クイズ!!ひらめきパスワード

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

テンプレート:複数の問題 テンプレート:基礎情報 テレビ番組クイズ!!ひらめきパスワード』は、TBS系列で放送されていた毎日放送(MBS)製作のクイズ番組である。

番組概要

  • 22年(全1084回)続いた『アップダウンクイズ』の後継番組として、1985年10月13日[1]から1992年3月29日まで、毎週日曜 19:00 ‐ 19:30(JST)に放送された。
  • 番組開始から長らくロート製薬一社提供であったが、1991年10月13日から最終回までは同社を含む複数社提供に変更された。
  • 放映開始から最終回までステレオで放送された[2]
  • 放送開始から1990年12月23日放送分まではMBSのアナウンサー・野村啓司が司会を担当。1991年正月スペシャルから[3]最終回までは山城新伍が司会を担当し、『山城新伍のクイズ!!ひらめきパスワード』として放送された。
  • 開始から1986年3月23日放送分までは視聴者参加型の番組だったが、同年4月6日放送分からタレントらが参加して対決しあう形式へと移行。
  • タレント対決型方式への移行後は、板東英二島田紳助などの大物タレントを起用。タレント陣と司会者の野村とのトークやツッコミを交えながら番組が進行された。

番組の流れ

視聴者参加型時代のルール

  • 男性視聴者チームと女性視聴者チームによる対抗戦。1チーム3人で、それぞれのチームに芸能人が1人ずつキャプテンとして参加。
  • 前半戦はキャプテンのヒントからブランチと呼ばれる小キーワードを当てる形式。ブランチの言葉を正解したチームは、そのブランチから想像されるパスワードを全員で推理(相談可)して答える。
  • 後半戦はチーム戦。ブランチのヒントは文章ではなく単語となる。ブランチ毎に文字数分のマス(カタカナ表記で最小3文字、最大9文字。重要なブランチワードがどうしても2文字になる場合は、別の言葉に置き換えて表示した。例として「ひだ」を英語の「ギャザー」として提示。またカタカナ表記のため、場合によっては同音異義となってしまう場合があり、このクイズの難易度は比較的高い)が表示され、アトランダムに1マスずつ開いて文字が出現、分かった時点でボタンを押し解答。正解が出るまで解答出来た(相談は不可)。ブランチの言葉を正解すればチームに20点入り、更にそのブランチから想像されるパスワードを全員で推理(相談可)して答える。
  • 得点は、第1ブランチで正解すれば500点、第2ブランチで400点と以下100点ずつ減っていき最後の第5ブランチで正解すれば100点が獲得できた(相談は不可)。この得点方式は前半戦・後半戦共通だった。以下に出題例を記す。
ブランチ
500 M
400 T
300 S
200 H
100 現在で247番目

正解は元号であるが、最後のブランチで正解した。

  • 視聴者参加型番組の頃は、勝利チームがハワイ旅行をかけた「チャレンジクイズ」が行われていた。出場者(キャプテン除く)3人が出題ボードの裏側に隠された「パ」「ス」「ワ」「ー」「ド」と書かれた5枚のパネルから、どれか1つパネルの文字をコールするとパネルが開いて1から5までの番号が現れる。同時にブランチボードが移動し後方に「CHALLENGE QUIZ」が書いたセットが現れ、それにある番号と対応したブランチが3つが開く(相談可)。3つのブランチからパスワードを正解すると、天井から銀色の紙吹雪が降りハワイ旅行と賞金10万円獲得。チームキャプテンから目録が贈呈された。ちなみに賞品がハワイ旅行なのは『アップダウンクイズ』からの流れである[4]。芸能人オンリー以降から野村が降板するまで後方のセットが使われなくなり、セットデザインの1つとなった。
  • 賞金については勝利チーム全員に1人10万円ずつ、負けチーム全員に1人100点につき5,000円が贈られた。

視聴者参加廃止以降のルール

  • 男性チーム(4人)と女性チーム(4人)の対抗戦。
  • オープニングコーナーは野村から提示された言葉を並べ替えて人名を当てる。正解すれば100点。2問出題。
  • 前半戦は1対1の個人戦で、開かれたブランチからパスワード(メインキーワード)を早押しで当てる[5]
  • 後半戦は視聴者参加時代と同じであるが、ブランチの言葉を正解した時の得点が50点となる。
  • この時から「チャレンジクイズ」は廃止され、勝利チームには観覧席前に「ひらめきボックス」が登場し、レバーの操作で中身が出てくるものには放送回の問題にちなんだ豪華賞品が贈呈された[6]。そして野村時代はパーフェクト[7]、山城時代は3000点以上得点して勝てば勝利チームにハワイ旅行がプレゼントされた。野村時代はパーフェクト達成はしなかったが1991年4月14日の放送で女性軍が3000点を突破したため、ハワイ旅行がプレゼントされた。

山城新伍時代のルール

  • オープニングコーナーは「ひらめき新伍」。チーム対戦形式で3つのブランチからパスワードを当てる。2問出題。得点はブランチが3つの為、300点から100点ずつ下がっていく。
  • 前半戦は4つのジャンル[8]から1つを選択し、山城のヒントからブランチを早押し(1:1方式)で当てる形式。正解した方に50点加算され、パスワードの解答権を得る。ブランチの数はひらめき新伍と同じ3つだが、得点は500点、300点、100点になっている。
  • 後半戦は野村時代の前半戦を移動したものであるが、「チャンスカード」を提示するとその問題で正解した場合得点が2倍になる。
  • 早押しの方式もリニューアルされ、早押しで負けた場合でも相手が誤答すれば解答権が移るシステムに変わっている。

特番

  • 1990年1月3日の14:00 - 14:55、および1991年1月3日の12:00 - 13:00には昼の1時間スペシャルが放送された。1990年放送分では板東、紳助、ラサール石井らがキャプテンを務め、男性各3人チーム、女性各3人チームの総計18人で争われた。
  • 1991年放送分では、番組本編に先駆けて司会担当者が野村から山城へと交代。板東、紳助、大島さと子由紀さおりらがそれぞれキャプテンを務め新旧キャプテン4チーム(各チーム4人・総計16人)で争われた。
  • セットのリニューアルで解答者席に早押しボタンがなかったため出演者全員が「解答者席に早押しボタンがない!」とぼやき、山城は「今までの番組は捨てなさい!」と相打ちのツッコミを入れていた。
  • ちなみに1990年・1991年とも、60分通してロート製薬一社提供だった。
  • 製薬会社のレギュラー番組は、製薬会社の紳士協定で30分以上のテレビ番組の単独提供はできないが、単発番組だけは特例で、この番組のみ単独提供を行っている。

ブランチボード

  • 3色LEDを使った電光表示で、普段はタイトルを表示している一番上の大きい表示部分(パスワードを当てたときに正解パスワードを表示)の下に各ブランチの表示部分が並ぶ。
  • 各ブランチの表示部分の両脇にはブランチの得点表示、さらにその両脇にはチームの得点表示。
  • 野村啓司時代では裏にチャレンジクイズ用のボードが隠されていたため左右に移動できるようになっていたが、視聴者参加形式をやめてからは司会者席背面に固定。
  • 山城新伍時代では完全にセットの一部として固定され[9]、得点表示がブランチボードから分離。色が青から灰色系に変更された。

出演者

歴代司会者

主な歴代出演者

アシスタント

  • 浅野まゆか(野村期)
  • 高井美紀(MBSアナウンサー・山城期前期) - 声出しはなく、タイトルコールや番組最後の視聴者プレゼントの告知を担当。
  • 西田久美子(山城期後期) - 前任者の高井と同様にタイトルコールや視聴者プレゼントの告知を担当していた。

番組タイトルコール

  • 1985.10.13 ‐ 1990.12.23…「ロート製薬提供、クイズ!!ひらめきパスワード」(司会の野村啓司が担当)
  • 1991.1.6 ‐ 1991.9.15…「ロート製薬提供、山城新伍のクイズ!!ひらめきパスワード」(アシスタントの高井美紀が担当・タイトルロゴは画面中央に立体的に飛んでいるような形で表示されていた。)
  • 1991.10.13 ‐ 1992.3.29…「山城新伍のクイズ!!ひらめきパスワード」(アシスタントの西田久美子が担当)

オープニングとエンディング、提供読みの変遷

オープニング

番組の開始前にはロート製薬のオープニングキャッチが流れた。ただし、TBS側では時報を鳴らした後だった。詳しくはロート製薬#オープニングキャッチを参照。

1988年10月から1989年1月までにかけては、昭和天皇の病状悪化に伴い、オープニングキャッチの放送を自粛した。代りにブルーバック画面と番組のテーマ曲をバックに「この番組はロート製薬の提供でお送りします」と提供読みが行われていた。

提供読み

  • 放送開始当初から1986年9月までは、MBSアナウンサーの吉田智子(当時)による「クイズ!!ひらめきパスワードを終わります、提供はロート製薬でございました。」というアナウンスであった[10]
  • 1986年10月から1989年5月28日まではTBS・MBS系のゴールデンプライムタイム全国ネット番組のエンディングにジャンクションが設けられたことにより、「この番組は、ロート製薬の提供でお送りしました。」のアナウンスとなった。エンドカードの表示とともにチャイムが鳴り、ワイプにより『テレビ探偵団』(1986年10月 ‐ 1992年3月)の画面が現れた。
  • 1989年6月4日から1991年9月15日までは『クイズダービー』末期と同様に、ロート製薬のコーポレートスローガンの制定に伴い、「健やかな明日のために、ロート製薬の提供でした」という固定の女性によるアナウンスとなった[11]
  • 1991年10月から最終回まではロート(各社には降格されず)を含む複数社提供になった事に伴い、ロートのオープニングキャッチも消滅し、「この番組はロート製薬と、ご覧の各社の提供でお送りします。(お送りしました。)」というMBSアナウンサー小堀豊子(当時)のアナウンスとなった[12]

エピソード

  • 番組のセットには、当時まだ珍しいLEDを使った電光掲示板を使用。これによりスムーズにヒントを表示することが可能となった。表示出来る文字数は最大9文字で、ブランチ番号は緑、ブランチワードはオレンジ色で表示された。赤はテレビで見づらいためか使用されていない。
  • 番組放送開始当初よりしばらくは早押しや正解のチャイムに電子音[13]を使用していたが、芸能人対決に移行して数か月で通常のチャイムに変更された。同時にその他の効果音も変更され、特に誤答と時間切れのブザーは『アップダウンクイズ』で使用されていたものに似た音となった。早押しボタンのチャイム音も男性チームと女性チームで音程が微妙に違っていた[14]
  • 1対1で行われる中央に置かれた早押し台は、早く押した解答者のランプが点滅、遅く押すと点灯していた。
  • 山城期の前半戦では、ブランチの言葉を正解したチームがそのブランチから想像されるパスワードを全員で推理して答える時のシンキングタイムのBGMが流れたあと、ブッブッとブザーを短く鳴らして早く答えるよう催促し、それでも答えなければ、ブザーを長く鳴らして失格にしていた。
  • 『アップダウンクイズ』と同様、MBSが関西ローカルでプロ野球中継を放送している日はTBS及び番組ネット局向けに裏送りで放送していた。
  • ロート一社提供のため、スタジオにも「新パンシロン」「新V・ロート」「パンシロン新胃腸薬」「ロートZi:」などの看板が表示されていたが、1991年10月からロートを含む複数社提供になったため廃止された。
  • 野村期では番組タイトルコール→司会者紹介(テロップなし、司会者席に「司会 野村啓司」と書かれていた)→(当初は「今晩は、司会の野村啓司です!!ひらめきは、明日へのパスワード!!さあ、今夜もあなたの鋭いひらめきでお楽しみいただきましょう!!」と言っていた)両チームの解答者紹介(テロップあり)へいき、最初のクイズを出す。
  • 野村期では解答者は全員椅子はなく立っていた。
  • 山城期では番組タイトルコール→司会者登場・紹介(テロップあり、セットのリニューアルにより山城登場後は「ブランチボード」が下降する)→両チームのゲスト紹介(テロップなし)へいき、最初のクイズを出す。
  • 野村期ではブランチボードに両チームの得点が一緒だったが山城期では分離され男性チームの得点の上下に青色のネオンが、女性チームでは赤色のネオンが光っていた。
  • また、山城期では全員椅子に座っていた。後半戦では司会者席が登場しているが、ネームプレートはなく無地のものになっていた。
  • この番組の前に放送される『JNN報道特集』(現:『報道特集』)終了後のジャンクション映像は、司会が山城に交代した後のものでは、数か月間は旧のセットを使用したものだった。

スタッフ

※番組のタイトルロゴは前番組『アップダウンクイズ』と同様、五荘千尋が担当していた。

野村期

  • 構成:金子俊彦、河村達樹、本田順一、宇野宇
  • 音楽:井上堯之
    ※作曲したテーマ音楽はCD「ブロードキャスト・トラックス 毎日放送編」に収録されている。流れる部分は冒頭に「ひらめきボックス」の豪華賞品登場時の曲が入り、次に3フレーズ繰り返しで曲を流している。ただし、この曲は、別の番組に流用する予定はない。
  • ディレクター:豊田修二
  • プロデューサー:柳川正邦
    ※金子は『アップダウンクイズ』の構成、柳川は同番組のプロデューサーを最終回まで担当。
  • 製作著作:毎日放送

山城期

  • 構成:金子俊彦、河村達樹、池田裕幾
  • 音楽:井上堯之
  • ディレクター:西本武
  • 演出:三村景一
  • プロデューサー:豊田修二
  • 制作(チーフプロデューサー):渡辺一雄
  • 製作著作:毎日放送

ネット局

放送対象地域 放送局 系列 備考
近畿広域圏 毎日放送 TBS系列 製作局
関東広域圏 東京放送 現・TBSテレビ
北海道 北海道放送
青森県 青森テレビ
岩手県 岩手放送 現・IBC岩手放送
宮城県 東北放送
山形県 テレビユー山形 1989年10月開局から
福島県 テレビユー福島
山梨県 テレビ山梨
長野県 信越放送
新潟県 新潟放送
静岡県 静岡放送
中京広域圏 中部日本放送 現:CBCテレビ
富山県 テレビユー富山 現・チューリップテレビ
1990年10月開局から
石川県 北陸放送
岡山県香川県 山陽放送
鳥取県島根県 山陰放送
広島県 中国放送
山口県 テレビ山口 1987年9月まではフジテレビ系列とのクロスネット局
高知県 テレビ高知
福岡県 RKB毎日放送
長崎県 長崎放送
熊本県 熊本放送
大分県 大分放送
宮崎県 宮崎放送
鹿児島県 南日本放送
沖縄県 琉球放送

脚注

テンプレート:脚注ヘルプ テンプレート:Reflist

テンプレート:前後番組

テンプレート:板東英二
  1. 同じ日の毎日新聞(関東・関西)の番組広告には「アップダウンの血統を引く〇優クイズ番組」のコピー、及び第1回の問題が掲載された。
  2. ステレオ放送のテロップ表示はJNN系列各局別で表示していた。
    • なお、HBCテレビの放送対象地域である北海道道央圏以外(ただし道央圏でも胆振日高管内は大部分がモノラル放送)は放送開始から最終回まで一貫してモノラルでの放送であった。
  3. レギュラー放送としては1月6日から。
  4. 視聴者参加番組だった半年間、チャレンジクイズ制覇チームへのハワイ旅行は『アップダウンクイズ』と同様に日航の協賛だったが、日航機墜落事故の余韻で協賛のテロップはほとんど表示されなかった。
  5. 途中からルール変更により、最初の問題に入る前にあらかじめメンバーの出場順が決められた(チームで話し合いながら決める)対戦表(オーダー表とも言う)が両チームのキャプテンから司会に渡され、それをもとに対戦を行う。呼ばれた解答者(男女各1名)は、中央に設けられた解答者席へ移動し、問題に挑戦する。
  6. 季節の豪華食材セットの回もあり。
  7. 相手チームの得点を最終的に0点にした場合、すなわち1問も正解させなかったの意味。野球で言えばパーフェクトゲームに相当する。
  8. ジャンルを表示するモニターは、使用しないときには両脇に観音開きの形で片付けられている。
  9. ただし、オープニングで司会がセットの奥から出てくる形になったため、上に上がるようになっている。
  10. エンドカードは「クイズ!!ひらめきパスワード 終」であった。
  11. 同時に、提供クレジットも白地に同社ロゴを大写しする様式(上に『提供』の文字)に変更している。
  12. 提供クレジットもOPはスタジオバックに、EDはブルーバック画面に表示されるようになった。また、企業スローガンおよびダブルRマークは使用されず『提供 ロート製薬』と表示されるのみだった。
  13. 山城時代では新しく作られた電子音が使われた。
  14. 男性チームは低く、女性チームは高い。