魚拓
魚拓(ぎょたく)とは、釣りで釣った魚の像を、墨を使って紙などに転写したもの。 釣り上げた魚の原寸大の記録を残すために行われる。
魚に直接墨を塗り布や紙に写し取る「直接法」と、魚に布や紙を載せて、上から墨などで色をつける「間接法」がある。
最近では動物愛護の観点から、魚拓ではなく写真を撮りそれに代えることがある。特にルアー・フィッシングの愛好者は、魚を殺さず水に戻す「キャッチ・アンド・リリース」がエチケットになっている。この場合「物差し」と共に写真を撮り、大きさを証明する。
また、この手法になぞらえて、インターネット上のWEBページの内容を、画像として保存するWebサービスを魚拓サービスと呼ぶ[1]。ウェブ魚拓が嚆矢である。
魚拓の方法
直接法
「直接法」の大まかな工程は次のようなものである。
- 魚を洗う。
- 魚の表面の水分を取る。
- 魚に墨を塗る。
- 墨を塗った魚に紙を押し付けて、墨を転写する。
- 魚の種類、長さ、重さ、釣り上げた年月日、釣り上げた人と別人の証明者(現認者など)の氏名を記載して完成。
間接法
「間接法」の大まかな工程は次の通り。
- 魚を安置する。
- 布や紙を魚に密着させる。
- 墨を吸わせたタンポなどで魚をなぞり、魚体を写し取っていく。
- 魚拓を魚から剥がす。
一般に「直接法」は簡便だが細かい表現には向いていない。「間接法」は技術的に難しい面もあるが、色の使い分けが可能な事から芸術の域まで達するような作品もある。
デジタル
技術の進歩により、魚の写った写真から魚の部分のみ抜き出し、魚拓に加工してプリンターで和紙に印刷することが可能となっている。代行サービスもある[2]。
きれいな魚拓を取るコツ
- 魚のヌメリを良く取ることで、鱗などの凹凸がより良く表現できる。これは、同時に臭み予防にもなる。
- 頭、背中、鰭は濃く、腹部は薄くというメリハリをつける。これは、一般に魚の腹は淡色であるからである。
- 目には墨を付けず、後で細筆やマジックなどで書き入れる。
魚拓の発祥
魚拓は庄内藩が発祥とされ、日本で現存最古のものは天保10年(1839年)2月に現在の東京都墨田区錦糸町付近で釣られた鮒の魚拓「錦糸堀の鮒」とされている[3][4]。9代藩主酒井忠発が釣り上げた鮒であるとされ、現在は鶴岡市郷土資料館に所蔵されている[3][4]。
庄内藩では、幕藩体制に入り、平和な世の中にあっても、尚武の心を忘れないために海釣りが奨励された。夜中に鶴岡城下を出立し、夜の山道を20Km以上歩き、日本海の荒波に「庄内竿」と呼ばれる独特の長い竿を振って鱈などの大きな魚に立ち向かった。長い竿を担いで目の効かない暗く遠い山道を歩き、あれこれ戦略を立てながら釣り糸をたらし、心を張り詰めながらも静かに獲物を待ち、荒海の中から一気に大きな魚を釣り上げるのは、武士の道に通じ、鍛錬にはもってこいであった。 そして、大きな獲物は、「討ち取った敵将の首」に見立てられ、魚拓にして藩主に献上されたという。