交響曲第5番 (ブルックナー)

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テンプレート:Portal クラシック音楽 アントン・ブルックナー交響曲第5番(こうきょうきょくだい5ばん)変ロ長調1875年から1878年にかけて作曲された。

概要

本作は1894年4月8日グラーツにおいてフランツ・シャルクの指揮で初演された(この際には、後述のシャルク改訂版が用いられた)。

金管楽器によるコラールの頻出やフーガをはじめとした厳格な対位法的手法が目立つ。作曲者自身はこの交響曲を「対位法的」交響曲あるいは「幻想風」交響曲と呼んでいた(ほかに、国ごとに「信仰告白」「ゴチック風」「悲劇的」「ピッツィカート交響曲」「カトリック風」「教会風」などの愛称もある)。構築性とフィナーレの力強さにおいて、交響曲第8番と並び立つ傑作という評価もある。

研究者によると、この曲は一旦1876年に完成され、その後その自筆稿上に直接改訂を加えたとのことである。1876年の完成形の再現が不可能であること、1876年の段階で初演等が行われていないことから、一般には「この曲は作曲者による改訂が行われていない」とみなされている。「原典版」であるハース版(1935年)、ノヴァーク版(1951年)はどちらも、1878年の最終形態を元にしている。資料上の問題点が少ないこともあり、この二つの版の間には、誤植の修正程度の違いしかない。1876年段階の譜面は、一部校訂報告の中で紹介されている。また編成上のチューバは、1877年以降の改訂時に初めて付け加えられた(ブルックナーがチューバを交響曲に用いたのは、これが初めてであり、第4番の第2稿改訂にも先立つ)。ちなみにこれはブラームス交響曲第2番(1877)とほぼ同編成(チューバを含む2管編成、トランペットの編成のみ異なる)であり、全く同時期にほぼ同編成の交響曲が着手されたことを興味深く着目する人もいるテンプレート:要出典

原典版の初演は、1935年10月20日ミュンヘン ジークムント・フォン・ハウゼッガー指揮でハース版により行われた。

演奏時間

約78分(カット無しの原典版で各21分、18分、14分、25分の割合)。

献呈

カール・リッター・フォン・シュトレマイアー(ウィーン音楽大学の講師就任を働きかけてくれた文部大臣)

楽器編成

フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、バス・チューバティンパニ(3個)、弦五部

楽曲解説

第1楽章

Introduktion: Adagio - Allegro(序奏部:アダージョ - アレグロ)

変ロ長調、2分の2拍子、序奏付きソナタ形式。序奏はこの曲全体の原旋律である低弦のピッツィカートで始まる。ヴィオラヴァイオリンが弱音で入ってくると、突如として金管のコラールが吹き上がる。律動的になって高揚し、収まったところで主部にはいる。高弦のトレモロの中をヴィオラとチェロが特徴的なリズムの第1主題を出す。この主題は全管弦楽に受け取られ、魅惑的な転調を見せる。ヘ短調で始まる第2主題は弦によるやや沈んだ表情のもので弦5部のピッツィカートにより厳かに始まり、第1ヴァイオリンが呼応する。続く第3主題は管楽器の伸びやか旋律を中心に進んでゆき、次第に曲想が盛り上がり変ロ長調の頂点に達するが、急速に静まる。ホルンの遠くから鳴らされるような響きを残しながら、ごく静かに弦のトレモロとともに提示部を閉じる。展開部はホルンとフルートの対話に始まり、まもなく導入部が回帰する。第1主題が入ってきて発展し、第2主題の要素も弱い音で重なる。金管のコラールが鳴り響き、再現部を導入する。再現部は主題が順番どおり再現されるが、全体的に圧縮されている。コーダに入ると、導入部の低弦のモティーフが繰り返されて第1主題で高揚し、輝かしく楽章を閉じる。

第2楽章

Adagio. Sehr langsam(アダージョ、非常にゆっくりと。)

ニ短調、2分の2拍子。A-B-A-B-A-Codaのロンド形式をとりやはりピチカートで始まる。ただし、各部は再現のたびに展開される。主部は弦5部の三連音のピチカートに乗ってオーボエが物寂しい主要主題を奏でる。この主題は全曲を統一するものである。副主題は弦楽合奏による深い趣をたたえたコラール風の美しい旋律で、「非常に力強く、はっきりと」提示される。ひとしきり頂点を築くと、ティンパニだけが残り、主部が回帰する。弦の6連符の動きの上に、管楽器が主要主題を展開し、、強弱の急激な交換が行われる。副主題も発展的な性格を持って再現され、第1副部とは違った形で頂点が築かれる。主部が再び回帰し、木管とホルンにより主要主題が奏でられる。ヴァイオリンの6連符の動きの上にトランペットやトロンボーンも加わって高潮してゆく。後半には3本のトロンボーンによるコラール楽句が現れる。この部分は第7交響曲第2楽章や第4交響曲の終楽章の最終稿を彷彿させる。コーダは、主要主題をホルン、オーボエ、フルートが順に奏してあっさりと終わるため、ブルックナーの緩徐楽章としては小粒な印象を与えることもある。演奏時間は指揮者によって差が出やすい楽章である。「第5」作曲にあたって最初に書かれた楽章で、冒頭のオーボエ主題は、全楽章の主要主題の基底素材となって出現する。

第3楽章 

Scherzo. Molt vivace, Schnell - Trio. Im gleichen Tempo(スケルツォ:モルト・ヴィヴァーチェ、急速に、トリオ:(主部と)同じテンポで。)

ニ短調、4分の3拍子。複合三部形式。スケルツォ主部だけでソナタ形式をとり、アダージョ楽章冒頭のピチカート音形を伴奏にせわしなく駆り立てるような第1主題と、ヘ長調で「Bedeutend langsamer(テンポをかなり落として)」レントラー風の第2主題が提示される。次第に高揚し小結尾となり、展開部へ続く。展開部では前半が第1主題、後半は第2主題を扱う。さらに14小節のコーダが続く。中間部は変ロ長調 2/4拍子、3部形式。ホルンの嬰ヘ音に導かれて木管が愛らしい旋律を奏でる。主部の再現は型どおりである。

第4楽章

Finale. Adagio - Allegro moderato(終曲。アダージョ - アレグロ・モデラート)

変ロ長調、2分の2拍子。序奏付きのソナタ形式にフーガが組み込まれている。序奏は、第1楽章の序奏の再現で始まる。クラリネットがフィナーレ主題の動機を奏し、第1楽章第1主題、第2楽章第1主題が回想される。この手法は、ベートーヴェン第9交響曲のフィナーレに通じるもの。その後チェロとコントラバスが第1主題を決然と出して主部が始まり、フーガ的に進行する。全休止の後第2ヴァイオリンがスケルツォ楽章のレントラー素材に基づく第2主題を軽快に出す。休止の後、第3主題が力強く奏される。第3主題は第1主題の冒頭の音型に基づくもので、第4楽章最初の頂点とも言うべきクライマックスを築く。再び全休止の後、金管が荘重なコラールを奏する。展開部では、コラール主題に基づくフーガ、これに第1主題が加わって二重フーガとなる。ブルックナーは「カットしてもよい」と練習番号にダル・セーニョ記号を付した。長いプロセスを経て再現部が始まる。第1主題の再現にもコラール主題が合わさっており、提示部に比べて短いものとなっている。第2主題は比較的型どおりで、第3主題の再現は大規模なものとなっている。ここでは第1楽章の第1主題が組み合わさり、あたかもコーダであるかのようなクライマックスを築き上げてく。コーダではフィナーレの第1主題の動機にはじまり、第1楽章第1主題が繰り返し奏されて発展するうちに、頂点に達して第1主題が力強く奏されるとコラール主題が全管弦楽で強奏され、圧倒的なクライマックスを形作る。最後に第1楽章第1主題で全曲を閉じる。大規模で長大な楽章である。

シャルク改訂版

初演者のフランツ・シャルクは、初演時にブルックナーのスコアに大幅な改訂を施している。第3楽章や第4楽章を大きくカットし、第4楽章には別働隊の金管やシンバルトライアングルを補強している。さらに目立つのはオーケストレーションの変更である。シャルクの改訂は、長大かつ難解なこの交響曲を普及させるためという「好意的」な目的であったと評価されることが多い。しかしながら改訂内容自体は、ブルックナーの管弦楽法とはいささか異なり構造上の難点も挙げられる。ブルックナーの生前に出版された諸楽曲(ほとんど弟子による校訂・改訂が加わっているとされる)に比べると、改訂の度合いが極端であり、「無残な改作」と悪評されることもある。

ブルックナーはこの初演を病気のために欠席している。この欠席に対しては、シャルクの改訂に対する抗議の気持ちが込められていたとの憶説もある。もっとも、この憶測に史料的な根拠があるわけではない。そもそも作曲者がこの時点で、シャルクによるこの改訂版の内容を知らされていたかどうかも、史料的には不明である。いずれにせよ、ブルックナーはこの曲を(原典版にせよ改訂版にせよ)実際に耳にすることができなかった。

シャルクによる改訂版は1896年(ブルックナーの死の年)に出版され、ハース校訂による第一次全集が出版されるまではほとんど唯一のスコアとして演奏されていた。ハース版出版後も1950年代までは、アメリカを中心に、このシャルク版は演奏されていたが、1970年代以降ほとんど使われなくなった。

録音ではハンス・クナッパーツブッシュが指揮したものが有名である。

一方、近年になって、弟子たちがブルックナーのスコアに施した改訂を再評価する動きがでてきている。この第5番のシャルク改訂版についても、たとえば1998年に、レオン・ボッツタイン指揮ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団が録音し、テラーク社からCDリリースした。日本でも、1996年7月20日に、野口剛夫指揮東京フルトヴェングラー研究会管弦楽団(アマチュア団体と思われる)が、このシャルク改訂版を日本初演した。

なお、シャルク改訂版を元にして、グスタフ・マーラーがさらなる手を加えた、“マーラー版第5番”が存在したとの説がある。このマーラー版スコアは現在残っていない。更なる200小節のカットと、第4楽章を自らが再作曲したものに置き換えたという説があるテンプレート:要出典

ニコラウス・アーノンクールによる考察

※以下は2006年のウィーン・フィルハーモニー管弦楽団来日公演パンフレットによる

よく知られたことだが、篤信家のアントン・ブルックナーは、年に一度はかならずモーツァルトレクイエムを聴くことを望んでいた。彼にとってこの曲はキリスト教音楽で最重要な作品であり、到達不可能な規範であった。

長期にわたる準備、そして厳しい自責の念を経て、モーツァルトのレクイエムの入祭唱(イントロイトゥス)の冒頭部分「レクイエム・エテルナ(永遠の平安を)」に付された音にもとづき、彼は第5交響曲を作曲した。

この交響曲のほぼすべての主題と動機はこの5音に基づいている。それは第3小節から第18小節にわたるコラール風の展開に先駆けて、ピッツィカートの導入部において開始する。ここですでに、この交響曲が教会音楽との間の境界線を実質的に超越していることが聴取できる。さらに3つの主要主題群もまたモーツァルトの胚細胞※に遡るのだが、主題は相互に関連づけられている。そのため、第1楽章の偉大なる統一感が達成されると同時に、この楽章の形式を概観し明確な区分をつけることが非常に困難になってしまうのである。ちなみにモーツァルトの主題は考え得るあらゆる形態をとって出現する。すなわち、1.原形、2.転回形、3.逆行形、4.逆行形の転回形、5.鏡面形である。加えて、これらすべての形式は拡大あるいは縮小される。それにもかかわらずこの作品は、学習的あるいは研究的な要素がつきまとうことがなく、この上なく情感豊かなのである。他楽章の動機も同様に、モーツァルトのレクイエムにまで遡る。さらに特筆すべきと考えられるのは、4つの楽章が動機を通して相互に近親関係に置かれているということである。自明のことながら、第3楽章にはオーバーエスターライヒ(高地オーストリア)の農民舞踊(第23小節)がある。

終楽章は展開を通して、第1楽章と関連づけられている。提示部の最後(第175小節)には、ブルックナーが逆行の転回から考案した、1500年頃のコラール様式によるコラールが現れる。続く展開部は傑出したフーガ(第223小節から)となっている。コラール主題とその転回形、そして終楽章の第1主題とその転回形は二重フーガを形成し、ここでブルックナーは、信じがたいほどの拡大、縮小、ストレットを用いた作曲技法を展開するのだが、これは、知られる限りにおいてこうした技法をこの作曲家が使用した最初の例である。洗練された再現部のあとですべての動機がふたたび提示され、続くコーダではコラールによって曲を閉じる。

※入祭唱の冒頭部分(Prof.Nikolaus Harnoncourt/訳:飯森豊水)

外部リンク

テンプレート:ブルックナーの交響曲