比較優位
テンプレート:経済学のサイドバー 比較優位(ひかくゆうい、テンプレート:Lang-en-short)は経済学者デヴィッド・リカードが提唱した概念で、この概念を使えば自由貿易において各国が自身の得意分野に特化していく事を説明できる。比較生産費説ともいい、リカードモデルの基本である[1]。
目次
概要
比較優位とは『「国内での相対的有利さ」を国ごとに比較したときの相対的な有利さ』という、二重に相対比較した時に優位にあることを表す概念である。
たとえば、X国ではA産業の生産性が3でB産業の生産性が1、Y国ではA産業の生産性が8でB産業の生産性が4の場合を考える。X国でのA産業のB産業に対する相対的な有利さは3(=3/1)、Y国でのA産業のB産業に対する相対的な有利さは2(=8/4)であり、この各国内での相対的有利さをX国とY国で比較すると、X国でのA産業のB産業に対する相対的な有利さの方が大きい(X国3>Y国2)。
このようなとき、X国ではA産業に比較優位があるという。A産業の生産性そのものはX国が3、Y国が4と絶対優位はY国にあるにもかかわらず、比較優位はX国にあるということが起こりえる点が重要である。
さらにこの例のように、あらゆる産業において絶対劣位にある国においても、比較優位な産業は存在する。なお、これは資源が有限であることに拠る。もし仮に労働力なども含めた資源が無限にあれば、絶対優位のある国でのみ生産をすることが最適となるが、現実には資源は有限なため、ある財の生産を行う場合には他の財の生産を諦めるという機会費用が発生する。そして、直接的な費用だけを見るのではなく、この機会費用まで含めて考えれば、絶対優位にあるからといってその財を生産することが最適とは限らなくなる。
解説
以下では例をもとに直観的に比較優位の概念を説明する。
今天才的な商売人と彼のもとで働いている事務員がいたとする。商売人は商売のみならず事務にも才能もあり、商売・事務双方とも事務員よりも優れている。この場合商売人は事務員をクビして商売と事務の両方を自分一人ですべきであるかというとそんな事はない。
というのも事務仕事を事務員に代行して貰えば、その結果空いた時間を自分の得意分野(=商売)に費やす事ができる為、(事務員の給料を払っても)商売人はより多くの儲けを出す事ができるからである。もちろん事務員にとってもクビになって収入が無くなってしまうよりも商売人のもとで事務仕事をしていた方が得である(ここでは分業にコストがかかる事や、人を雇う際の最低賃金が法律で決まっている事などは無視している)。
比較優位は以上の直観を精緻化した概念である。以上の例でも分かるように、商売・事務双方とも商売人が事務員よりも優れている(絶対優位性という)としても 両者が分業して自身の得意分野(比較優位性がある分野)に特化する事で商売人と事務員の両方が得する事ができる事をこの概念は示している。より正確に言うと、商売能力と事務能力の比が重要で、この比が大きい人(=商売に比較優位がある人)が商売に特化し、小さい人(=事務に比較優位がある人)が事務に特化する。
以上では分かりやすさを優先して商売人と事務員を例に説明したが、比較優位性はもともとは二国間の貿易の様子を記述する為の概念であり、この文脈では商売人と事務員は2つの国である。そこで以上の説明を二国間の貿易に置き換えると、なぜ大半の分野で生産性が高いはずの先進国が大半の分野で生産性が低いはずの発展途上国と貿易を行っているのかが分かる。
各分野で先進国が途上国よりも生産性が高い(絶対優位性がある)という事実は重要ではなく、比較優位性が重要な事がその原因だ。先進国は比較優位性がある知的労働(上の例では商売)に特化し、途上国は比較優位性がある単純労働(上の例では事務)に特化してモノを生産し、生産物を貿易しあう事で双方とも利益を得る事ができる。
したがって比較優位の考え方にしたがえば、各国は自由貿易を行って他国の製品を受け入れた方が、保護貿易を行って他国の製品を締め出すよりも、自国にとっても貿易相手国にとっても得だという事になる。
なお本節で紹介する比較優位に関する議論は特に断りがない限り、輸出入にかかるコストが無視できるほど少ない事を仮定している。したがってこの仮定が成り立たない状況(例えば輸送コストが非常に大きい場合)では必ずしも本節の結論は成り立たない。
比較優位の考え方は、国際分業に留まらず、国内間や労働者間などの分業一般に応用できる。前述した商人と事務員がその例である。
単純化された例
以下の事例も、比較優位の一例としてあげることができる。この例は、定量的には表現できない、また、厳密には比較優位ではなく「比較劣位」の例というほうが正しいが、単純化された例として挙げる。
『私は小学校の給食の時間、嫌いな肉が出たときに、それが好物だという友達にこっそり食べてもらっていました。(中略)その代わり、野菜は大の苦手だったのです。私は野菜も得意ではありませんでしたが、肉の脂身よりはマシです。そこで、契約成立。』[2]テンプレート:信頼性要検証。
比較優位の四つの要因
- あらかじめ与えられた天然資源の存在量
- 後天的に取得した資源の存在量
- 科学技術上の優位も含む優れた知識
- 特化(専門化)[3]
リカードモデル成立のための前提条件
1776年にアダム・スミスが重商主義に代わるものとして絶対優位説を唱えたが、リカードによる1817年の比較優位説はこのスミスの理論を拡張するものである。この比較優位理論は以下の6つの前提条件に基づいている[4] [5]。
- それぞれの国で完全雇用が達成されていること
- 環境問題など外部不経済は考慮に入れないこと
- 国内外の輸送コストがゼロであること
- 国内では資源の移動は完全に自由、国家間では完全に不自由であること
- 2国間での2つの商品が比較対象であること
- 生産性向上は必ずしも国家の目的と定めないこと
である。
定義
以下比較優位の提案者であるリカードに従って[6]、ワインと毛織物を例に説明する(元ネタはメシュエン条約)。
今、国Xの全労働者が単位時間(例えば1日)働いたとき、ワインならAX本、毛織物ならBX枚作れるとする。一方で国Yの全労働者が同じ時間だけ働いたときワインならAY本、毛織物ならBY枚作れるとする。
AX > AYであるとき、国Xはワインに関して国Yに絶対優位であるという。一方AX/BX > AY/BYであるとき、国Xはワインに関して(毛織物と比べたとき)国Yに比較優位であるという。
たとえば下の表の場合、国Xはワインに関しても毛織物に関しても、国Yに対し絶対優位である(20万 > 18万かつ10万 > 2万だから)。しかし、比較優位性で国Xと国Yを比較した場合は、国Yの方がワインに関して比較優位である((18万/2万)>(20万/10万)だから)。これは言い換えると、国Xの方が毛織物に関しては比較優位であるとも言える。
ワイン | 毛織物 | |
---|---|---|
国X | 20万 | 10万 |
国Y | 18万 | 2万 |
上の数値例からも分かるように、国Xが絶対優位であるかどうかと、比較優位であるかどうかは無関係である。
なお、国Xがワインに関して国Yに比較優位であるとき、国Yはワインに関して国Xに比較劣位であるという。
国際分業
比較優位の考え方を使うと、各国が比較優位がある分野の製品を増産し、そうでない製品を減産して輸出入で量を調整する事が示せる。しかもその方が自国のみならず貿易相手国にとっても得になる(これらの結論は絶対優位性とは無関係に成り立つ)。したがって最終的にいずれかの国が自身の比較劣位な製品を全く作らなくなる。これらの事を再びワインと毛織物を例に説明する。
国X、Yの生産能力を前述の表のとおりとする。今、国Xが労働力の50%をワイン作りに注ぎ、残り50%が毛織物作りに注いでいるとし、同様に国Yも50%をワイン作りに、残り50%が毛織物を注いでいるとする。また両国は鎖国状態にあり、両国には一切の輸出入がないとする。このとき生産されるワイン・毛織物の数は次の表のようになるとする。
ワイン | 毛織物 | |||
---|---|---|---|---|
パーセント | 生産量 | パーセント | 生産量 | |
国X | 50% | 10万 | 50% | 5万 |
国Y | 50% | 9万 | 50% | 1万 |
次に国Xと国Yが貿易する事を考える。貿易によって利益を増やすため、両国は自分が比較優位がある財(=自国の得意分野)に特化する。例えば国Xは自国に比較優位がある財(毛織物)に注ぐ労働力を80%に増やし、その分ワインの労働力を20%に減らすとする。同時に国Yは自国に比較優位がある財(ワイン)の労働者を100%に増やし、その分毛織物は一切作らないようにするとする。
すると生産量は次のように変化する。
ワイン | 毛織物 | |||
---|---|---|---|---|
パーセント | 生産量 | パーセント | 生産量 | |
国X | 20% | 4万 | 80% | 8万 |
国Y | 100% | 18万 | 0% | 0万 |
結果、ワイン、毛織物双方とも以前よりも総生産量が増えているので、適切に再分配すれば、貿易前より両国共に消費量を増やすことができる。例えば国Yから国Xに8万本のワインを輸出し、国Xから国Yに2万枚の毛織物を輸出すれば、以下の表のようになる。
ワイン | 毛織物 | |
---|---|---|
国X | 12万 | 6万 |
国Y | 10万 | 2万 |
結果、鎖国状態にあったときと比べ、両国とも両方の品物の量が増えている事が分かる。これは各々が比較優位な産業に特化すること(国際分業)によって全体的な生産性が増大することを示し、さらに自由貿易を前提とした場合に、両国ともに消費を増大させることができることを示している。つまり、比較優位にある財を輸出し、比較劣位にある財を輸入することで、絶対優位に関係なく貿易で利益を得られるということである。
機会費用の観点
もし、どちらの国も労働力をフル活用している状態(生産可能性辺境線)にある場合、毛織物を多く作るためにはワインの生産を減らさなくてはならない。毛織物1枚を作るために、国Yではワインを3本減らさなければならないのに対し、国Xはワインを2本減らすだけでよい
逆にワイン生産を見た場合、国Xでは毛織物を1減らしてもワインが2本しか増えないのに対して、国Yは毛織物を1減らすことでワインを3本増やすことが出来る。
これは比較優位に立つ側は、相手側よりも少ない機会費用で生産できることを示している。
特化のプロセス
現在の世界の国々は、地球規模の貿易ネットワークに大なり小なりつながっている。そしてそれぞれの国に輸出品と輸入品がある。輸出している商品は国内需要よりも多く生産しているということだから特化が進んでいることになる。
特化が自然に進むプロセスはいくつかある。
固定相場制下での特化
固定相場制(または共通通貨制)をとる国Yを考える。国Yには複数の産業があり、それぞれが国Xへ輸出を試みたとする。まず、より高値で販売できる順に序列ができる。
輸出で利益を得た産業は生産を拡大し、より多くの利益を得ようとする。この際に、最も高い利益を得た産業が、より多くの資源(設備や労働力)の購買力を持つ。そうして高い利益を得る産業が資源を需要するため、各資源の価格は次第に上昇する。資源価格の上昇により、輸出競争力の低い産業は収益が悪化し、解散するなどして資源を解放することになる。
この結果、輸出競争力のある産業(比較優位な産業)へ資源が集中し特化が進む。
変動相場制下での特化
変動相場制をとる国Yを考える。国Yには複数の産業があり、それぞれが国Xへ輸出を試みたとする。まず、より高値で販売できる順に序列ができる。
輸出で得た外貨は、国Yの通貨へ為替されることになる。このとき、より高い利益を得た産業がより多くの自国通貨を得ることになる。こうして、輸出競争力が高い産業はより高い利益を得る。輸出で利益を得た産業は生産を拡大し、より多くの利益を得ようとする。この際に、輸出拡張で自国通貨高が進む。輸出競争力の低い産業は自国通貨高により、輸出縮小により収益が悪化し、解散するなどして資源を解放することになる。
この結果、輸出競争力のある産業(比較優位な産業)へ特化が進む。
問題点
比較優位の考え方は、あくまで国全体の利益を考えた場合の話で、全ての国民が自由貿易で得するとは限らない事に注意されたい。自由貿易を行うと、それによって得する国民もいれば損する国民もいる。比較優位性が保証しているのは、貿易によって損をする人と得する人の両方を鑑みた総和が貿易によって増える事だけである。
比較優位は、全体で利益は向上するが、一部で仕事をあきらめるなどの犠牲を払う必要がある理論である[7]。
比較優位の考え方は、固定的に考えたり、押しつけたりすれば強者の理論になるが、当事者が得意な分野を発見し、次の段階に発展していこうとすれば有効な理論にもなる二面性を持っている[8]。 テンプレート:See also
リカードの定義
リカードが比較優位を提唱した時代と21世紀とでは環境問題の質がことなるために、このリカードモデルでは現代の環境問題にかかるコストの諸国間分配の調節機能が働きにくいとされるテンプレート:誰。また現代のような高度に専門性が高まっている社会においては、ある産業に必要なスキル習得には時間がかかり、一度職を失った人が再就職するのは難しく、経済が完全雇用状態で均衡するのは想定しがたいテンプレート:誰。今日ではリカードの前提自体が非現実的になっているテンプレート:誰。
比較優位概念の限界
「比較優位」の概念は、労働のみが投入財の場合には、2国多数財(あるいは2財多数国)の場合にまで容易に拡大できる。A国とB国とが貿易する状況において、第I財と第J財とがあり、それぞれの労働投入係数をaAI、aAJ、aBI、aBJとして、テンプレート:Indent{a_{AJ}} < \frac{a_{BI}}{a_{BJ}}</math>}}が成り立つとき、A国はB国に対し、I財に比較優位をもち、J財については比較劣位となる。
しかし、このとき、A国からB国へI財が輸出され、J財が輸入されるとは限らない。別の財KがA国からB国へ輸出され、I財とJ財はともにB国からA国に輸出されることがありうる[9]。このように、多数財ケースでは、比較優位は、それのみでは貿易の方向を決定しない。
さらに、3国以上の貿易および投入に原材料・部品などの中間財が含まれる場合には、比較優位概念は、定義すらできない[10]。
比較優位概念に依存しないリカード理論の一般化については、塩沢由典の研究がある[11]。これはJonesの1961年の論文が定式化できなかった中間財貿易をも一般的に取り扱う画期的なものである[12]。
参考文献
- デヴィッド・リカード 『経済学および課税の原理(上下)』 羽鳥卓也、吉澤芳樹訳、岩波書店、1987年
- ポール・クルーグマン、モーリス・オブズフェルド 『国際経済 -理論と政策-』
- ポール・クルーグマン『マクロ経済学』
- 塩沢由典『リカード貿易問題の最終解決』岩波書店、2014。
脚注
- ↑ ここでリカードモデルとは、2国2財1要素を仮定したモデルをいう。1要素とは生産要素のことで主に労働力を指す。ただし、リカード・モデルあるいはリカード理論が2国2財1要素モデルに限定されることはない。多数国・多数財のモデルは、マッケンジーやジョーンズにより研究された。Dorbusch, Fischer and Samuelson(1977) "Comparative Advantage, Trade and Payments in a Ricardian Modle of cntinuum of Goods,"(AER 67:823-39.)は、2国で財の数が連続無限の場合を扱っている。リカード理論の中核は、生産要素として労働らみを考えるところにある。
- ↑ 本田健著『きっとよくなる!2 お金と仕事編』ISBN 9784763184818 142-143頁より。
- ↑ 『スティグリッツ入門経済学』テンプレート:要ページ番号
- ↑ Reassessing the Theory of the Comparative Advantage R.E. Prasch, Review of Political Economy
- ↑ absolute and comparative advantage
- ↑ On the Principles of Political Economy and Taxation. David Ricardo. 1817
- ↑ 新井明・柳川範之・新井紀子・e-教室編 『経済の考え方がわかる本』 岩波書店〈岩波ジュニア新書〉、2005年、132頁。
- ↑ 新井明・柳川範之・新井紀子・e-教室編 『経済の考え方がわかる本』 岩波書店〈岩波ジュニア新書〉、2005年、131頁。
- ↑ P.クルーグマン・M.オブズフェルド『国際経済学』(上)貿易編、第3章「多数財ケースにおける比較優位」原書第8版、2010.
- ↑ Alan V. Deardorff, How Robust is Comparative Advantage, Review of International Economics, Volume 13, Issue 5, pages 1004–1016, November 2005.
- ↑ Yoshinori Shiozawa, A New Construction of Ricardian Trade Theory / a many-country, many-commodity case with intermediate goods and choice of production techniques, Evolutionary and Institutional Economics Review, Volume 3 Issue 2, pages 141-187, March 2007.
- ↑ Richard Jones, Comparative Advantage and the Theory Tariffs: A multi-country, multi-commodity model, Review of Economic Studies, Nomber 77, pages 161-175, June 1961. Andrew J. Cassey, An Application of the Ricardian Trade Model with Trade Costs, Applied Economics Letters, 2012, 19, 1227-1230.
関連項目