国家緊急権

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テンプレート:出典の明記 国家緊急権(こっかきんきゅうけん、Staatsnotstandsrecht)とは、戦争災害など国家平和と独立を脅かす緊急事態に際して、政府が平常の統治秩序では対応できないと判断した際に、憲法秩序を一時停止し、一部の機関に大幅な権限を与えたり、人権保護規定を停止するなどの非常措置をとることによって秩序の回復を図る権限のことであるテンプレート:Sfnテンプレート:Sfn

概説

緊急権とは立憲主義議会制民主主義文民統制を基調とする国家において、国家の平和と独立を脅かす急迫不正の事態または予測される事態に際して、一刻も早い事態対処が必要と判断される場合において、憲法の一部を停止し、「超法規的措置」によってこれらの危機を防除しようとする権能である。多くの国家の憲法、特に大陸法をとる国のほとんどの憲法には緊急権の規定がありテンプレート:Sfn、存在していない憲法は少数派であるテンプレート:Sfn

国家緊急権の行使は国家戦争内乱、あるいは大規模な災害などの非常事態に直面した際に、通常の行政手続きを経ずして行われる。その方法は戒厳状態(英米法におけるマーシャル・ロー)や非常事態宣言を発令して憲法の一部を停止または制限する、予算に基づかない財政措置、人身保護令状の停止などの手段が存在する。

但し、国家緊急権には政府の権能を徒に強大化し、民主主義の存続そのものに懸念が生ずるという危険な要素を含む。憲法上、国家緊急権が許容される場合においても、その権能にはあくまで緊急事態から国家国民を防衛することが目的である以上は、法的な見地からして国家緊急権の発動要件には自ずと時限的な制限がある。

一方で、緊急避難措置として立憲的独裁を許容することにより、緊急事態の危機を超えて独裁が恒久化するような状況に陥ることは、立憲民主主義がほとんど機能しなくなるという憲法学的見地からの懸念もあり、その権限を国家に許容すること自体を、危険視する人もいる。具体的には不正に軍部が政府に対してクーデターを起こし、憲法に背き非民主的なかたちで「臨時政府」「(救国、国家非常事態、その他諸々)最高評議会」といった名称の軍事政権を確立、国民を独裁体制のもとに置くか、或いは政府そのものが民主主義を否定・後退する手段に用いるのではないかという危惧である(諸外国では実例がいくつも確認されている)。

こうした事例にもみられるように、国家緊急権とは国家を覆う危険性の排除のための権能としての側面と濫用による国家転覆の危険性を有するという側面を有するものである。

緊急権の類型

国家緊急権の類型は、いくつかの分類がある。

憲法制度上の国家緊急権と超国家的緊急権

憲法制度上の国家緊急権とは、憲法自身が緊急時に自らの権力を停止し、特定の機関に独裁的権力を与えることを認めるものであるテンプレート:Sfn。この例としては英米法にあるマーシャル・ローや、ヴァイマル憲法第48条(大統領緊急令規定)、フランスにおける合囲状態テンプレート:Lang-frge)などがあげられるテンプレート:Sfn。一方で超国家的緊急権が発動される事態は、憲法の枠組みを超え現行の法体系に拘束されない超憲法状態、すなわち違憲状態であるテンプレート:Sfn

行政型と立法型

憲法制度上の国家緊急権において、緊急権の行使が行政の範囲にとどまるものを行政型という。マーシャル・ローや大日本帝国憲法戒厳令などは新たな立法を制定することはできないため行政型に分類されるテンプレート:Sfn。これに対してドイツ帝国構成国の緊急命令や、大日本帝国憲法の緊急命令などは立法型に分類されるテンプレート:Sfn

英米型と独仏型

英米法においては憲法自体に緊急権の規定はなく、コモン・ローや個別立法によって緊急権が定められているテンプレート:Sfn。イギリスでは第一次世界大戦後から個別立法制度が採用されるようになりテンプレート:Sfnテンプレート:Sfn、アメリカにおいてはウォーターゲート事件以降立法制度が多く採用されるようになったテンプレート:Sfn。イギリスの緊急権法、アメリカの戦争権限法全国産業復興法がこれに該当するテンプレート:Sfn。一方でフランス共和国憲法(第二、第四、第五)、ドイツ帝国憲法、ヴァイマル憲法、ドイツ連邦共和国基本法には国家緊急権の規定が存在するテンプレート:Sfn[1]

厳格規定型と一般授権型

厳格規定型とは、あらかじめ想定できる非常事態を限定し、要件、手続、効果についても厳格に規定するものであるテンプレート:Sfn。ドイツ基本法やスウェーデン統治法典がこれに該当する。一般授権型とは、要件などについての規定はなく、一つの権限規定で対応しようとするものである。フランス第五共和政憲法、ヴァイマル憲法がこれに該当するテンプレート:Sfn

日本における有事法制と国家緊急権

大日本帝国憲法体制における国家緊急権

大日本帝国憲法においては、天皇が国家緊急権を行使する規定が制定されていた。緊急勅令制定権(8条)、戒厳状態を布告する戒厳大権(14条)、非常大権(31条)、緊急財政措置権(70条)などであるテンプレート:Sfnテンプレート:Sfn。非常大権は一度も発動されたことが無く、戒厳大権との区別は不明瞭であるとされているテンプレート:Sfn

日本国憲法における国家緊急権

日本国憲法においては国家緊急権に関する規定は存在しないとする見方が多数的であるテンプレート:Sfnテンプレート:Sfn。憲法制定段階においては、日本側が衆議院解散時に、内閣が緊急財政措置を行えるとする規定を提案した。しかし連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)は英米法の観点からこれに反対し、内閣の緊急権によってこれに対応するべきであるとした。その後の協議によって、衆議院解散時には参議院において緊急会を招集するという日本側の意見が採用されたテンプレート:Sfn

このため日本国憲法が国家緊急権を認めていないとする否定説、緊急権を容認しているという容認説の二つの解釈があるテンプレート:Sfn。また否定説は緊急権規定がないのは憲法の欠陥であるとみる欠缼説、緊急権規定の不在を積極的に評価する否認説の二つに大別されるテンプレート:Sfn

このうち欠缼説をとる論者は緊急権の法制化を主張し、否認説と容認説の論者はこれに反対するという構造があるテンプレート:Sfn

欠缼説

大西芳雄は平常時の統治方法のままで対応できない危機が発生しないとは誰にも断言できないが、あらゆる権力の行使を法の定めたルールに従って行うのが立憲主義であるとして、緊急権規定の不在を欠陥であると指摘しているテンプレート:Sfn。また内閣憲法調査会も1964年の「共同意見」において「重大なミス」であるとしているテンプレート:Sfn

否認説

小林直樹は日本国憲法が軍国主義を廃した平和憲法であるため、緊急権規定をあえておかなかったと解釈しているテンプレート:Sfn。また緊急権が君主権と不可分であったとし、憲法の基本原則に憲法が忠実であろうとしたために緊急権規定が置かれなかったとしているテンプレート:Sfn影山日出弥は日本国憲法が国家緊急権で対処する国家緊急状態の存在自体を否定していると解釈しているテンプレート:Sfn。この立場からはいかなる事態も国家緊急権以外の方法で対処するべきであるとされテンプレート:Sfn、憲法に緊急権を明記することは「憲法の自殺」であるという意見があるテンプレート:Sfn

容認説

河原畯一郎高柳賢三は、国家緊急権は超憲法的な原理であり、憲法に明文化されていなくても行使できる「不文の原理」であるとしているテンプレート:Sfn

国家緊急権をめぐる議論

国家緊急権は、特例措置にかこつけて、政府の大権を常態化させ、民主主義を変質または破壊させる危険性を懸念し、国家緊急権の賛否を越えて、国家緊急権の取扱には慎重たるべきであるという点では一応において共通した認識であるとされる。 反面、憲法にも法律にも非常事態に対する何らかの措置をも予定しない国は、表面的には立憲主義の原則に忠実であるかもしれないが、実際には民主主義の法秩序の原理原則のみにとらわれ、「現実の危機」に対する秩序を自ら崩壊させる欠陥を含むとも反論できる。

国家緊急権を肯定し、かつ民主主義の堅持のために注意が必要であるという論調の中には、緊急権が恒久化せぬ措置や、国家の平和と独立において緊急権によってとるべき措置を越えて、あるいは緊急事態に該当する状況を越えて発動されないという担保、さらには緊急権の終結時期を明示することの必要性がある、と説く指摘もある。


エピソード

  • 国家緊急権・戒厳令を扱った映画作品としては、1998年に製作されたアメリカ映画『マーシャル・ロー』が著名(但し、アメリカには「憲法の停止」の考え方はない)。

出典・脚注

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参考文献

テンプレート:参照方法

関連項目

  • ドイツではヴァイマル憲法下で緊急権規定が濫用された反省から現憲法であるドイツ基本法では当初緊急権規定を持たなかったが、1968年の第17次改正において導入された。この際に抵抗権規定も新設されている。