発達障害
心理的発達の障害のデータ | |
ICD-10 | F80-F89 |
統計 | 出典:WHO |
世界の患者数 | 不明 |
日本の患者数 | 不明 |
学会 | |
日本 | 日本精神神経学会 |
世界 | 世界精神医学会 |
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発達障害(はったつしょうがい、Developmental disorder)とは、主に比較的低年齢において発達の過程で現れ始める行動やコミュニケーション、社会適応の問題を主とする障害である[1]。自閉症スペクトラム (ASD) や学習障害 (LD)、注意欠陥・多動性障害 (ADHD) などの総称とされるが、ICD,DSMにおいては「発達障害」は定義されていない。発達障害者支援法によれば、「自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害その他これに類する脳機能の障害であってその症状が通常低年齢において発現するもの」が発達障害とされる。
目次
概説
発達障害は、自閉症、広汎性発達障害、注意欠陥・多動性障害などが含まれる総称とされる。 しかし、ICD-10では「心理的発達の障害」、DSM-Ⅳでは「通常、幼児期、小児期、または青年期に初めて診断される障害」、DSM-Ⅴでは「神経発達症(Neurodevelopmental disorder)」というカテゴリはあるものの、どれを発達障害とするかには診断基準が存在しない。厚生労働省はICD-10,DSM-Ⅳのいずれかに含まれるもの全てを発達障害と定義している[2]。そして、これは先天的もしくは、幼児期に疾患や外傷の後遺症により、発達に影響を及ぼしているものを指す。対して機能不全家族で育った児童が発達障害児と同様の行動パターンを見せる事がよくあるが、保護者から不良な養育を受けたことが理由の心理的な環境要因や教育が原因となったものは含めない。また、ある程度成長し、正常に発達したあとに、疾患・外傷により生じた後天的な脳の障害は発達障害とは呼ばれず、高次機能障害などと区別される。
1980年代以降、知的障害のない発達障害が社会に認知されるようになった。発達障害より知的障害のほうが広く知られているため、単に発達障害という場合は特に知的障害のないものを指すことがある。このうち、学習障害 (LD)、注意欠陥・多動性障害 (ADHD)、高機能広汎性発達障害(高機能PDD)の3つについては、日本において「軽度発達障害」と称されてきた。しかし障害度合自体が「軽度」であるとは限らないにもかかわらず、この名称では誤解を招くことから現在では便宜的に「(軽度)発達障害」として分類することがある。なお、高機能広汎性発達障害(高機能PDD)や高機能自閉症という名称も存在するがこれらは知能が精神遅滞に該当しないという意味の「高機能」である。また、高機能自閉症の診断基準は明確ではなく、臨床においてはアスペルガー症候群と厳密に区別する必要は無いとされている[3]
明確な判断は、精神科を標榜する精神科医の間でも大学でこの分野を学んでいないなどの理由で困難とされている。各都道府県や政令指定都市が設置する、発達相談支援施設で、生育歴などがわかる客観的な資料や、認知機能試験(IQ検査、心理検査等を含む)などを行って、複数人の相談員や心理判定員などが見立てとなる判断材料を出す形で、数少ない専門医師が判断し、どのような治療が必要か、SSTが必要かなどの材料を精神科医に提供する、というケースが多い。
環境変化に弱く、環境への適応も苦手とされる。日本精神神経学会は、「極論だが、発達障害のある子ども達は『日常的に災害のような事態』を経験しているようにも思える」という見解を出している[4]。
分類
何を「発達障害」とするかには一定した見解が無い。そのため、発達障害にどの症状が該当するかリストにすることは困難である。
しかし、精神医学で主に使われている国際的な診断基準は2種類あり、 WHOによる国際疾病分類であるICD-10では、
- F80-F89 心理的発達の障害
- F90-F98 小児<児童>期および青年期に通常発症する行動および情緒の障害
- 1. 通常、幼児期、小児期、または青年期に初めて診断される障害
の一部が相当する。
これらの分類の他に、自閉症スペクトラムという概念もある(ただし、自閉症スペクトラムには、従来型の自閉症を含め、知的障害があるケースを包括している。そのうえで、知的障害のない「高機能」と呼ばれる状況と連続性があり、知的遅れの有無の切り分けはしづらく、不可分という考え方から、このように考えられている。また、知能指数が70以下のものだけを知的障害とし、IQ70~85程度のボーダ上の人がどこに位置付けるかという点で、議論の対象ともされている)。
歴史
関連する知的障害に関することも記述する。
- 1884年、ルドルフ・ベルリン (Rudolf Berlin) によってディスレクシア(読字障害)が報告される
- 1943年、アメリカの精神科医レオ・カナー (Leo Kanner) が「早期幼児自閉症」として自閉症(カナー症候群)を報告する
- 1952年、優生保護法改正で精神薄弱も断種対象とされる
- 1959年、パサマニック (Pasamanick) らによってのちにADHDとよばれるものに対して微細脳障害 (MBD) との用語を導入。
- 1960年、精神薄弱者福祉法施行
- 1966年、オーストリアの小児科医アンドレアス・レット (Andreas Rett) によってレット症候群が報告される
- 1973年、厚生省の通知により療育手帳が創設される(知的障害者)
- 1987年、身体障害者雇用促進法が障害者の雇用の促進等に関する法律に改められ、知的障害者が適用対象になる
- 1987年、微細脳障害が注意欠陥多動性障害に改められる。微細脳障害の項を参照
- 1989年、社団法人日本自閉症協会設立
- 1995年、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律施行。精神障害者保健福祉手帳制度制定
- 1996年、優生保護法が母体保護法に変わり、強制断種等に係る条文が削除される
- 2000年、豊川市主婦殺人事件。自閉症がこの事件の直接の要因ではないが、文部省(当時)に広い範囲における高機能自閉症児に対する早期の教育支援が必要であることを認識させた。
- 2003年、長崎男児誘拐殺人事件。専門家による啓発書の出版などを通じて社会的な関心が広まった。
- 2005年、発達障害者支援法施行
- 2005年、心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律(医療観察法)施行
- 2006年、障害者自立支援法施行
- 2007年、ノバルティスファーマのメチルフェニデート製剤(商品名リタリンⓇ)の不適切処方が表面化した影響で翌年より流通が厳格化、ADHDへの「適応外使用」が事実上できなくなる。
- 2007年、18歳未満のみ対象でヤンセンファーマのメチルフェニデート徐放薬、(商品名コンサータⓇ)が流通の厳格化を前提としてADHD治療薬として承認される。
- 2009年、18歳未満のみ対象で日本イーライリリーのアトモキセチン製剤(商品名ストラテラⓇ)がADHD治療薬として承認される。
- 2010年、障がい者制度改革推進本部等における検討を踏まえて障害保健福祉施策を見直すまでの間において障害者等の地域生活を支援するための関係法律の整備に関する法律(通称、障害者自立支援法改正案)が成立。発達障害も対象と明記する[6]
- 2012年、日本イーライリリーのアトモキセチン製剤(商品名ストラテラⓇ)が18歳以上のADHD治療薬として承認される[7]
日本における福祉
2002年、文部科学省が調査したデータによれば、知能発達に遅れはないが、日常の学習や行動において、特別な配慮が必要とされる、「発達障害などの」児童が6.3%いることが判明した[8]。2006年に名古屋市西部地域医療センター調査した結果によれば、当該地域に居住する6歳から8歳までの児童13558名の内、2.07%を占める281名が広汎性発達障害の診断を受けた[9]。その内、知能指数が71以上の「高機能自閉症」は177名であった[10]。
精神障害者保健福祉手帳
文部科学省側では、「厚生労働省では従来より発達障害は精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(精神保健福祉法)に規定された精神障害者向けの障害者手帳、精神障害者保健福祉手帳の対象として明記していないが、発達障害は精神障害の範疇として扱っている」[11]としている。
厚生労働省側の通知、「精神障害者保健福祉手帳の障害等級の判定基準について」平成18年9月29日改定の「精神障害者保健福祉手帳障害等級判定基準の説明」によると、その他の精神疾患として「心理的発達の障害」、「小児(児童)期および青年期に生じる行動および情緒の障害」(ICD-10による)と明記し、発達障害の各疾患を対象にしている。同省の通知では申請用診断書にICD-10カテゴリーF80-F89、F90-F98の記入が可能ではある[12]。
一方、書籍によっては二次障害が無ければ取得できないとしているものもある[13]。各自治体によって精神障害者保健福祉手帳の認定基準が異なるためでもある。
療育手帳
知的障害者向けの障害者手帳の療育手帳取得の適法化を求める声も多い[14]とされているが、療育手帳自体が根拠となる法律が無く、1973年に厚生省(現・厚生労働省)が出した通知「療育手帳制度について」や「療育手帳制度の実施について」を参考に都道府県や政令指定都市の独自の事業として交付されているため、地域によっては取得できるところもある[15]。
同省が出した各通知は1999年に地方自治法(施行は2000年4月1日)の改正で、国が通知や通達を使って地方自治体の事務に関与することが出来なくなった(機関委任事務の廃止)影響ですでに効力は失っている。
発達障害者支援法
テンプレート:Main 同法(平成16年12月10日法律第167号)では、知的障害者以外の発達障害者だけを支援対象として規定している。
障害者自立支援法
以前から条文に明記はしていないものの対象である。ただし、2009年7月24日時点では市町村における運用が徹底されていないとの意見がある[11]。よって2010年12月3日、障がい者制度改革推進本部等における検討を踏まえて障害保健福祉施策を見直すまでの間において障害者等の地域生活を支援するための関係法律の整備に関する法律(通称、障害者自立支援法改正案)を成立させ障害者自立支援法を改正、発達障害を明記させた[6]。
関連団体
発達障害児または者の親らで作る相互扶助等を目的として組織された団体があり、一般に「親の会」と名乗っているほか、自閉症関連団体としては社団法人日本自閉症協会がある。発達障害関係の団体が加盟する組織としては日本発達障害ネットワークがある。
軽度発達障害
アスペルガー症候群や高機能自閉症などを指す高機能広汎性発達障害(高機能PDD)、LD、ADHD等、知的障害を伴わない(すなわち総合的なIQが正常範囲内)疾患概念を指して、「軽度発達障害」という用語が使われることがある[16](ただし、ADHDについては、別途知的障害を併発するケースがある)。ここでいう「高機能」という語も、「軽度」という言葉同様、知的障害のないという意味でつかわれている。「軽度」と呼称される根拠は、「知能が比較的高い」ためである[17]。
この用語について厚生労働省は、「世界保健機構 (WHO) のICD-10分類に存在しない」、「アメリカ精神医学会のDSM-VIに存在しない」ことを指摘し、「誰がどのような意図で使い始めたのか分からないまま広がった用語である」として注意を促している[18]。また、その語感から、「障害の程度が軽度である」と誤解されがちだが、上述の理由から、必ずしも障害自体が軽度とは限らない[19]。文部科学省[20]も2007年、「『軽度発達障害』の表記は、その意味する範囲が必ずしも明確ではないこと等の理由から、今後は原則として使用しないと発表している[21]。ただし、専門家の間等では、便宜上「(軽度)発達障害」として、かつて呼ばれていたものをカテゴライズする意味で、かっこ付して紹介されるケースは現在でもある。
「軽度」と言われるが、罹患者の抱える問題は決して軽くはなく、早期の理解と適切な支援が望ましいとされる[22]。理解、発見が遅れた場合、いじめ、不登校、非行など二次的な症状を発生させることがある[23]。
発達障害をめぐる問題
発達障害に対する誤解
発達障害は、前述のように、先天的もしくは幼少期に生じる軽度の脳障害である。しかし、家庭での子育てが原因であるかのような議論も存在する。2012年には、超党派の議員連盟である親学推進議員連盟が開いた勉強会で、発達障害児の育児環境について「子供への声掛けが少ないため」とした上で、発達障害は「予防可能」などの記載を行っていたことが明らかになっている[24]。
刑事裁判における問題
姉を殺害したとして殺人罪で起訴された、発達障害の一つであるアスペルガー症候群を持った男性被告について、2012年7月30日に大阪地裁の判決は、被告にはアスペルガー症候群が見られ、その影響下で起こされた事件であることは認めつつも、母親ら親族が被告との同居を断っており、出所しても社会に受け皿がないとして、「再犯の恐れがあり、許される限り内省を長期にわたり深めさせることが社会秩序のためになる」として、殺人罪の有期刑の上限であり求刑よりも重い懲役20年とした[25]。
この判決に対し、「共生社会を創る愛の基金」は、「アスペルガー症候群についての認識に重大な誤りがあり、発達障害者の矯正に結びつかない」、「『危険な障害者は閉じ込めておけ』との思想に基づいた判決で、隔離の論理に基づいている」などと批判した[26]。この事件の法廷は裁判員裁判であり、発達障害(者)への差別・無理解・偏見といった「市民感覚」によって裁判の結果が左右され得る点についての疑義が呈された[27]。
医療現場での問題
精神科医の島田能考によると広汎性発達障害の患者を診ることが増えると、発達障害を専門にしている医師だというデマ情報が流れ、ますますその系統の患者が増えてしまう悪循環が生まれる問題がある[28]。
発達障害とトラウマ
発達障害とトラウマには密接な関係がある。虐待・いきすぎたしつけなどによって生じるトラウマは、発達障害の「増悪因子」となり、発達障害を重篤化させる[29]。
参考文献
- キーサン革命宣言―精神病者のセーカツとカクメイ 江端一起 アットワークス 2013年 ISBN 9784939042881
- 草薙厚子『大人たちはなぜ、子どもの殺意に気づかなかったか ドキュメント・少年犯罪と発達障害』 ISBN 978-4-7816-0504-3
- 『発達障害に気づかない大人たち』 星野仁彦 祥伝社新書 2010年4月10日初版発行 ISBN 978-4-396-11190-8
- 『図解 よくわかる大人の発達障害』 中山和彦・小野和哉 ナツメ社 2010年11月2日初版発行 ISBN 978-4-8163-4972-0
- 内田伸子『発達心理学キーワード』(有斐閣双書) ISBN 4-641-05882-2
- 杉山登志郎『発達障害のいま』(講談社現代新書) ISBN 978-4-06-288116-6
脚注
関連項目
外部リンク
- 発達障害情報センター(厚生労働省)
- 発達障害教育情報センター(文部科学省)
- 全国の発達障害者支援センター一覧
- 北海道 発達障がい支援情報サイト
- テンプレート:脳科学辞典
- ↑ 平岩幹男著 『幼稚園・保育園での発達障害の考え方と対応』より
- ↑ 厚生労働省 発達障害の定義について http://www.mhlw.go.jp/shingi/2005/03/s0315-3i.html
- ↑ Wing,2000
- ↑ 稲垣真澄・林隆『発達障害児をもつ保護者の方へ』
- ↑ 発達障がい者に対する療育手帳の交付について(概要) 平成22年9月13日 総務省行政評価局 2011年6月13日閲覧
- ↑ 6.0 6.1 障害者自立支援法:参院で改正案可決・成立 2010年12月3日13時49分 毎日新聞 2010年12月25日閲覧
- ↑ 注意欠陥/多動性障害(AD/HD)治療剤「ストラテラⓇ」、日本で初めて、成人期のAD/HDへの適応承認 日本イーライリリー 2012年8月24日 2013年8月3日閲覧
- ↑ 草薙・182頁
- ↑ 草薙・182-183頁
- ↑ 草薙・183頁
- ↑ 11.0 11.1 特別支援教育の推進に関する調査研究協力者会議高等学校WG(第6回)議事要旨 平成21年7月24日 文部科学省初等中等教育局特別支援教育課 2009年12月26日閲覧
- ↑ 精神保健及び精神障害者福祉に関する法律等の一部を改正する法律の一部の施行に伴う関係通知の改正について 障発第0329008号 平成14年3月29日 厚生労働省 2009年12月26日閲覧
- ↑ 大人のアスペルガー症候群 佐々木正美 梅永雄二 講談社 2008年 ISBN 9784062789561 p93によると「日本には発達障害のための手帳制度がないため」との理由の記述が見られる
- ↑ 筑波技術大学テクノレポート Vol. 17 (1) December. 2009「発達障害を併せ有する聴覚障害学生に対する高等教育支援の構築」筑波技術大学障害者高等教育研究支援センター 佐藤正幸 石原保志 白澤麻弓 須藤正彦 及川力
- ↑ 北海道新聞 2009年6月25日記事『道が2003年度に高機能広汎性発達障害を対象に加えたのを機に(札幌)市児童相談所も04年度、「IQが高くても知的障害と見なすことができる」として対象とした。』
- ↑ 発達心理学キーワード・244頁
- ↑ 発達心理学キーワード・244頁
- ↑ 雇用均等・児童家庭局母子保健課の冊子「軽度発達障害児に対する気づきと支援のマニュアル」の第一章
- ↑ ちなみに、対義語の「重度」は、「知的障害の度合いが重い」という意味で用いられ、「重度重複障害」などの形で用いられる。
- ↑ 同省、初等中等教育局特別支援教育課
- ↑ 「発達障害」の用語の使用について(平成19年3月15日) 文部科学省
- ↑ 発達心理学キーワード・244頁
- ↑ 発達心理学キーワード・244頁
- ↑ 親学議連:「発達障害、予防は可能」…抗議殺到し陳謝 毎日新聞 2012年6月12日
- ↑ 姉殺害:発達障害の被告に求刑超す懲役20年判決 毎日新聞 2012年7月30日
- ↑ 「大阪地裁判決についての意見表明」 共生社会を創る愛の基金 2012年8月3日
- ↑ 発達障害のある被告人による実姉刺殺事件の大阪地裁判決に関する会長談話 日本弁護士連合会
- ↑ キーサン革命宣言―精神病者のセーカツとカクメイ 江端一起 アットワークス 2013年 ISBN 9784939042881 p224
- ↑ 杉山・88頁