黒浜貝塚
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黒浜貝塚(くろはまかいづか)は、埼玉県蓮田市黒浜にある貝塚群。元荒川の左岸、同川と綾瀬川に囲まれた標高16メートル、現在の水田面との比高差7メートルないし8メートルの北足立台地(大宮台地)の縁辺に立地する縄文時代前期から中期に相当する時期の13か所の群小貝塚の総称である。
概要
13か所の群小貝塚のうち11か所が縄文前期、約6,000年前の貝塚で、関東地方の縄文時代前期の土器型式である黒浜式の標式遺跡に当たる。1913年(大正2年)-1931年(昭和6年)頃、大山史前学研究所が宿、新井、宿裏、炭釜屋敷の4貝塚を発掘調査し、出土した縄文式土器を「蓮田式」として提唱するなかで取り上げている。
本格的な発掘調査が実施されたのは、1971年(昭和46年)であり、東北縦貫自動車道建設に伴って宿上貝塚が調査された。その結果、3軒の平面長方形の竪穴住居跡が検出され、出土した貝類は、2-3センチメートルの小型のハイガイを中心にアカガイ、マガキ、ハマグリ、アサリなど内湾砂泥性の貝類が多く、当時の遺跡周囲の自然環境を物語る。通称「炭釜屋敷貝塚」は、宿上貝塚の北西150メートルに位置し、直径160メートルの環状貝塚である。
1975年(昭和50年)3月31日に埼玉県指定史跡に指定。2006年(平成18年)7月28日付けで、「学史上著名であり、南関東の自然環境の変遷や当時の生業を考える上で重要であるとともに、集落の構造は、縄文時代中期以降顕著となる環状集落の萌芽とも見られ、集落の変遷を考える上でも貴重である」として、国の史跡に指定された(平成18年文部科学省告示第111号)。
学史上の初出文献
参考文献
- 大塚初重、桜井清彦、鈴木公雄編『日本古代遺跡事典』吉川弘文館,1995年 ISBN 4-642-07721-9