紀元前45年
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テンプレート:Yearbox 紀元前45年は、ローマ暦の709年である。ユリウス暦が施行された年である。
できごと
ローマ
- 1月1日よりユリウス暦施行。
- 執政官はガイウス・ユリウス・カエサル単独であった。
- ローマ内戦
- 3月17日 - ムンダの戦いでティトゥス・ラビエヌスとグナエウス・ポンペイウス・ミノルを破り、内戦は終結した。ラビエヌスは戦場で死亡し、ポンペイウスは処刑されたが、セクストゥス・ポンペイウスは大西洋岸まで逃亡した。
- ユリウス・カエサルが編成した第10軍団エクェストリス及び第13軍団ゲミナは解散した。第10軍団の退役軍人はナルボンヌに移住し、第13軍団の退役軍人にはイタリア近郊の土地が与えられた。
- ユリウス・カエサルが終身独裁官に指名された。
- ユリウス・カエサルはおそらくこの年にCommentariesを執筆した。
誕生
- ユッルス・アントニウス、マルクス・アントニウスとフルウィアの息子(+ 紀元前2年)
- 王莽、新朝の皇帝(+ 23年)
死去
- 2月 - トゥリア・キケロニス、マルクス・トゥッリウス・キケロの娘(* 紀元前79年/紀元前78年)
- 3月17日 - ティトゥス・ラビエヌス、共和政ローマ期の軍人(* 紀元前100年)
- 3月17日 - プブリウス・アッティウス・ウァルス
- 4月12日 - グナエウス・ポンペイウス・ミノル、グナエウス・ポンペイウスの息子(* 紀元前75年)
- 12月31日 - クィントゥス・ファビウス・マクシムス (en:Quintus Fabius Maximus)