真鍋由

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テンプレート:基礎情報 アナウンサー 真鍋 由まなべ ゆう1965年9月17日 - )は、東京都出身のテレビ朝日報道部記者で、元同局アナウンサー

来歴・人物

父はイラストレーター真鍋博、兄は恐竜学者の真鍋真國學院久我山高等学校東洋大学経営学部卒。1991年、テレビ朝日アナウンサーとして入社。

「大仁田劇場」

1999年長州力インディーズ団体批判に呼応する形で 、大仁田厚新日本プロレスに参戦を果たした。その大仁田を、当時「ワールドプロレスリング」でジュニアヘビー級の試合などサブの実況担当だった真鍋が約1年余にわたり追い続けた一連の動きが、「大仁田劇場」と称され注目を集めた。

最初のインタビューでは、激高する大仁田にいきなり蹴りを入れられたり平手で打たれるなどの洗礼を受けた。以後も真鍋は度々暴力を受けながらも、それにもめげず事ある毎に大仁田に食らいつき、直接新日本プロレスとは関係ない大仁田厚主催興行にまで姿を現した。

次第に二人の絡みは「大仁田劇場」の名で専門誌に欠かさず細かい顛末が載るほどの人気を博すようになり、当の「ワールドプロレスリング」でも名物的な扱いを受けるようになった。ゴールデンのバラエティ番組でも取り上げられ、アナウンサー仲間から当初は「真面目だけが取り柄」「真面目を絵に描いたような人物」という評価だった真鍋が「こんなに面白い人だったの!?」「信じられない」と言われていた。

当初の真鍋は、「邪道」を貫く大仁田に対し、飽くまで新日本プロレスを擁護する立場だった(実際に真鍋は「私は新日本プロレスを愛している」と大仁田の面前で発言して、大仁田を呆然とさせた)。しかし最後の方には、それまで散々な目に遭わせてきた真鍋に対して「安かスーツだけどな、これを着て(長州戦の)実況をしてくれ!!」と、大仁田がスーツをプレゼントするなど、まるで二人の間で不思議な友情すら芽生えたかのように感じさせる展開となった。

大仁田にとっては、長州との電流爆破マッチ実現への到達で完結を見た「大仁田劇場」だったが、一方で真鍋も、当初は大仁田に対し気後れをしていたのが、次第に大仁田に真正面からきっちりと言葉を返すようになっていた(「電流爆破、見たいです」と言うまでになった)。気がつけば「大仁田劇場」は、真鍋のアナウンサーとしての成長記ともなっていたのだった。

ちなみにその後大仁田とは親友になったらしく報道部異動後も当時政治家だった大仁田と情報交換や話し相手になったりするなど大仁田とは現在でも公私共に付き合いがあるそうである。

現在

2003年からはプロレスを中心としたスポーツを離れ報道を中心に活躍し、2005年6月から2006年6月まで、平石直之アナに代わって1年間テレビ朝日ニューヨーク支局勤務を務めた。

2010年7月1日付の定期異動で、報道局ニュースセンターに異動となり、社会部記者として新たなスタートを切っている[1]

アナウンサー時代の出演番組

同期アナウンサー

関連項目

脚注

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外部リンク

  • 送る言葉 テレビ朝日アナウンス部ニュース No.346