気動車・ディーゼル機関車の動力伝達方式
本稿では気動車・ディーゼル機関車の動力伝達方式(きどうしゃ・ディーゼルきかんしゃのどうりょくでんたつほうしき)について述べる。
内燃機関は、トルクの出方が山なりで、出力(馬力)は回転数に比例して増大するという基本的な出力特性を持つ[1]。また、拘束状態からの起動は不可能であり、機関始動時には無負荷でなければならない。したがって内燃機関をこれらの車両に使用する場合には、電動機のように静止状態から直結発進することはできず、負荷を切り離す機構が必要となる。また、利用できる回転数が限られているため実用的な運転速度範囲を得るためには何らかの変速機構が必要となる。
近年、各種交通機関のエネルギー効率上昇に向けた取り組みが行われているが、現時点で内燃機関の熱効率の改善は限界に近付きつつあり、大幅な向上は見込めなくなってきている。一方、駆動系の伝達効率にはまだ向上の余地があり、世界各国で伝達効率の向上への取り組みが図られている。
鉄道車両用の動力伝達方式としては、一般に以下の3方式が存在する。
目次
機械式
非自動の摩擦クラッチと、手動の選択摺動式、または、シンクロナイザー付き変速機(ギアボックス)を組み合わせた方式で、自動車でいう「マニュアルトランスミッション」と同様である。
この方式の長所短所は、次のとおりである。
- 長所
- 構造が簡易で小型軽量である。
- 低コストである。
- パワーロスがほとんどなく、動力伝達効率が95%以上と極めて高い。
- 短所
欧州では特に小型の気動車を中心に採用されており、例えばスイスでは、1937年には285PSのディーゼルエンジンに圧縮空気と電磁弁による遠隔制御式5段変速機、歯車式の2軸駆動台車を採用したRCm2/4形が製造されている。日本では1953年以前の気動車、1950年代までの入換用・軽便鉄道用小型機関車のほとんどが該当したが、液体式が実用化されると廃れた。2010年現在、気動車では営業運転に用いられる例はないが[3]、ディーゼル機関車においては大井川鐵道のDB8・9が在籍しており、入換やまれに客車牽引にも使用されている。また石川県小松市には、旧・尾小屋鉄道の機械式変速機を持つディーゼル機関車DC121が動態保存されている[4]。 保線用機械に属するモーターカーの一部でも機械式が使われている。
電子制御機械式変速機
日本国外では近年、小型軽量で、後述する流体式トルクコンバータに比べ伝達効率も高い、という長所を伸ばす方向で、エンジンの回転数とトルクに応じたスムーズな変速と統括制御が可能な、電子制御機械式変速機の開発が行われている[5]。
ただしこの種の新しい変速機は、かつての完全非自動な機械式変速機とは全くの別物と見なければならない。21世紀初頭の現代では、流体式トルクコンバータと歯車機構を用いた鉄道用変速機も、やはり電子制御式多段変速構造に進歩している。それらはロックアップクラッチを備え、トルクコンバータに依存する領域を狭める努力がなされており、運転時における電子制御機械式変速機との差異は起動時にトルクコンバータを利用するか半クラッチ制御を利用するか程度のものでしかない。
また、摩擦クラッチの電子制御のみに頼って発進・変速することは、トルクコンバータを併用する場合に比べると、大出力への対処能力やトルク確保、変速ショック対策などの面で依然として不利であり、効率面での絶対的優位性をスポイルする課題点である。
ハイブリッド気動車への応用例も出現している。2007年10月、北海道旅客鉄道(JR北海道)はモータアシスト方式ハイブリッド気動車の試作車を発表した[6]。この車両には、「アクティブシフト変速機」と称する電子制御デュアルクラッチトランスミッションが使用されている。
電気式
英語ではガスエレクトリック、または、ディーゼルエレクトリックエンジンと呼ばれる。エンジンで発電機を駆動、発生した電力で電動機を回して走行する方式。発電所を積んだ電車・電気機関車と言えば理解しやすい。
この方式の長所短所は、以下の通り。
- 長所
- 運転操作は簡易。出力調整については原則的に燃料噴射ポンプを電磁弁で遠隔操作するだけで済む。このため総括制御も容易。
- 駆動系が電気車(電車・電気機関車)と同等のため、部品(特に主電動機や駆動装置など)の共用によるコスト削減が可能。エンジン出力制御以外に、電気車両と同様な制御を併用することで出力特性に幅を持たせることができる。
- 電動機は発進時から大きなトルクを発生できる上、短時間であれば定格出力以上の出力での動作も可能である。
- 変速機、逆転器(機)が不要[7]であるため、数千馬力クラスの大出力エンジンであっても駆動系に関わる機械的な負荷に関する制約が少なく、特に多動軸の大型機関車には有利。
- 伝達効率は90%程度とかなり良好である。
- 電気車両としての特質を併せ持つことから、環境対策面でその性質を活かした技術的応用が可能である。
- 短所
- 内燃車両としての機関や冷却系といった装備に加え、電気車としての発電セットや制御・駆動系の装備が必要になるため、大型化・複雑化の傾向があり、重量軽減やコスト抑制には不利。
電気式はエンジンの出力確保や車両搭載面での問題を克服さえすれば、先行して実用化されていた電気車両の技術を援用可能なため、技術的ハードルが比較的低かった。このため欧米では1920年代から採用例が出現し、1930年代以降は大出力機関を搭載した大型ディーゼル機関車・気動車の駆動方式における主流となって、大出力内燃車両の普及に大きな役割を果たした。欧米・ロシア・中国等の大型機関車は、殆どこの方式が採用されている。
その歴史では長年に渡って一般に直流電動機が用いられていたが、1970年代に西ドイツで、ヘンシェル-ブラウンボベリ両社によるDE2500(DB 202)形試作ディーゼル機関車において、ブラシレス同期発電機と誘導電動機を組み合わせてインバータ制御する効率的な方式が確立され、そちらへの移行が進んでいる。
日本での事例
日本で電気式内燃車両を導入する試みは、技術不足によるエンジンの出力不足と発電効率の悪さに加え、低規格の線路条件による軸重制限という悪条件が重なり、長らく短所だけが目立つという状況が続いた。
機関車
機関車では、第二次世界大戦後にアメリカ陸軍が持ち込んだ8500形と呼ばれるキャタピラー社製180PS級機関を2基搭載するゼネラル・エレクトリック社製ディーゼル機関車が好成績を残し、1950年代にはMANやズルツァーをはじめとする欧米大手エンジンメーカーと日本国内のメーカー各社の技術提携による大出力ディーゼルエンジンの導入に合わせ、いくつかの国鉄向け試作本線用電気式ディーゼル機関車が製造された。
国鉄では、これらのメーカー各社持ち込みの試作車群や、それらの使用実績を受けて開発されたDD50形での試行を経て、1956年よりDF50形として、1,000/1,200PS級機関を搭載し100kW級電動機6基を駆動する電気式ディーゼル機関車が量産化された[10]。だが、それらはいずれも代替されるべき蒸気機関車などに比して非力な割に自重が重くしかも高価であり、また検修設備をディーゼルエンジンのものと電気機関車用のものの2本立てとする必要があり煩雑であった。そのため、これらは後に日本で独自開発された1,000 - 1,350PS級エンジンを搭載する液体式ディーゼル機関車の量産により、順次置き換えられて1980年代中盤までに全て淘汰された。
爾来長年にわたって日本で電気式ディーゼル機関車は私鉄を除き主流にはなりえなかった[11]が、1,700 - 1,800PS級の高効率直噴エンジン[12]とブラシレス交流発電機、インバータ制御とかご形三相誘導電動機の組み合わせにより、日本貨物鉄道(JR貨物)のDF200形で再び電気式が採用された。
気動車
日本では気動車においても、1930年代と1950年代にそれぞれ少数が製作されたのみであった。特に第二次世界大戦後は国鉄で限定して試作されるに留まり、それらも後に全て液体式に改造されている。
しかし2000年代に入り、機関車同様の交流電動機普及と省エネルギー化を背景に、蓄電池を併用するハイブリッド型として電気式の制御・駆動方式を備える気動車の研究が進められ、2007年には東日本旅客鉄道(JR東日本)によって営業運転用としてキハE200形 が導入された。
JR北海道のモータアシスト式ハイブリッド気動車キハ160形(2007年に試作車発表)[13]は、電動機の出力とエンジンの出力を電子制御機械式変速機に入力するものである。発電電源でモーターを回す点は電気式気動車であり、同時にその出力配分装置も兼ねた機械式変速機を用いる機械式気動車である点で、従来と異なる特異な例と言える。
液体式(流体式)
気動車の動力伝達にトルクコンバータ(日本では俗にトルコンと呼ばれる。以後トルコンと略)を用いた方式。かつては液圧式と呼んでいたが、静油圧駆動方式が登場してから液体式と呼ばれるようになった。
この駆動システムは気動車での使用が一般的であるが、交流電源の整流技術が未発達の頃、クモヤ790形試作交流電車において、回転数の連続可変制御が難しい交流電動機、の段付き(トルク変動)を吸収するために用いられたこともあった。
トルコンとは、比較的低粘度の液体(変速機油)を満たして密封したケースの中で、入力軸に油の流れを生むポンプインペラーと、出力軸に油の流れを受けるタービンランナーの二つの羽根車を向き合わせ、それぞれの中間に置かれたステーターと呼ばれる固定子でタービンランナーから戻る油を整流して、戻り油のエネルギーをポンプインペラー側に還元し、トルクを増幅する装置である。
このトルク増幅作用が流体クラッチ・フルードカップリングと異なる点である。
構造上、入力側と出力側の回転数の差が少なくなるとトルク増幅効果は薄れていき、固定されているステーターが流速の上がった戻り油に対して逆に抵抗となり始め、損失が増えていく[14]。
また、トルコンのみでは大きな変速比を得られないため、中・高速域での加速力と低燃費の両立を求められる近年の気動車では、トルコンに頼る領域(変速段)またはトルコンに頼らない領域(直結段)において、1 - 4段の変速ギアと各ギア段に組込まれた湿式多板クラッチの組合わせが使用されている。これらは、自動車の「オートマチックトランスミッション」と同様の構造と働きであり、カウンターシャフトを用いたギア機構や遊星歯車機構を電子制御することにより、日本の機械式では果たせなかった多段変速機の総括制御を実現した。
1950年代に日本国有鉄道(国鉄)に採用され、2010年時点でも一部で使われている液体式変速機であるリスホルム・スミス式のTC-2とDF115は、ともに戦前に設計された国外の製品を国産化したものである。運転席には変速切替レバー(中立・変速・直結の3段切替)があり、発進時にレバーを「中立」から「変速」に切り替えると、電気指令により、入力軸側にある変直クラッチ部[15]の変速クラッチが作動して、エンジンからの動力が直結軸(内軸)の外側(外軸)にあるトルコンのポンプ軸を介してトルコンに伝達され、その後、トルコンのタービン軸(外軸)とフリーホイール(外軸と内軸の間にコロまたはスチールボールを挿入したもので外軸の回転がコロのくさび効果で内軸に伝達される機構)を介して直結軸に伝達され、その後、出力軸に伝達される。この状態が発進から中速までの速度域を受け持ち、中速から最高速まではレバーを「変速」から「直結」に切り替えると、電気指令により直変クラッチ部の直結クラッチが作動して、エンジンからの動力を直結軸を介して出力軸に伝達を行っていたため、上記のような変速ギアを備えていなかった。両者の切り替え速度は共に45km/hであるが、その操作は運転士の判断による手動である。また、惰行時や制動から停止までは「中立」に切り替え、動力の伝達は行わない。そのため、特に入出力の回転差を吸収する機構が無く衝動が発生しやすい直結段での再力行時には、その時々の速度に応じ、中立位置で予めエンジンを適切な回転数に合わせる「空吹かし」が必要となる。国鉄形気動車はコストダウンの必要からエンジン回転計は備わっておらず、スムーズな操作には相応の技量が求められる。
当時、機械式、電気式との比較で論じられていたこの方式の長所短所は、次のとおりである。
- 長所
- 気動車・小型機関車に使用する場合は、電気式よりも低コスト・軽量・コンパクトに仕上がる。電気式よりも軽量のため、軸重が軽く、支線へも入線することが可能である。
- 総括制御可能。
- 機械式よりも運転操作は容易。
- 同規模の電気式と比較して起動時の牽引力が大きい。
- 短所
鉄道用の液体式変速機は、1930年代にドイツやスウェーデンなどで開発された。日本では鉄道省で1936年から試験が行われていたが、戦時体制下での燃料統制もあって本格採用は遅れ、1953年の国鉄キハ44500形気動車から制式採用となった。以来、在来車の換装も含め、国私鉄を問わず日本のディーゼル鉄道車両のほとんどが液体式変速機を用いるほどの普及を示している。
世界的に、気動車や小型ディーゼル機関車に多く用いられるが、一時のドイツや日本では、大型ディーゼル機関車にも好んで使われた。多彩な方式があるが、日本で広く用いられているものは以下の2方式いずれかの系統に属する。
リスホルム・スミス型
トルコンは1個で、これに直結・変速クラッチが内蔵された変直クラッチ部、カウンターシャフト式変速ギア、遊星歯車式変速ギア、それに組込まれた湿式多板クラッチを組み合わせたタイプであり、構造的には自動車用自動変速機に類似している。変速の制御はトルコンとギアの切り替えで行う。比較的コンパクトで、日本の鉄道においては、ほとんどの気動車に採用されているが、直結クラッチによる直結段があり、そのため、負荷の関係から大出力の機関の組合わせは無理で、機関車では、DMF31S形エンジンを装備したDD13形、DD14形、DD15形の液体式の機関車に用いられている。
詳細については国鉄キハ44500形気動車#リスホルム・スミス式変速機も参照。
フォイト型
テンプレート:Main フォイト型はホイト式とも称される。非常に複雑な方式であるが、原理的にはトルコンを2個以上並列で使用し、それぞれのトルコンに専用のギアを備えたタイプ。変速の制御は、使用するギア段のトルコンのみにオイルを満たして動力伝達させ、それ以外のトルコンはオイルを抜いて空回りさせるため、充排油式とも呼ばれる。リスホルム・スミス型と比べて直結段がなく、大出力、大トルクの機関にも適するが、その反面スペースを取る。このため、機関車向きの方式とされる。日本の鉄道においては、より強力なDML61Z形エンジンを装備したDD51形以降の液体式の機関車に用いられている。
メキドロ式変速機
旧西ドイツなどで採用され、日本ではDD91形とDD54形に用いられた、1個のトルコンに多段式の歯車変速機を組み合わせたものである。歯車変速機が自動で変速を行うことから全領域で効率が高く、起動時のトルクも大きいが、変速に際して一度トルコンの出力軸を歯車変速機から外し、歯車の切替を行った後に再度出力軸を接続するため、変速機本体や機関に加わる衝撃を緩和する装置を必要とし、歯車変速機も自動変速の複雑な構造のものとなる。
アメリカ合衆国での流体式変速機
アメリカ合衆国では電気式が主流であったが、1960年代に西ドイツのクラウス=マッファイ社から導入した流体式変速機を搭載した機関車、ML-4000形がサザン・パシフィック鉄道 (SP) とリオグランデ・ウェスタン鉄道 (RGW) に存在した。
SPは1950年代からより強力な機関車を欲していた。SPとRGWは当初3両ずつ発注した。初期の成績が良かったのでSPは15両追加発注した。山岳地帯の運用には適していなかったので平坦地で運用された。最初の3両はキャブ・ユニットで2次車はフード・ユニットの形態であった。より強力なEMDSD40形等の導入により1960年代末には使用が停止され、1970年代に解体された。その後、1両はカメラカーとして乗員の訓練に使用され、2010年時点では復元のうえで保存され、将来的には動態保存が予定されている。
近年の液体式変速機搭載機関車
2010年現在、各国で生産されているディーゼル機関車は電気式が主流であるが、液体式も生産されている(en:Voith Maxima,de:Voith Gravita,de:Vossloh G 2000 BB)。
脚注
参考リンク
- 機械式変速機の伝達効率について(英文)