香川オリーブガイナーズ

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テンプレート:野球チーム 香川オリーブガイナーズ(かがわオリーブガイナーズ、Kagawa Olive Guyners)は、プロ野球独立リーグ四国アイランドリーグplusに所属する香川県の野球チーム。2005年加盟。略称「香川OG」。

概要

ファイル:Kagawa Prefectural Baseball Complex 060611b.jpg
本拠地・香川県営野球場(レクザムスタジアム
フィールド・スタンド全景)

チーム名は香川県の木・オリーブ讃岐弁の「強い」を意味する「がいな」、そして英語の「guy」を組み合わせた造語。チームカラーは緑色。リーグ発足2年目から3年連続して年間総合優勝を達成した。

プロ野球(NPB)2軍や社会人野球チーム(JR四国アークバリアドリームクラブNOMOベースボールクラブなど)との練習試合(交流戦)も行われている[1]

成績

シーズン

年度 監督 順位 試合 勝利 敗戦 引分 勝率 ゲーム差 打率 防御率 本塁打
2005 芦沢真矢 3 89 36 41 12 .468 9.5 .223 2.32 15
2006 芦沢真矢 2 45 22 18 5 .550 5.0 .261 2.24 36
芦沢真矢 1 44 29 11 4 .725 5.5(注)
2007 西田真二 1 45 27 10 8 .730 7.0(注) .259 2.39 40
西田真二 1 45 28 13 4 .683 3.0(注)
2008 西田真二 1 40 26 10 4 .722 5.0(注) .264 2.82 31
西田真二 3 40 20 16 4 .555 2.5
2009 西田真二 2 40 21 16 3 .568 2.5 .257 3.10 42
西田真二 2 40 20 15 5 .571 2.5
2010 西田真二 1 38 23 9 6 .719 0.5(注) ---- ---- --
西田真二 1 38 25 11 2 .694 2.0(注)
2011 西田真二 3 32 13 17 2 .433 9.0 - - -
西田真二 1 32 19 9 4 .629 1.5(注)
2012 西田真二 1 40 25 10 5 .714 4.5(注) .251 2.58 27
西田真二 2 40 21 14 5 .600 1.0
2013 西田真二 1 40 22 14 4 .611 2.5(注) .243 3.02 36
西田真二 3 40 16 21 3 .432 10.0

※金地は優勝

  • 注:2位とのゲーム差

リーグチャンピオンシップ

  • 2006年 - 総合優勝(3勝1敗:対戦は高知)
  • 2007年 - 総合優勝(2勝0敗:対戦は愛媛)※前後期制覇のため、1勝のアドバンテージがあり2勝で優勝。
  • 2008年 - 総合優勝(3勝0敗:対戦は愛媛)
  • 2010年 - 総合優勝(2勝0敗:対戦は高知)※前後期制覇のため、1勝のアドバンテージがあり2勝で優勝。
  • 2011年 - 1勝3敗(対戦は徳島)
  • 2012年 - 総合優勝(3勝0敗:対戦は愛媛)
  • 2013年 - 0勝3敗(対戦は徳島)

グランドチャンピオンシップ

2007年・2008年・2012年は香川県営野球場で開催された。</br> 2010年は、秋季高校野球四国大会と日程が重なったため、アークバリアBP志度で開催された。

定期交流戦・ソフトバンク杯

  • 2011年 - 優勝(3勝4敗1分)
  • 2012年 - 優勝(5勝2敗1分)
  • 2013年 - 4位(3勝4敗1分)
福岡ソフトバンクホークス三軍との定期交流戦であり、ソフトバンク三軍戦のみで最も高い勝率をあげたチームが優勝となる。

スタジアム

本拠地
  • レクザムスタジアム(香川県営野球場、ナイター開催可能、2012年前期14試合・後期17試合)
    • ナイターでは、周辺の漁港の漁の妨げにならないように配慮して、外野・ライト側の照明は落としている(他の照明は点灯。NPBの試合は全部点灯している)。
準本拠地
2008年までは全国高等学校野球選手権香川大会でレクザムスタジアムを使用する時期(7・8月)が中心であった。2009年からは「ファンの要望」により、その他の月にもこれらの球場での試合が開催されている。
その他の開催球場
2011年8月14日に福岡ソフトバンクホークス3軍との交流戦1試合がおこなわれた[2]。2013年は5月18日と7月13日にリーグ公式戦2試合(相手はそれぞれ高知・徳島)が開催された。
今後の使用する可能性のある球場
2010年11月18日に、丸亀市同市総合運動公園内(平池の北側)に建設予定の「丸亀市民球場」(仮称)の概要を発表し、その中で計画策定に際してガイナーズとも協議をおこない、完成後は公式戦の開催も想定していることを明らかにした[3]。完成は2014年度末(2015年3月)の予定[4]
スタジアムの雰囲気
2008年より、レクザムスタジアムをはじめとするガイナーズのホームスタジアムを”ガイナーズボールパーク”として、コンコースにフードコートやコンビニエンスストアインターネット設備を導入。選手紹介ボードを設置して、より楽しめる空間を目指している。また、会場に飲食物を持ち込むことは禁止されている。(ただし、病気などの理由で食事制限が必要な人は飲食物の持ち込みはできる。)
試合の進行はスタジアムDJ(「つばさっち」ごと藤澤翼らが務める)が中心となって行う。スタジアムDJが客席を回って観客に直接インタビューするなど、NPBとは異なる演出で楽しませてくれる。5回裏終了後には観客参加型イベントも開催される。客席からグラウンドに置かれたバケツに向けて予め渡されたボールを投げ、入れば商品がもらえる「サタデーシューティング」や「大玉転がし」、「ポスタークイズ」などである。またレクザムスタジアムでの試合では、MLBのようなオルガン演奏も試合中に行われる。

歴史

2005年(1年目)

  • 1年目である2005年のシーズンは、投手を軸とした守りのチームとして戦った。先発二枚看板の伊藤秀範・捻金孝行、ストッパーの松尾晃雅を中心に投手陣はリーグ1の安定感を誇り、伊藤は最多勝、松尾は最優秀防御率のタイトルを獲得。しかしその一方で攻撃力に乏しく、チーム打率わずか.223と貧打にあえぎ、結局チームは3位に終わった。

2006年(2年目)

  • この年は堂上隼人を筆頭に長打力のある打者を戦力補強して得点力を上げた。また、入団2年目の選手も新加入選手との激しいポジション争いで力をつけた。投手陣では、入団2年目の深沢和帆がリーグを代表する左腕投手に成長した。2006年シーズン前半は、5月に入って投打が咬み合い8連勝し、一時は高知ファイティングドッグスから首位を奪ったが、その後は高知との直接対決で勝つことができず、前期優勝を逃した。
  • シーズン後半はチーム状況が好転し、序盤から勝ち星を重ね、首位を独走した。期待されていた主砲の森田丈武が復活して、堂上とともにホームランを量産し、相手投手の脅威となった。この二人とクリーンアップを組んだ若林春樹もチャンスで活躍し、チームの勝利に貢献した。投手陣は先発ローテーションに金城佳太、塚本浩二が入り、層が厚くなり、夏場の連戦をうまく乗りきることができた。後期の終盤に入り、高知が猛追したが、香川は首位をキープした。9月24日の対愛媛マンダリンパイレーツ戦に勝ち、後期優勝を達成した。個人タイトルは堂上が本塁打王、首位打者の二冠を獲得し、深沢が最優秀防御率を獲得した。
  • 年間総合優勝を賭けた2006年リーグチャンピオンシップは前期優勝の高知との対決となった。結局3勝1敗で勝利し、年間総合優勝を達成した。勝因はビジターでの第1、2戦に連勝したことが大きい。最後まで高知にプレッシャーをかけ、ミスを誘った。
  • 10月26日、監督の芦沢真矢とコーチの森博幸が退任することを発表。2006年10月27日、新監督として前愛媛マンダリンパイレーツ監督の西田真二、新コーチとして前徳島インディゴソックスコーチの柳田聖人がそれぞれ1年ぶりに復帰することを発表。
  • 11月21日に行われたドラフト会議で深沢が読売ジャイアンツからドラフト5巡目で指名を受け、伊藤は東京ヤクルトスワローズから2次ドラフト育成選手用=いわゆる練習生ドラフト)で指名を受け、プロ入りの切符を手にした(その後伊藤は支配下登録)。

2007年(3年目)

  • この年は深沢・伊藤が抜けた投手陣の補強が懸念されたが、シーズン前半は広島東洋カープより加入した天野浩一が中心となり、松尾晃雅・塚本浩二の3人で先発ローテーションを確立させた。打撃陣も前年に引き続き、堂上隼人・近藤智勝・森田丈武で強力なクリーンアップを形成するとともに、盗塁を増やして機動力を充実させた。これらの投打がかみ合い、5月2日に首位に立つと一度も譲らず、6月24日の高知戦に勝って二期連続となる初の前期優勝を達成した。
  • シーズン後半は天野がリリーフに回り、それまでリリーフだった橋本亮馬が先発陣に加わった。また、千葉ロッテマリーンズから加入した小林亮寛が主に中継ぎで起用された。前期とは一転して、愛媛(一時は高知も)と激しい首位争いをする展開になった。この間、柳田コーチが体調不良で休養・退団するアクシデントにも見舞われたが、8月下旬以降は首位をキープし、9月28日の愛媛戦に勝利して3期連続となる優勝が決まった。前後期制が導入されてから、同じ年度の前後期をともに制した最初のチームとなった。観客動員は7万1634名(1試合平均1592名)を記録し、総数ではリーグ記録を更新した。
  • 年間2位の愛媛との対戦となった2007年チャンピオンシップでもシーズン中の勢いをそのまま持ち込み、2勝0敗(リーグ戦の前後期とも完全制覇達成の場合は1勝分のアドバンテージがあるため、実質3連勝扱い)で2年連続の総合優勝を達成した。四国アイランドリーグ史上初のリーグ戦前後期と合わせた年間完全優勝となった。
  • 10月28日、石川ミリオンスターズとの間で行われたグランドチャンピオンシップを3勝1敗で制し、独立リーグの初代日本一となった。
  • 11月19日に行われたドラフト会議三輪正義東京ヤクルトスワローズから6巡目で指名を受け、チームから2年連続で指名者を輩出することになった。
  • シーズン途中で退任した柳田コーチの後任に、前信濃グランセローズコーチの勝呂壽統が就任することが決まった。

2008年(4年目)

  • リーグ拡張に合わせて、他の四国3球団とともにユニホームのデザインを変更した。
  • 2008年3月29日、松尾晃雅がメジャーリーグボストン・レッドソックスとマイナー契約を結んだことを発表。リーグからメジャーリーグ機構の球団に進む最初の選手となった。
  • 野手を中心に前年の主力選手がほぼ残留し、松尾・天野・小林が抜けた投手陣も塚本浩二・金子圭太橋本亮馬で先発を形成。前期は新旧の戦力がかみ合って開幕から8連勝して独走し、6月18日の高知戦に勝利して4期連続となる前期優勝を達成した。打撃や走塁による得点力で他チームを圧倒した。後期は育成のため若手主体のオーダーを組んだ7月は貧打にあえぎ、長崎に3試合連続で完封負けを喫したこともあった。8月に入って6連勝をマークして徐々に調子を上げ、9月上旬には首位に0.5ゲーム差まで接近した。愛媛・高知・福岡と激しい首位争いを繰り広げ、終盤まで踏みとどまったが、愛媛にビジターで勝てなかったことなどが響いて3位に終わり、半期の連覇は4でストップした。個人タイトルでは森田丈武が2年連続で本塁打・打点の2冠王を獲得した。
  • 2年連続で愛媛との対戦となった2008年チャンピオンシップでは、第2戦で一打逆転サヨナラ負けのピンチをしのいで敵地で連勝したことで流れを引き寄せ、3戦全勝で3年連続の総合優勝となった。チャンピオンシップでは2006年の第4戦から3年越しで6連勝となった。
  • 2年連続の出場となったグランドチャンピオンシップは富山サンダーバーズと対戦。ホームでの最初の2試合に連勝後、ビジターとなった第3戦・第4戦は連敗してポストシーズンでは初めて相手に王手をかけられた。第5戦も先制を許す苦しい展開だったが、9回に追いつき、グランドチャンピオンシップでは初となる延長戦を制して2年連続の独立リーグ日本一に輝いた。
  • 10月30日のドラフト会議において、森田丈武が東北楽天ゴールデンイーグルスに、塚本浩二が東京ヤクルトスワローズに、生山裕人千葉ロッテマリーンズに、堂上隼人が福岡ソフトバンクホークスにそれぞれ育成選手枠で指名された。3年連続の支配下登録枠での指名はならなかったが、4人の指名はチーム発足以来最多である。
  • 11月20日、発足以来投手コーチを務めた加藤博人が来シーズンから徳島インディゴソックスのコーチへ就任することが発表された。後任は前長崎セインツコーチの岡本克道。また、勝呂コーチも読売ジャイアンツのコーチに就任することとなった。後任は中本和希

2009年(5年目)

  • 本年よりユニホームの帽子が、従来の緑一色からつばの部分のみ黄色に変更された。ただし、ヘルメットは従来のままである。
  • 前期は高尾健太松居伊貴福田岳洋が先発投手の軸となり、西森将司が正捕手に定着した。打撃陣は近藤智勝に加えて、2年目の金井雄一郎と福岡より移籍した荒木康一でクリーンアップを構成した。首位の長崎を追う展開となり、終盤には1ゲーム差まで迫ったが、九州遠征で一勝もできなかったのが響いてあと一歩及ばず、2位となった。前後期制導入以降、2期連続して優勝を逃したのは初めてである。また、前年後期に続いて目前で相手の胴上げを見ることになった。
    後期はシーズン当初より上位につけ、何度か首位にもついたが、最後は高知に競り負けて前期に続いて2位に終わった。2006年以来続いていた総合優勝は3連覇でストップした。なお、後期も高知の優勝決定戦の相手となったため、シーズンでの「目前での胴上げ」は3期連続である。個人タイトルでは笠井要一が盗塁王を獲得した。
  • 香川県出身の漫画家・寺嶋裕二の野球漫画「ダイヤのA」の主人公である沢村栄純が当シーズン限定のイメージキャラクターとして起用され、チームのユニホームをまとった姿でポスターや広告に登場した。
  • 10月29日のドラフト会議で、福田岳洋横浜ベイスターズより5位指名を受けた。チームからの指名者は4年連続で、支配下登録枠での指名は2年ぶりとなる。
  • シーズン終了後、中本コーチは退任。岡本コーチも横浜ベイスターズコーチへの就任が決まった。後任の投手コーチには、選手として在籍経験のある地元出身の天野浩一が決まった。チームで選手経験のあるコーチは初めてである。野手コーチについては、12月に元阪神タイガース前田忠節の就任が決まった。

2010年(6年目)

  • 元NPBの前川勝彦加登脇卓真や、復帰した伊藤秀範らを加えて積極的な補強をおこない、リーグでは初めてベンチ入り枠(25人)を超える30人を保有することになった。
  • 前期は開幕から8連勝して快調な滑り出しを見せたが、5月に入って故障者が続出し、12連勝した高知に首位を奪われた。その後徐々に追い上げて終盤に逆転。リーグ史上初の「最終戦決戦」となった高知との試合を引き分けて4期ぶりとなる前期優勝を達成した。後期も8月に首位に立つとそのまま譲らず、3年ぶりとなる前後期連覇を達成した。個人タイトルは打撃部門は国本和俊が首位打者を獲得。投手陣は高尾健太が最多勝・最多奪三振の2冠、前川勝彦が最優秀防御率、橋本亮馬が最多セーブとチームでタイトルを独占した。
  • 年間勝率2位の高知との対戦となった2010年度チャンピオンシップは、2試合とも1点差で競り勝ち、2年ぶりの年間総合優勝を達成。前後期と合わせた完全優勝は3年ぶりとなった。チャンピオンシップでの連勝記録は8に伸びた。
  • 3年ぶりに石川との対戦となったグランドチャンピオンシップでは序盤のホームで連勝し、3勝1敗で2年ぶりの優勝を遂げた。
  • 10月28日のドラフト会議で、大原淳也が横浜ベイスターズから7位、上野啓輔が東京ヤクルトスワローズから育成2位で指名され、2年連続で支配下枠での指名者を輩出した。

2011年(7年目)

  • 前年オフに、発足初年度より続けてチームに在籍していた最後の選手である橋本亮馬・近藤智勝や、前主将の近藤洋輔といった3連覇を支えた選手が退団し、野手は若手中心の構成となった。最大30人を擁した前年とは対照的に、ベンチ入り枠を下回る23人でスタートしたが、前期は投手陣が十分な力を発揮できず、初年度以来の負け越しで3位に終わった。前期最終戦後の6月29日にチームの不振の責任を取る形で天野浩一コーチが辞任し、選手を引退した伊藤秀範が後任となった。後期は前期の課題だった投手力が向上し[5]、開幕より優位にペナントレースを進めるが、9月に急追した徳島と首位争いを展開。「連敗すれば徳島の逆転優勝」となる最後の直接対決(ダブルヘッダー)を1勝1敗でしのぎ、最終戦の三重戦に勝って2年連続の後期優勝を達成した。個人タイトルは韓国出身のリ・ミョンファンが打点王、高尾健太が2年連続となる最多勝と最多奪三振の二冠を獲得した。
  • 当シーズンより、福岡ソフトバンクホークス3軍との定期交流戦・ソフトバンク杯が8試合組まれた。3勝4敗1分と負け越したが1位となり、ソフトバンク杯初代王者となった。
  • 前期優勝の徳島との対戦となったリーグチャンピオンシップは、ホームの初戦に勝利したが2戦目で敗れ、2006年の第4戦以来続いていたリーグチャンピオンシップの連勝が9でストップした。ビジターの3戦目以降も連敗し、ポストシーズンでは初めての敗退となった。シーズン中からの徳島に対する弱さ(公式戦成績:4勝11敗1分)がそのまま続いた形になった。
  • 当シーズンはイベントとして月刊コミックバーズで連載中の高校野球漫画「やきゅん」とコラボした「やきゅんの日」を開催した。これは作者の藤川努が、高松出身のため実現した。[6]
  • 10月27日のドラフト会議で、冨田康祐が横浜ベイスターズから育成1位、西森将司が同じく育成2位、中村真崇広島東洋カープから育成2位、亀澤恭平が福岡ソフトバンクホークスから育成2位で指名された。支配下登録枠の指名者はいなかったが、4人の指名は2008年と並ぶ過去最多である。

2012年(8年目)

  • 前年オフに福岡ソフトバンクホークスコーチへの就任で退任した前田忠節コーチの後任として、元選手の近藤智勝が就任することが1月16日に発表された[7]。リーグでNPBへの在籍経験のないコーチは初めてである。
  • 当シーズンより、日曜日限定で黄色ベースの新ユニホームを使用することになった[8]。リーグで複数のユニホームを併用するのは、徳島・高知に続き3球団目である。
  • 前期は開幕から3連勝、5月にも7連勝を記録して首位を独走する形で2期連続となる前期優勝を果たした。前期終了後の7月4日、前期に抑え投手として活躍したアレッサンドロ・マエストリオリックス・バファローズに入団することが発表された。
  • 後期は序盤に独走した愛媛を追う展開となり、8月に6連勝を挙げて愛媛に迫ったが、首位を奪うには至らなかった。先に日程を終了した愛媛に対し、「シーズン最後の高知との2連戦(ダブルヘッダー)を連勝すれば逆転優勝」にまでこぎ着けたものの、最終戦に敗れて2年ぶりの前後期優勝はならなかった。一方、前年に引き続いておこなわれたソフトバンク3軍との定期交流戦ソフトバンク杯(8試合)には、5勝2敗1分の成績で2年連続して優勝した。個人タイトルでは、水口大地が最多盗塁、広島東洋カープからの派遣選手である山野恭介が最多勝、マエストリが途中退団ながら最多セーブを獲得した。
  • 愛媛とのリーグチャンピオンシップは3勝0敗のストレートで制し、2年ぶりに年間総合優勝を達成した。
  • 10月25日のドラフト会議では、星野雄大が東京ヤクルトスワローズから5位で、水口大地が埼玉西武ライオンズから育成1位でそれぞれ指名を受けた。
  • 2年ぶりの出場となったグランドチャンピオンシップは、初出場の新潟アルビレックス・ベースボール・クラブに0勝3敗のストレートで、初の敗退となった。

2013年(9年目)

  • 前期は愛媛・徳島を追う展開となるが、5月末から1敗を挟んで2度の4連勝で抜き去り、2年連続の前期優勝を達成した。先発の又吉克樹、抑えの酒井大介・田村雅樹らを中心とした投手力に、中盤より復調した打撃陣が加わっての逆転優勝だった[9]
  • 後期は、前期活躍した投手陣が疲労で不調となり、一転して苦しい戦いとなる[10]。徳島・愛媛に大きく負け越し、勝率5割を切る3位となった。2006年の2シーズン制導入後、前期優勝したチームが後期勝率5割未満・Bクラスとなるのはいずれも初めてである[11]。個人タイトルでは元阪神タイガース桜井広大が打点・本塁打の二冠、投手陣は又吉が最多勝をそれぞれ獲得した。
  • 2年ぶりの対戦となった徳島とのリーグチャンピオンシップは初戦から3連敗を喫して敗退した。未勝利での敗退は初めてである。また、徳島に対しては2011年に続く敗退で、前回の雪辱はならなかった。
  • 10月24日のドラフト会議では、又吉が中日ドラゴンズから2位指名を受けた。2年連続で支配下枠での指名者を出すとともに、指名順位2位はリーグで過去最高である。

2014年(10年目)

  • 前期は4月下旬から首位に立ち、4月から5月にかけて6連勝するなど優位にリーグ戦を進める。投手陣は故障者を抱えてのスタートだったが、BCリーグ新潟から移籍した寺田哲也や抑えとなった篠原慎平らの働きでしのぎ、新加入の主軸(中本翔太・長安駿作)がリーグトップの本塁打・打点を記録した打力が快進撃を支えた[12][13]。6月8日には優勝マジックが点灯[14]。いったんマジックは消滅したが、2位徳島との最終戦に勝って再点灯した[15]。しかし、その後の残り試合を徳島は負けずに先に全日程を終了。香川は前期最終となる愛媛戦に引き分け以上で優勝となるところ、完封負けを喫して徳島と同率となり、直接対戦成績で優位だった(香川の5勝6敗1分)徳島に優勝を譲ることとなった[16]。勝負所の終盤で打線が打てず、守備走塁面でも乱れがあったと西田監督は述べている[13]

経営

2006年のチーム分社後、積極的な営業政策を展開し、2007年からはリーグの経営補填金を実質的に受けない完全な独立採算となった。

2007年度の売上はリーグトップの1億1700万円、収支は約2900万円の赤字ながら前年より4100万円の改善と報じられた。観客動員はホーム45試合で7万1634名(平均1592人)で2006年の4万5145人から大幅増となった[17]

2008年度については発表がなかった。同年度の観客動員数は5万9367人。2009年度については2009年10月30日のリーグ首脳の記者会見で、売上1億0500万円に対して収支は4100万円の赤字の見込みとされている。観客動員数は4万5182人[18]。2011年2月24日のリーグ首脳による記者会見では、2009年度の収支は4800万円の赤字、2010年度の収支は前年より2000万円改善(2800万円の赤字)となる見込であることが公表された[19]。2010年の観客動員数はホーム44試合で4万2131人(平均958人)。同会見では2011年度の収支目標をプラスマイナスゼロ、観客動員目標を5万人とすることも合わせて明らかにされている。

2012年2月29日の会見では、2011年の収支は約1億50万円で約1870万円の赤字となることが明らかにされた。観客動員数は26961人(平均826人)であった[20]。2012年度については、収入は微増ながらグランドチャンピオンシップ出場に伴う経費増で、前年より90万円悪化の1960万円の赤字であった[21]。観客動員は1試合平均920人で前年より11%増加した[21]

県民への浸透度

香川県庁が2010年に実施した県政世論調査の「地域密着型スポーツチーム」についての調査(20歳以上の県民3000人が対象で、有効回答1579人)では、当球団はカマタマーレ讃岐高松ファイブアローズ四国Eighty 8 Queen香川アイスフェローズを加えた5チームの中で、認知度 (87.0%)・観戦経験者 (18.5%)ともトップであった[22]

マスコット

  • チームのマスコットキャラクターは、オリーブの木の精霊をイメージしており、マスコットキャラクターとしては珍しく、目が露出しないデザインである[23]。登場当時の名前は「がいな奴」であったが、TV番組等で「ガイナくん」と言われ続け、それが広まった為「ガイナくん」と変わった。ホームゲームでは着ぐるみも登場する。

応援

応援歌

球団公認応援曲の『未来のステージへ~ Power Of Guyners ~』は、香川県内で活動する2人組音楽ユニット「HOUSE」による作詞作曲。夢を目指す若者へのエールが、アップテンポなリズムに乗せて歌われている。この曲はHOUSEが自主的に作った曲を球団側が公認し、タイトルは曲の完成後に公募で選ばれたものである[24]

これとは別に、私設応援団(後述)メンバーの作詞・作曲による応援歌『勇者の雄叫び』がある。ホームゲームでは7回裏の攻撃前にこのメロディーが演奏(私設応援団の吹奏。ナイターは下記の鳴り物規制との関係から場内放送となる場合がある)されており、公認に近い扱いを受けている。

応援団・スタイル

応援をリードするのは私設応援団ガイナマイツ」。ファンサイトの掲示板で有志が集まり、2005年に発足した。構造的には応援団というよりファンクラブに近く、実際に応援のリードや鳴り物の演奏に携わるメンバーはこの一部である。

2007年春にガイナマイツは分裂状態となり規模はかなり縮小、再編。しかし有力団員によるリードや鳴り物応援を充実させてきている。

このほか、ガイナマイツの他に香川県職員有志応援団もあり、団旗にはガイナーズのロゴのほか、片隅に香川県のマーク「か」が描かれている。

応援スタイルは、ヒッティングマーチを歌いながらメガホンを叩くという典型的なもの。しかし、香川県営野球場では近隣住民への配慮からチーム発足当時は午後6時以降の鳴り物を使用した応援が禁止されており、2007年のシーズンまでホームゲームで太鼓トランペットが使われることは少なかった[25]。2008年より、土曜日曜の試合に限って午後8時まで鳴り物の使用が認められることになり、制限が緩和された。一方、2009年のシーズンからはやはり周辺環境への配慮から笛(ホイッスル・ファウルの時は除く)やメガホンを使用した応援は午後9時までに自粛されている。

ホームゲームでは7回裏の「勇者の雄叫び」演奏後に観客席からジェット風船を飛ばすことが恒例となっている。2009年のシーズンは新型インフルエンザの流行に伴い、2009年5月22日以降はジェット風船の使用を自粛した。その後新型インフルエンザが収束したことから、2010年のホーム開幕戦より使用が復活している。

公式イメージガール

球団は、2012年の前期終了後に公式イメージガール「ハニーオリーブ」を公募で結成することを発表[26]。8月5日にメンバー5人が発表され、シーズン終了まで試合やイベントで活動をおこなった[27]。2013年はシーズン開幕前の公募で7人が選ばれている(うち2人は前年度メンバー)[28]。結成年よりWeb投票による「グランプリ」が実施されており、2013年は岩瀬香奈がグランプリに選ばれた[29]

交流イベント

上記の通り、野球漫画とのコラボレーションがおこなわれている。

その他

  • 2009年4月、高松市牟礼町原にある道の駅源平の里むれに過去の在籍選手の使用した用具・ユニホームや優勝フラッグ・カップを展示したミニミュージアムがオープンした。[30][31]
  • 2010年9月より、中学3年生の野球部員に硬式野球の指導をおこなう「ガイナーズベースボールアカデミー」を2011年3月まで実施した。これは県の高校野球のレベルアップが目的で、8月19日に最初のトライアウトがおこなわれ、9月に28人の入団者が決まった。監督には7月までガイナーズに所属していた深沢和帆が就任[32]。シーズン終了後には、同じく2010年限りで退団した近藤智勝と上ノ下健がコーチに加わっている。このほか、元読売ジャイアンツの石毛博史が特別アドバイザーを務めた。2011年度も2010年同様に実施されたが、監督が石毛博史に交代し、深沢は投手コーチとなることが開始前の7月22日に発表された[33]。2012年度は、元ガイナーズコーチの天野浩一が監督を務めている。

スタッフ・選手

スタッフ

注釈

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関連項目

外部リンク

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  1. 発足当時はNPBのOBチームとの交流戦もおこなわれていた。
  2. 2006年8月にガイナーズは高知ファイティングドッグスとの試合を当球場でおこなっているが、この試合は高知のホームゲームであった。
  3. プロ公式戦も可能/「丸亀市民球場」概要決まる四国新聞2010年11月19日付
  4. 丸亀市施設情報
  5. 香川2期ぶりV/徳島と総合優勝争いへ四国新聞2011年9月24日
  6. 公式HP
  7. 香川OG 野手コーチ就任のお知らせ 四国アイランドリーグplusニュースリリース(2012年1月16日)
  8. 香川、ホーム開幕戦飾る/四国ILplus四国新聞2012年4月9日
  9. 香川 前期V 愛媛に5-4/四国ILplus 四国新聞2013年6月24日付
  10. 野球西国めぐり第180回 - SPORTS COMMUNICATIONS(2013年8月20日)
  11. 逆のケース(前期Bクラスかつ勝率5割未満のチームが後期優勝)は、2009年の高知に先例がある。また前記の通り、2011年度に香川が後期優勝した際は前期が5チーム中の3位で勝率5割未満であった。
  12. 香川、巻き返しに闘志/四国IL5日後期開幕四国新聞2014年7月4日
  13. 13.0 13.1 西田監督インタビュー/優勝への執念の差四国新聞2014年7月4日
  14. 香川 M「7」 愛媛に8-0/四国ILplus 四国新聞2014年6月10日付
  15. 香川M4点灯 徳島に6-5/四国ILplus - 四国新聞2014年6月16日付
  16. 香川、前期優勝逃す/四国ILplus四国新聞2014年6月29日付
  17. 香川、売上高トップ-IL・07年決算見込み四国新聞2008年6月13日付
  18. 福岡 参戦見送り四国新聞2009年10月31日付
  19. 四国ILplus 2011年シーズン開幕前記者会見のご報告リーグオフィシャルウェブサイト
  20. 高知、リーグ初の黒字/香川1870万円赤字四国新聞2012年3月1日
  21. 21.0 21.1 香川は1960万円赤字/四国ILplus四国新聞2013年2月26日
  22. 地域密着5球団「見た」3割弱/県政世論調査四国新聞2011年1月9日付
  23. 球団公式ウェブサイトでは、頭に生えている新芽(2枚の葉)が目の役割を果たしていると説明されている。[2]
  24. 786Super Medio2005年5月31日 - エフエム香川ウェブサイト
  25. 2007年9月29日のホーム最終戦(対高知)、10月6日の年間チャンピオンシップ第2戦(対愛媛)、および10月27・28日のグランドチャンピオンシップ第3・第4戦(対石川ミリオンスターズ)では、地元から特別に許可を得て、午後8時まで鳴り物が使用された。
  26. 一緒にガイナーズ盛り上げて/イメージガール募集 - 四国新聞2012年6月27日
  27. ガイナーズイメージガール発表/四国ILplus - 四国新聞2012年8月6日
  28. 香川OGハニーオリーブ、今季7人で再結成 - 四国新聞2013年4月12日
  29. 岩瀬香奈オフィシャルブログ
  30. 讀賣新聞2009年4月22日
  31. 四国新聞2009年4月18日
  32. 四国新聞2010年9月10日
  33. ガイナーズアカデミー新監督に石毛氏四国新聞2011年7月23日
  34. 2006年の監督退任時に「チームアドバイザー」に就任。その後、BCリーグやNPBで複数の役職を務めているが、チームアドバイザーを退任したという公式の発表はない。