仙台市ガス局

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テンプレート:Infobox テンプレート:座標一覧 仙台市ガス局(せんだいしガスきょく)は宮城県仙台市および隣接2市3町(大和町富谷町利府町多賀城市名取市)において公営ガス事業を行う仙台市の地方公営企業のひとつで、一般ガス事業者である。

概要

同局の2008年度(平成20年度)の都市ガス販売量は約2億5200万m3、売上高は約343億と、公営ガス事業では国内最大の規模であり[1]、民間事業者を含めた供給戸数当たりでも全国で8番目の規模である。

同局は供給する都市ガスを港工場(仙台市宮城野区)で製造しているが、同工場への原料調達は、マレーシアサラワク州ビンツルから液化天然ガス (LNG) タンカー「アマン センダイ」を用いて太平洋側にある仙台港まで液体で輸入する方法と、石油資源開発所有の「新潟・仙台天然ガスパイプライン[† 1]」を用いて日本海側にある新潟東港から気体で移入する方法を持つ[2]。このように太平洋側と日本海側に原料調達ラインを複数化していたため、東日本大震災の際には迅速な復旧が実現した[3]

「仙台市ガス局」という市の一部局ながら、単独でテレビCMを打つことがある。また、ミヤギテレビ名探偵コナン内で流れる日本ガス協会のCMも、仙台市ガス局を中心とした宮城県都市ガス協会のCMである(他県ではその地域主力の企業のCMになる)。

歴史

市営ガス事業の発足

かつて、宮城県中央部(現在の仙台市都心部および旧宮城郡エリア)では「仙台瓦斯株式会社」という民間企業がガス事業を行っていたが、第二次世界大戦中の1941年昭和16年)に陸軍からの要請を受けた仙台市が買収・公有化した。公有化は、兵器工場へのガス供給という要請に基づくものであり、鉄道国有法や改正陸運統制令に基づく戦時買収私鉄のように、全国規模で強制的に実施された命令ではなかった。そのため大多数の都市では現在に至るまで一貫して株式会社形態(東京ガス大阪ガスなど)をとる事業者が大半を占め、宮城県内でも仙台市と気仙沼市以外ではいずれも株式会社形式を取っている。仙台市ガス局は公営企業である数少ないガス事業者といえ、また、政令指定都市の中でガス局を設けているのは仙台市のみである。なお、県庁所在地で他にガス局(水道など他の公営事業との兼業でない独立部局として)を設けている都市[† 2]としては松江市が運営する松江市ガス局が該当する。

戦災と復興

1945年(昭和20年)7月10日の仙台空襲は仙台市中心部を焼き払い、ガス事業にも壊滅的な損害を与えた。事務所・工場など8棟が全焼し、機械設備も多く損傷し、市街の配管も被害を受けた。仙台市はガス供給が停止した状態で敗戦を迎えた[4]

応急工事は8月に始まり、10月10日に焼け残りの約1500戸に供給を再開した。需要家の数は空襲前の半分以下である。戦後のガス供給のネックになったのは原料となる石炭の不足で、時間制限や休日休止といった制限をかけての供給だった。24時間供給が可能になったのは、1950年(昭和25年)12月30日からになった。設備の完備、需要戸数などについても、戦前水準に回復したのはこの頃である[5]

仙台市は、1952年(昭和27年)施行の地方公営企業法を受けて、水道ガス事業局を発足させ、仙台市営の公営企業とした。1954年(昭和29年)に国がガス事業法を施行すると、翌1955年(昭和45年)に仙台市はこれにあわせて仙台市ガス供給条例を制定した。 1956年(昭和31年)3月に水道とガスを分離して仙台市ガス局を設置した[6]

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年表

  • 1909年明治42年) - 「仙台瓦斯株式会社」(資本金60万)として創立される[1][7]
  • 1910年(明治43年) - 同社が、石炭でガスを精製する清水小路工場[† 3][[[:テンプレート:座標URL]]38_15_21.3_N_140_52_58.4_E_region:JP&title=%E6%B8%85%E6%B0%B4%E5%B0%8F%E8%B7%AF%E5%B7%A5%E5%A0%B4%E8%B7%A1%E5%9C%B0%E3%80%81%E6%97%A7%E3%80%8CGas+Salon%E3%80%8D%E6%89%80%E5%9C%A8%E5%9C%B0%E3%80%82 地図])を設置。
  • 1941年昭和16年) - 仙台市が仙台瓦斯を72万円で買収し、「電気水道事業部瓦斯事業所」を設置(公有化)[7]
  • 1946年7月(昭和21年) - 事業所を廃し、「ガス部」とする[8]
  • 1950年(昭和25年)7月12日 - 料金体系変更。使用料ゼロでもかかる最低料金を設定[9]
  • 1951年(昭和26年)11月1日 - 仙台市がガス供給条例を公布[10]
  • 1952年(昭和27年) - 「水道ガス事業局」の発足[11][7]
  • 1953年(昭和28年)- 第一次ガス供給拡張計画を策定[12]
    • 3月 - 仙台市小田原で新工場のための土地17338平方メートルを買収[13]
  • 1954年(昭和29年)3月 - 工場のための土地9847平方メートルを追加買収[14]
  • 1956年(昭和31年)3月 - 水道ガス事業局を水道事業とガス事業とに分割し、ガス事業を「仙台市ガス局」とする[7][15]
  • 1957年(昭和32年) - 原町工場([[[:テンプレート:座標URL]]38_16_24.7_N_140_54_24.5_E_region:JP&title=%E5%8E%9F%E7%94%BA%E5%B7%A5%E5%A0%B4%EF%BC%881957%E5%B9%B4%EF%BD%9E1978%E5%B9%B4%EF%BC%89 地図][16])が竣工[7]
  • 1973年(昭和48年) - 港工場が竣工[7]
  • 1977年(昭和52年) - 幸町新庁舎が完成[7]
  • 1978年(昭和53年)
  • 1997年(平成9年)
  • 2002年(平成14年)
    • 新潟・仙台天然ガスパイプライン[† 1]と新港工場を接続([[[:テンプレート:座標URL]]38_16_51.3_N_141_1_27.5_E_region:JP&title=%E7%9F%B3%E6%B2%B9%E8%B3%87%E6%BA%90%E9%96%8B%E7%99%BA%EF%BC%88%E6%A0%AA%EF%BC%89%E4%BB%99%E5%8F%B0%E3%83%91%E3%82%A4%E3%83%97%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%B3%E7%AE%A1%E7%90%86%E4%BA%8B%E5%8B%99%E6%89%80%EF%BC%88%E6%A7%8B%E5%86%85%E3%81%AB%E3%81%82%E3%82%8B%E5%B9%B9%E7%B7%9A%E3%83%91%E3%82%A4%E3%83%97%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%81%8B%E3%82%89%E6%9D%B1%E5%8C%97%E5%A4%A9%E7%84%B6%E3%82%AC%E3%82%B9%E3%81%8C%E5%B0%8E%E7%AE%A1%E3%82%92%E6%95%B7%E8%A8%AD%E3%81%97%E3%81%A6%E6%B8%AF%E5%B7%A5%E5%A0%B4%E3%81%AB%E4%BE%9B%E7%B5%A6%EF%BC%89 地図][19]
    • 4月 - 同月より22年間の契約期間中に、東北天然ガスから新潟・仙台天然ガスパイプラインを通じて天然ガス約15億6200万m3(LNG換算:約120万トン)の供給を受ける[19]
  • 2004年(平成16年)
  • 2005年(平成17年) - 新港工場を港工場に改称[7]
  • 2011年(平成23年)

民営化の検討

仙台市は、第三セクター方式で受け皿会社を設立した上で、事業と職員を移管して市ガス局を廃止した後、市の出資・出向比率を徐々に引き下げる方法(旧三公社・郵政事業の民営化に近い)での民営化を検討していた。

譲渡先として設立される企業には当初、東京瓦斯東北電力石油資源開発を中核とするグループが出資に名乗りを上げていた[22]が、折からの景気悪化に加え、いわゆる「黄金株」の取り扱いを始め、その後条件交渉は難航し、事業継承者の公募からいずれの事業者も辞退したため、2010年の民営化実施は困難な情勢となった[23]

これにともない、民営化の方針については延期される時期を明示されておらず、事実上無期限で先送りされている状況となっている。

主要施設

管理・窓口

  • 仙台市ガス局 幸町庁舎([[[:テンプレート:座標URL]]38_16_24.7_N_140_54_24.5_E_region:JP&title=%E4%BB%99%E5%8F%B0%E5%B8%82%E3%82%AC%E3%82%B9%E5%B1%80%EF%BC%88%E5%B9%B8%E7%94%BA%E5%BA%81%E8%88%8E%EF%BC%89 地図]
  • 仙台市ガス局ショールーム「Gas Salon」([[[:テンプレート:座標URL]]38_15_45.3_N_140_52_34_E_region:JP&title=%E4%BB%99%E5%8F%B0%E5%B8%82%E3%82%AC%E3%82%B9%E5%B1%80%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%A0%E3%80%8CGas+Salon%E3%80%8D 地図]

工場・供給所

名称 位置 ガスホルダー
港工場 [[[:テンプレート:座標URL]]38_16_48.3_N_141_1_27_E_region:JP&title=%E6%B8%AF%E5%B7%A5%E5%A0%B4 地図] 球形 10万m3×1基
多賀城供給所 [[[:テンプレート:座標URL]]38_17_14.2_N_141_1_28.8_E_region:JP&title=%E5%A4%9A%E8%B3%80%E5%9F%8E%E4%BE%9B%E7%B5%A6%E6%89%80 地図] 球形 10万m3×2基
幸町供給所 [[[:テンプレート:座標URL]]38_16_27.6_N_140_54_19.8_E_region:JP&title=%E5%B9%B8%E7%94%BA%E4%BE%9B%E7%B5%A6%E6%89%80 地図] 球形 10万m3×3基
泉供給所 [[[:テンプレート:座標URL]]38_21_1.5_N_140_49_5.7_E_region:JP&title=%E6%B3%89%E4%BE%9B%E7%B5%A6%E6%89%80 地図] 球形 10万m3×1基
茂庭供給所 [[[:テンプレート:座標URL]]38_13_39.4_N_140_48_8.2_E_region:JP&title=%E8%8C%82%E5%BA%AD%E4%BE%9B%E7%B5%A6%E6%89%80 地図] 球形 10万m3×2基

供給エリア

供給エリアの概ねの位置関係
大和町(南部) 富谷町(南部) 利府町(西部)


泉区 多賀城市(海岸部を除く全域)
青葉区 宮城野区
太白区 若林区
名取市(北部)

仙台市の地方公営企業であるが、上記の通り、仙台市以外にも供給エリアがある。即ち、仙台都市圏DID地区へ主に供給しており、DID以外の上記自治体の居住区については簡易ガス事業による供給も行っている。供給戸数は約36万戸で、約80の事業者と大口契約を結んでいる。

2010年(平成22年)にセントラル自動車(現・トヨタ自動車東日本)が大衡村に、パナソニックEVエナジー(現・プライムアースEVエナジー)が大和町に進出するのを受け、2009年(平成21年)12月18日に両町村の3工業団地に天然ガスパイプラインを延長・開通した[24][25][26]。なお、ガス局が保有する2007年度末のパイプライン総延長距離は約4,100kmであり、東北電力からガスの供給を受けている。

広告活動

2006年(平成17年)8月より、宮城県を中心に活動するパーソナリティー・本間秋彦をイメージキャラクターに起用。

スポンサー番組

関連企業

括弧内は仙台市ガス局の出資比率[18]

  • 仙台ガスサービス株式会社(50%)
  • 仙台ガスエンジニアリング株式会社(50%)
  • 仙台エルピーガス株式会社(48%)
  • 株式会社クリーンエナジー(46.7%)

仙台市の地方公営企業

脚注

テンプレート:脚注ヘルプ

注釈

テンプレート:Reflist

出典

テンプレート:Reflist

参考文献

  • 仙台市史編さん委員会『仙台市史』通史編8(現代1)、仙台市、2011年。
  • 仙台市史続編編纂委員会『仙台市史続編』第1巻(行政建設編)、仙台市、1969年。

関連項目

外部リンク

テンプレート:日本ガス協会
  1. 以下の位置に戻る: 1.0 1.1 仙台市ガスの供給戸数61年ぶり減 オール電化が打撃河北新報 2009年9月28日)
  2. 元の位置に戻る 天然ガスの調達(仙台市ガス局)
  3. 以下の位置に戻る: 3.0 3.1 テンプレート:PDFlink資源エネルギー庁 2012年4月6日)
  4. 元の位置に戻る 『仙台市史』通史編8(現代1)179頁。
  5. 元の位置に戻る 『仙台市史続編』第1巻537-538頁。『仙台市史』通史編8(現代1)179-180頁。
  6. 元の位置に戻る 『仙台市史』通史編8(現代1)182頁。
  7. 以下の位置に戻る: 7.00 7.01 7.02 7.03 7.04 7.05 7.06 7.07 7.08 7.09 7.10 引用エラー: 無効な <ref> タグです。 「history」という名前の引用句に対するテキストが指定されていません
  8. 元の位置に戻る 『仙台市史』通史編8(現代1)37頁。
  9. 元の位置に戻る 『仙台市史続編』第1巻538頁。
  10. 元の位置に戻る 『仙台市史続編』第1巻538頁。
  11. 元の位置に戻る 『仙台市史続編』第1巻540頁。『仙台市史』通史編8(現代1)182頁。
  12. 元の位置に戻る 『仙台市史続編』第1巻541頁。
  13. 元の位置に戻る 『仙台市史続編』第1巻541頁。
  14. 元の位置に戻る 『仙台市史続編』第1巻541頁。
  15. 元の位置に戻る 『仙台市史』通史編8(現代1)183頁。
  16. 元の位置に戻る 原町工場跡地中央部及び南側の土壌調査結果について(仙台市ガス局 2007年9月8日)
  17. 元の位置に戻る テンプレート:PDFlink東京電力
  18. 以下の位置に戻る: 18.0 18.1 引用エラー: 無効な <ref> タグです。 「GasBureau」という名前の引用句に対するテキストが指定されていません
  19. 以下の位置に戻る: 19.0 19.1 東北天然ガス(株)から仙台市ガス局への天然ガス卸供給について(東北電力 2001年2月6日)
  20. 元の位置に戻る 震災後初めてのLNG船が入港(仙台市ガス局 2011年11月24日)
  21. 元の位置に戻る ローリー車によるLNG(液化天然ガス)の出荷を再開します(仙台市ガス局 2011年12月15日)
  22. 元の位置に戻る テンプレート:PDFlink(仙台市ガス局 公式HP 2008年10月6日)
  23. 元の位置に戻る テンプレート:PDFlink東北電力 公式HP 2009年1月20日)
  24. 元の位置に戻る 仙台市ガス局 大衡・大和のトヨタ系3社に供給河北新報 2008年7月9日)
  25. 元の位置に戻る 仙台市ガス局、パイプライン延長を発表(河北新報 2008年7月19日)
  26. 元の位置に戻る 3工業団地にガスパイプライン開通 仙台圏北部(河北新報 2009年12月19日)


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