非ステロイド性抗炎症薬
非ステロイド性抗炎症薬(ひステロイドせいこうえんしょうやく、NSAIDs:Non-Steroidal Anti-Inflammatory Drugs)とは、抗炎症作用、鎮痛作用、解熱作用を有する薬剤の総称。
目次
概要
ステロイドではない抗炎症薬すべてを含む。疼痛、発熱、炎症の治療に用いられる。NSAIDs(非ステロイド消炎物質:エヌセイド)とも呼ばれる。非ステロイド性抗炎症薬には選択性のものと非選択性のものがある。非選択性のNSAIDsの例としては、アスピリンなどのサリチル酸、ジクロフェナク(ボルタレン®)、インドメタシン(インダシン®)、イブプロフェン、ケトプロフェン、ナプロキセン、ピロキシカムなどである。
様々なNSAIDsは医学的作用には大差がなく、異なるのは用量、服用方法である。NSAIDsの胃粘膜保護に関する試みで最も成功したのは、アセチル化とpHの調整、また、胃粘膜保護作用を持つ薬剤との併用である。胃酸分泌抑制効果のあるH2ブロッカー(例:ラフチジン(プロテカジン®)、ラニチジン(ザンタック®)や、ミソプロストール(サイトテック®)が、(アメリカでは)最も成功した薬剤である。例えば、ジクロフェナクとミソプロストールを合剤にしたオルソテックなどもあり、非常に効果的だが、高価である。日本では、バファリン®等の合剤がある。
一般医を受診する患者の25%は変形性関節症で、その半数から全ての例がNSAIDsを処方される。65歳以上の人口の80%にX線上有意な変形性関節症が存在するとされており、そのうち60%が疼痛などの症状を訴える。2001年には、アメリカでは7000万錠のNSAIDsが処方され、300億錠が薬局で販売された。
作用機序
最も一般的な非ステロイド性抗炎症薬の多くは、すべてのシクロオキシゲナーゼ(COX-1、COX-2)活性を可逆的に競合阻害する。アラキドン酸が結合するシクロオキシゲナーゼの疎水性チャネルを封鎖することでアラキドン酸が酵素活性部位に結合することを防いでいる。例外は、アスピリンで、これはシクロオキシゲナーゼ(COX-1,2両方とも)をアセチル化することで阻害する。これは不可逆的な反応であり、核を持たず蛋白合成ができない血小板にとっては不可逆的な作用をもつ。この特性からアスピリンは冠動脈疾患や脳梗塞の既往のある者に対して投与される抗血小板薬として用いられる。アスピリンの抗血小板作用は退薬後、血小板の寿命である約10日間持続する。シクロオキシゲナーゼ1(COX-1)は恒常的に発現しており、胃壁の防御作用に関与している。胃壁が自ら分泌する、胃液に含まれる胃酸(塩酸)により溶かされないよう防ぐのに必要である。COX-1が阻害されると、胃潰瘍や消化管出血の原因となる。一方COX-2は炎症時に誘導されるプロスタグランジン合成酵素であり、NSAIDsの抗炎症作用はCOX-2阻害に基づくと近年考えられ、COX-2を選択的に阻害する新しいNSAIDsが創製されている。特に酸性NSAIDsは強いシクロオキシゲナーゼ活性阻害を有しており、COXによりアラキドン酸からプロスタグランジンが合成されるのを阻害する(最近では、COX-1、COX-2共に抑制された場合のみ消化管障害が発現し、いずれかが阻害されずに残っている場合には消化管障害は起きにくいことがCOX-1あるいはCOX-2、もしくはCOX-1とCOX-2を遺伝的に欠損させたマウスの実験から明らかとなっている)。
プロスタグランジンには、炎症、発熱作用があるため結果的にNSAIDsは抗炎症作用、鎮痛作用、解熱作用を持つ。パラセタモール(アセトアミノフェン)もシクロオキシゲナーゼ活性阻害作用を持つため、NSAIDsに分類されることがあるが、明らかな抗炎症作用は持たず、真の意味でのNSAIDsではない。近年まではっきり解明されていなかったがこの抗炎症作用の欠落は、アセトアミノフェンのシクロオキシゲナーゼ阻害作用が中枢神経系に主に作用するからと考えられている。この中枢神経に存在するシクロオキシゲナーゼは、COX-3と呼ばれる。
歴史
1829年初頭に、鎮痛効果があるとして民間療法で用いられていたヤナギの樹皮から初めてサリチル酸が分離された。非ステロイド性抗炎症薬は、意識抑制、呼吸抑制、依存などの容認できない副作用があるにもかかわらず、少量で鎮痛効果、大量投与で抗炎症効果がある薬物として重要なものとなった。以前は処方箋が必要であったが、現在では、イブプロフェンなどは薬局で販売される様になっている。古くはリウマチなどの重篤な疾患にのみ処方されていたが、スポーツや事故による怪我の鎮痛、腰痛や手術後の鎮痛にも処方される様になって久しい。癌や、冠動脈疾患など他の適応についての研究も続けられている。
禁忌
分娩直前(妊娠末期)では、胎児の動脈管の閉鎖を引き起こすため、絶対に服用してはならない。
副作用
大量に消費されているため、副作用も多く出現する。最も多いのは胃腸炎で、軽い胃部不快感から、治療に長期間を要する、重篤な出血を伴う潰瘍までが起こりうる。
NSAIDsの注意点としては、消化管潰瘍の副作用、喘息患者に合併するアスピリン喘息、また各種アレルギー反応、腎障害というものがあげられる。ニューキノロン薬との併用、妊婦への投与は製剤を選べば副作用回避が可能ともいわれているが、用いない方が無難とされている。
他の副作用としては骨折の治癒を阻害する、心血管系では血小板機能を阻害し出血を止まりにくくする。また、腎機能障害や、腎のプロスタグランジンを阻害し、血圧調整機能を障害する。以上の理由で、慢性心疾患、腎機能障害、血圧異常の患者にNSAIDsは慎重に使用する必要がある。NSAIDsは、身体の障害によって産生されるプロスタグランジンの合成を阻害することにより効果を発揮するが、プロスタグランジンは、炎症と疼痛をもたらすだけではなく、胃内膜などの再生に関わるなど、必要な役割もある。
胃腸障害
テンプレート:See also NSAIDsの胃腸障害作用は用量依存性であり、多くの場合致命的となる胃穿孔や、上部消化管出血を起こす。概ねNSAIDsを処方された患者の10~20%に消化器症状が現れ、アメリカでは年間に10万人以上が入院し、1万6500人が死亡している。また、薬剤が原因の救急患者の43%をNSAIDsが占めている。このような事態の多くは本当は避けられたとする研究結果もある。ある研究によると、NSAIDsを処方された患者の42%は、実際は不必要な処方であった[2]。
連用障害
連用した場合は薬物乱用頭痛を引き起こす。英国国立医療技術評価機構は、アセトアミノフェン・アスピリン・NSAIDsを単独または併用の服用が月に15日以上ある状態が3ヶ月以上続く場合、薬物乱用性頭痛の可能性が疑われるとしている[3]
NSAIDsの分類
NSAIDsは様々な種類が知られている。NSAIDsの選択において重要なのは、その使い分けが治療に本質的な差を生むことはなく、副作用のコントロールのためと考えて行うことである。患者のQOLを考慮した技術にすぎない。
- サリチル酸系
- アスピリン、エテンザミド、ジフルニサルが含まれる。不可逆的な血小板抑制作用がある。アスピリン特有の合併症にはアスピリン喘息とライ症候群がある。喘息患者の10%にアスピリン過敏性があり、アスピリン過敏性がある患者は他のNSAIDsにも過敏である。
- プロピオン酸系
- 静注可能なロピオンや強力な鎮痛作用を持つロキソニン、イブプロフェンがこれに含まれる。強力な鎮痛作用に加えて白血球抑制作用も知られ、その影響から消化管への副作用もアスピリンよりは少ない。ニューキノロン薬と併用する痙攣が起こるという副作用の報告がある。
- 酢酸系
- 坐剤があるため即効性の高いジクロフェナク(ボルタレン®:フェニル酢酸、アリール酢酸系)や湿布に使用されるインドメタシン(インダシン®:インドール酢酸、アリール酢酸系)が含まれる。消化管潰瘍以外に肝炎や黄疸が生じることもある。インドメタシンは胎児において動脈管閉鎖を促進させるという効果もあるため、妊婦には危険とされていることが多い(経皮製剤においても妊婦に使用した場合胎児に動脈管閉鎖が起こるため使用禁忌である)。
- COX-2阻害薬(コキシブ)
- #COX-2参照
- オキシカム系
- フェルデン、フルカム、ロルカム、モービックといった薬が知られている。フェルデン、フルカムは血中半減期が他のNSAIDsに比べて非常に長いため1日1回投与で十分となる(多くは1日3回投与)。フェルデンは胃腸症状が強いため坐剤で用いることが多く、そのプロドラッグであるフルカムは内服で用いる。モービックはCOX-2を選択的に阻害する、物質名はメロキシカムである。
- 塩基性
- ソランタールなどが含まれる。鎮痛効果が低いがアスピリン喘息の患者にも投与可能ともいわれている。しかし喘息を誘発したという報告もあり用いない方がよいとされている。
- ピリン系(ピラゾラン系)
- 厳密にいえばNSAIDsではない。スルピリンやイソプロピルアンチピリン(総合感冒薬や頭痛薬の一部製品に配合)などが含まれる。解熱鎮痛作用はあるが消炎作用はない。
- 非ピリン系(アニリン系)
- 厳密にいえばNSAIDsではない。アセトアミノフェン、即ちピリナジンやカロナール、アンヒバ坐剤が含まれる。解熱鎮痛作用はあるが消炎作用はない。ライ症候群予防のため小児ではよく用いられる。大衆薬の小児用バファリンなど、世界的にはタイレノール(日本では2000年に市販開始)が有名。
- 総合感冒薬
- NSAIDsの他に抗ヒスタミン薬やカフェインが含まれている。PL顆粒などが含まれる。
COX-2
前述のようにCOX-1/2をともに阻害すると消化管の障害が出現するため、COX-2選択性の高い薬剤が開発された。しかし、血小板凝集抑制作用のあるプロスタサイクリンがCOX-2阻害により減り、相対的にトロンボキサンA2の働きが強まり、血栓傾向が高まり心血管事故が増えることがわかり、全米で3万件近い訴訟が起こるなど一大問題となった。メルクが開発した、rofecoxib(商品名:バイオックス®)は自主回収になった。
- エトドラク(商品名 オステラック®、ハイペン®など)
- メロキシカム(商品名 モービック®)
- セレコキシブ(商品名 セレブレックス®【日本名 セレコックス®】)
- ロフェコキシブ(日本では未発売)
COX-3
2002年にシモンズらがアセトアミノフェン(パラセタモール、タイレノール®)に関連する新たなアイソザイムを発見したと発表した。COX-3は、主に中枢神経系に存在するCOX-1の変種(スプライシングバリアント)で、アセトアミノフェンなどの鎮痛消炎剤によって阻害されるとされ、チャンドラセクハランらにより構造が決定、発表された。
ただしその後、COX-3の存在を疑問視する研究結果も発表されているテンプレート:要出典。
代表的な薬物
- アセチルサリチル酸(商品名:アスピリン®、バファリン®)
- イブプロフェン(ブルフェン®、エスタックイブ)
- ロキソプロフェン(ロキソニン®)
- ジクロフェナク(ボルタレン®)
- アセトアミノフェン(カロナール®,アンヒバ®坐剤)
脚注
- ↑ [1]
- ↑ "Understanding NSAIDs:from aspirin to COX-2";Gray A. Green; Clin.Cornerstone 3(5):50-59, 2001.
- ↑ テンプレート:Cite report