愛知県統計年鑑』昭和59年度刊、223頁
  52. 『愛知県統計年鑑』昭和60年度刊、241頁
  53. 『愛知県統計年鑑』昭和61年度刊、235頁
  54. 『愛知県統計年鑑』昭和62年度刊、223頁
  55. 『愛知県統計年鑑』昭和63年度刊、223頁
  56. 『愛知県統計年鑑』平成元年度刊、225頁
  57. 『愛知県統計年鑑』平成2年度刊、223頁
  58. 『愛知県統計年鑑』平成3年度刊、225頁
  59. 『愛知県統計年鑑』平成4年度刊、229頁
  60. 『愛知県統計年鑑』平成5年度刊、221頁
  61. 『愛知県統計年鑑』平成6年度刊、221頁
  62. 『愛知県統計年鑑』平成7年度刊、239頁
  63. 63.0 63.1 63.2 『知多半島の統計』平成9年版、46頁
  64. 『愛知県統計年鑑』平成8年度刊、241頁
  65. 『愛知県統計年鑑』平成9年度刊、243頁
  66. 『愛知県統計年鑑』平成10年度刊、241頁
  67. 67.0 67.1 『知多半島の統計』平成11年版、46頁
  68. 『愛知県統計年鑑』平成11年度刊、241頁
  69. 『愛知県統計年鑑』平成12年度刊、239頁
  70. 『知多半島の統計』平成12年版、46頁
  71. 『愛知県統計年鑑』平成13年度刊、240頁
  72. 72.0 72.1 72.2 『知多半島の統計』平成15年版、46頁
  73. 73.0 73.1 73.2 『知多半島の統計』平成18年版、114頁
  74. 74.0 74.1 74.2 『知多半島の統計』平成21年版、43頁
  75. 75.0 75.1 75.2 『知多半島の統計』平成24年版、43頁
  76. 『半田市誌』、411頁