バーリ

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テンプレート:コムーネ バーリテンプレート:Lang-it-shortテンプレート:IPA audio link)は、イタリア共和国南部の都市で、その周辺地域を含む人口約32万人の基礎自治体コムーネ)。プッリャ州の州都であり、バーリ県の県都である。

アドリア海に面した港湾都市であり、東地中海の国々と広範囲な貿易をおこなう商業の一大中心地である。サンタクロースのもととなった聖人ニコラオス(聖ニコラ)ゆかりの地として巡礼地ともなっている。

名称

日本語文献では「バーリ」のほか、「バリ」とも表記される。

地理

位置・広がり

バーリはバーリ県北部、アドリア海沿岸の都市で、アンドリアから南南東へ約50km、ターラントから北北西へ約79km、ブリンディジから北西へ105km、ナポリから東北東へ約220km、首都ローマから東南東へ約374kmの距離にある[1]

隣接コムーネ

隣接コムーネは以下の通り。

主要な都市・集落

バーリの旧市街は岬にあって新旧の港をわけている。ここにサン・ニコラ聖堂(11~12世紀)と大聖堂(12世紀後半)という2つのロマネスク様式の教会がある。隣接する平野には新市街がひろがり、1924年創立のバーリ大学がある。

歴史

バーリは古代にはバリウムと呼ばれた。もとはギリシャの植民地で、後にローマの商業の中心地となった。その後はランゴバルド族東ローマ帝国の支配を受けた。1071年、ノルマン人によって征服されたことで、東ローマ帝国の南イタリア支配が終わり、12世紀前半に成立した両シチリア王国の統治下におかれた。第二次世界大戦中はイタリア海軍の主要な基地となったが、1943年9月には連合国軍に占領された。同年12月2日にドイツ空軍によって空襲が行われ、港湾施設などに多大な被害を受けた。

文化

バーリの聖ニコラ

バーリの守護聖人はサンタクロースの元ともいわれるミラのニコラオスである。イタリアでは彼を一般に「ミラのニコラ」とは呼ばず、「バーリのニコラ」(Nicola di Bari)と呼ぶ。ニコラオスの不朽体はバーリに置かれている。

ニコラオスは3世紀から4世紀にかけて小アジアミュラ(ミラ)で大主教を務め、多くの奇跡をあらわしたとされ、聖人とされた。不朽体ははじめミュラに置かれていたが、小アジアがイスラム教徒によって征服される混乱の中でバーリの船乗りによって持ち出され、1087年にバーリのサン・ニコラ教会に安置された。

交通

空港

スポーツ

  • ASバーリ - バーリを本拠地とするプロサッカークラブ

姉妹都市

人物

著名な出身者

脚注

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外部リンク

テンプレート:Commons&cat

公式
観光

テンプレート:バーリ県

  1. テンプレート:Cite web