日テレ・ベレーザ

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テンプレート:出典の明記 テンプレート:サッカークラブ 日テレ・ベレーザ(にっテレ・ベレーザ、NIPPON TV Beleza)は、東京都稲城市を本拠地とする日本女子サッカーリーグに所属する女子サッカーチームである。アジア・主要全国タイトル計37回は、なでしこリーグ所属チーム中最多である。

概要

「ベレーザ」とはポルトガル語で「美人」を意味する。伊賀フットボールクラブくノ一とともに、なでしこリーグ(JLSL→L・リーグ時代を含む)発足時から加盟しており、唯一2部降格がない。獲得タイトルは計30回で、日本女子サッカーリーグ所属の全チームの中で最多である。運営会社は東京ヴェルディ1969フットボールクラブ(日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)に加盟する東京ヴェルディの運営会社)である。東京V同様に、下部組織として「メニーナ」(ポルトガル語で「少女」を意味する)及び「メニーナ•セリアス」(同「真面目な少女」)を有し、女子ユース代表他に多数の選手を輩出している。

歴史

  • 1981年:東京ヴェルディの前身となる読売サッカークラブの女子チーム「読売サッカークラブ女子・ベレーザ」として発足。東京都リーグ2部に参加した。当初は読売クラブの女性ファンを対象に「選手に近づける」ことを目的として作られた面もあったが、本格的なコーチングを行うことにより女子サッカーの普及・向上を目指すことになった。1984年に都リーグ1部に昇格。なお、皇后杯全日本女子サッカー選手権大会には第5回大会(1983年)から出場している。
  • 1994年:スーパーマーケットの西友とスポンサー契約を結び「読売西友ベレーザ」と名称を変更。
  • 1998年:西友とのスポンサー契約解消により「読売ベレーザ」へ名称を変更。
  • 1999年:日本テレビ完全出資のNTV FCに変更[2]されてから「NTVベレーザ」に変更。
  • 2000年:日本テレビがロゴ変更及び略称を「日テレ」に統一するCIが導入されたのに合わせ、「日テレ・ベレーザ」となる(なお2001年からNTV FCは稲城市などとの共同経営となった)。この間、ベレーザは1994年からリーグ優勝を逃していたが、1998年の第10回リーグで3連覇を成し遂げた日興證券ドリームレディースが同年度限りで廃部、続く1999年の第11回リーグで優勝したプリマハムFCくノ一が翌2000年からは伊賀フットボールクラブくノ一として再編・規模縮小するなど、いわゆる「女子サッカー冬の時代」[3]第12回リーグで7年ぶりに優勝。2002年シーズンまでリーグ戦で3連覇を果たした。
  • 2006年:リーグ最終節・TASAKIペルーレ戦で2年ぶりのリーグ戦における敗戦を喫したが、プレーオフでは3戦全勝し連覇を達成。この年に誕生した「1億円のティアラ」の初戴冠チームとなった。
  • 2009年10月21日:ベレーザを運営していた日本テレビフットボールクラブ(後に東京ヴェルディ1969フットボールクラブへ商号を変更)の株式を日本テレビが外部に売却して、クラブ運営から撤退した[6]。なお、日テレは運営撤退後もチーム名の命名権を保有し、チーム名は「日テレ・ベレーザ」のままとなった。
  • 2010年:深刻な経営危機に陥ったヴェルディが一時的にJリーグ管理となった。その後、バディ企画研究所を筆頭株主とした新たな経営陣が発足[7]する事でこの危機は免れたものの、さらなる経費削減策がとられた結果、同年に2年ぶりのリーグ優勝を果たしたベレーザでもプロ選手の澤穂希[8]とシーズン得点王だった大野忍の2人と契約更新を行わなかった。その結果、アマチュア選手ながらなでしこメンバーとなっていた近賀ゆかり南山千明を加えた4人がベレーザを退団し、2010年7月にベレーザ監督を解任された星川敬を監督として同年度の第32回全日本女子サッカー選手権大会で優勝していたINAC神戸レオネッサへと揃って移籍した。2010年は開幕前の1月に永里優季、7月に宇津木瑠美がそれぞれ海外リーグへ移籍し、さらに3月には荒川恵理子が浦和レッズレディースへと移籍、12月のシーズン終了後には中地舞が引退するなど、ベレーザ生え抜きの主力選手の多くがベレーザを離れる事となった。

成績

年度 チーム名 リーグ チーム数 試合 勝点 順位
1 1989 読売サッカークラブ
女子・ベレーザ
JLSL 6 10 17 8 1 1 2位
2 1990 6 15 29 14 1 0 優勝
3 1991 10 18 34 16 2 0 優勝
4 1992 読売日本サッカークラブ
女子ベレーザ
10 18 34 16 2 0 優勝
5 1993 10 18 -- 15 -- 3 優勝
6 1994 読売西友ベレーザ L・リーグ 10 18 -- 12 -- 6 2位
7 1995 10 18 -- 9 -- 9 5位
8 1996 10 18 -- 12 -- 6 3位
9 1997 10 18 -- 16 -- 2 2位
10 1998 読売ベレーザ 10 18 -- 14 -- 4 2位
11 1999 NTVベレーザ 8 14 32 10 2 2 2位
12 2000 日テレ・ベレーザ 9 12 30 9 3 0 優勝
13 2001 10 14 40 13 1 0 優勝
14 2002 11 11 29 9 2 0 優勝
15 2003 13 22 46 14 4 4 2位
(16) 2004 L・リーグ1部(L1) 8 14 35 11 2 1 2位
(17) 2005 8 21 57 18 3 0 優勝
(18) 2006 なでしこリーグ
ディビジョン1
8 17 44 14 2 1 優勝
(19) 2007 8 21 53 17 2 2 優勝
(20) 2008 8 21 53 17 2 2 優勝
(21) 2009 8 21 43 13 4 4 2位
(22) 2010 なでしこリーグ 10 18 49 16 1 1 優勝
(23) 2011 9 16 35 11 2 3 2位
(24) 2012 10 18 37 11 4 3 2位
(25) 2013 10 18 38 12 2 4 2位
  • 1992年まで「勝ち点制」(勝ち2、引き分け1、負け0)を採用。
  • 前後期制を採用した1993年から1999年までの成績は年間順位。
  • 予選(地区)リーグと決勝リーグを採用した2000年から2003年までの成績は年間順位。チーム数は両地区の合計チーム数。
  • 1999年から「勝ち点制」(勝ち3、引き分け1、負け0)を採用。
  • 2004年から二部制に移行。チーム数は所属リーグのみ。
  • 2003年まではシーズン名に「第○回」と表記されていたが、2004年からは西暦年で表記するようになった。
  • 2006年は8チーム2回戦総当たりの「レギュラーリーグ」(RL)後、その順位に基づき上位と下位の各4チームによる1回戦総当たりの「プレーオフ」(PO)を実施。試合数はRLとPOの合計。成績は年間順位。

タイトル

  • 清水市長杯・全日本チャンピオンズカップ:4回
  • 全日本選抜女子サッカー大会:2回
  • 国体:1回
    • 2005年

エンブレム

東京ヴェルディ同様、中央に始祖鳥が描かれている。

  • -2009年 円形の上部にFC NIPPON、下部にBELEZA。
  • 2010年-2012年 円形の上部をTOKYO VERDY 1969に変更、始祖鳥の右下に創設年である1981と書かれている。
  • 2013年 円形の上部を日テレ BELEZA(日テレのロゴは、2012年12月まで使用したもの。)、下部をTOKYO VERDY 1969にそれぞれ変更。
  • 2014年- 日テレのロゴが現行(2013年1月から使用)のものに変更。

スタジアム

ホームゲームを開催するスタジアムは、多摩市立陸上競技場稲城中央公園総合グラウンド味の素フィールド西が丘、味の素スタジアム西競技場などである。

下部組織

多くのなでしこリーガーを輩出する日テレ•メニーナを有し、ベレーザも多くの選手がメニーナ出身。中学生から高校生が所属するチームだが、最近では2014年1月に全日本女子ユースを4連覇するなど、日本女子ユース世代を牽引している。2012年春には、日テレ•メニーナ•セリアスを設立、Jr.ユース世代の育成にも本格的に取り組み始めた。メニーナ、セリアス共に厳しいセレクションにより選ばれた選手で構成されており、高い技術に裏打ちされたパスサッカーは、ベレーザのスタイルを受け継いでいる。

ユニフォーム

テンプレート:ユニフォームの色

チームカラー

ユニフォームスポンサー

掲出箇所 スポンサー名 表記 備考
タスク・フォース 都市型保育園 ポポラー
背中 ミロク情報サービス MJS
学校法人駒澤学園 駒沢女子大学
パンツ なし -

ユニフォームサプライの遍歴

チーム名変遷

  • 1981年(創部) - 1991年 読売サッカークラブ女子・ベレーザ
  • 1992年 - 1993年 読売日本サッカークラブ女子ベレーザ
  • 1994年 - 1997年 読売西友ベレーザ
  • 1998年 読売ベレーザ
  • 1999年 NTVベレーザ
  • 2000年 - 日テレ・ベレーザ

歴代監督

(日本女子サッカーリーグ開幕以降)

選手(2014年現在)

現在所属している選手

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かつて所属していた選手

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脚註

テンプレート:脚注ヘルプ

  1. 勝ち点17(8勝1分1敗)で並び、得失点差で清水FCを下回った。
  2. 読売新聞社がヴェルディへの出資を引き上げた事によるもの。
  3. 特に深刻だったのは、ベレーザからも大竹・酒井・澤など8選手が参加した1999 FIFA女子ワールドカップでのグループリーグ敗退により、日本代表がシドニーオリンピックへの出場権を逃した事だった。
  4. 国体は通常、都道府県単位で参加となるが必ずしも県内の複数のクラブ・学校などから選手を集結させた「選抜チーム」である必要はなく、単独チームによる参加もできる。2005年は東京都(ベレーザ)のほか数県が単独チームだった。
  5. リーグ、国体、全女選手権の「三冠」は2003年に田崎も達成しているが、その時は国体に宝塚バニーズレディースサッカークラブの選手も参加の混成チームであった。
  6. テンプレート:Cite pressrelease
  7. 東京ヴェルディ会長就任について BUDDY SOCCER CLUB
  8. 澤は2009年と2010年にアメリカ女子プロサッカー(WPS)のワシントン・フリーダムに参加し、シーズン終了後にベレーザに復帰していたため、試合出場数は少なかった。
  9. 2008年の北京オリンピックで8人、2010年のアジア大会で5人いたベレーザ所属選手のうち、岩清水は2011年にベレーザへ残留した唯一の選手である。
  10. テンプレート:Cite pressrelease
  11. 優勝はINAC神戸レオネッサ。

外部リンク

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