スタジオ雲雀

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テンプレート:Infobox 株式会社スタジオ雲雀(スタジオひばり、テンプレート:Lang-en-short)は、アニメーション企画制作を主な事業内容とする日本企業日本動画協会正会員。

概要

1979年、仕上専門スタジオとして設立。1981年、『おじゃまんが山田くん』で1話丸ごとの制作を請け負うグロス請けを開始し、制作会社となった。代表取締役会長の光延幸子は日本アニメーションの下請けで土田プロダクション(以下、土田プロ)が制作した作品である『がんばれ!ぼくらのヒットエンドラン』の色彩設計として、夫で東映動画出身のアニメーション監督・演出家の光延博愛は土田プロ制作作品で各話演出やチーフディレクターとして活動したことから土田プロとの付き合いが深く、設立当初は仕上の請負と土田プロからのグロス請けが活動の中心だった。

1985年、息子の光延青児が専務取締役(2002年には代表取締役社長)となる。翌1986年に土田プロが倒産した後は、小学館プロダクションケイエスエス製作作品の元請制作が中心となった。2006年には、自社企画のオリジナルテレビシリーズ『おろしたてミュージカル 練馬大根ブラザーズ』を手がけた。スタジオの名は、「たとえ小さくとも美しい声で鳴く、ヒバリのようなスタジオにしたい」との願いから名づけられたものだという[1]

2006年、3DCG部門を「株式会社ラークスエンタテインメント」(テンプレート:Lang-en-short)として分社化。以後その名義での制作も行う。2011年頃にはアニメーション制作チーム「ラルケ」(テンプレート:Lang-de-short)を別途立ち上げ、以後その名義での制作も行っている。

作品履歴

テレビアニメ

1980年代

1990年代

2000年代

2010年代

OVA

劇場アニメ

Webアニメ

ゲーム

その他

仕上担当作品

テレビアニメ

OVA

劇場アニメ

ラークスエンタテインメント制作・下請け参加作品

テレビアニメ

ラルケ制作・下請け参加作品

テレビアニメ

OVA

脚注

テンプレート:Reflist

関連人物

アニメーター・演出家


制作

関連項目

外部リンク

  • WEBアニメスタイル「いろんな会社にオジャマしちゃおう! 第3回 スタジオ雲雀」 - 2007年3月23日閲覧