わいせつ

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テンプレート:Ambox わいせつ猥褻)とは、社会通念に照らして的に逸脱した状態のことをいう。

概説

犯罪類型としては、日本においては刑法第2編第22章の「わいせつ、姦淫及び重婚の罪」(刑法174条刑法184条)において規定されている。ただ、今日、公然わいせつ罪(刑法174条)等については性的感情に対する罪(社会的法益に対する罪)に分類されるのに対して、強制わいせつ罪等(刑法176条)については性的自由に対する罪個人的法益に対する罪)に分類されるのであり両者では法的性格が異なるものと解されている[1][2]

したがって、通説は性的感情に対する罪における「わいせつ」概念と性的自由に対する罪における「わいせつ」概念は両者の保護法益の観点からその理解を異にする。この点を説明する例示としてキスをする行為が挙げられることがある。強制的にキスをする行為は刑法176条にいう「わいせつな行為」として強制わいせつ罪を構成しうるが、夫婦が公衆の面前においてキスをする行為は刑法174条にいう「わいせつな行為」として公然わいせつ罪を構成するわけではない[3]

刑法においてわいせつな行為とわいせつ物(行為の模倣)とが厳しく区別されずに扱われていることに対する批判もある(丸谷才一編『四畳半襖の下張裁判・全記録』朝日新聞社1976年)。

刑法においては、従来は「猥褻」と表記されていたが、1995年平成7年)の刑法の口語化改正により「わいせつ」と表記が改められた。

性的感情に対する罪

概説

公然わいせつ罪及びわいせつ物頒布罪の保護法益社会的法益である善良な風俗である。

刑法第174条の「わいせつ」について、判例は「徒に性欲興奮又は刺激せしめ、且つ普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義に反するもの」とされる(大判大正7年6月10日新聞1443号22頁、最判昭和26年5月10日刑集5巻6号1026頁)。

わいせつという概念は、法的に定義された概念であるものの、時代と場所を超越した固定的な概念ではない[4]。何がわいせつであるか否かは、その時代、社会文化に対応した一般人のに関する規範意識を根底に置きながら、社会通念によって相対化され、これに対して具体的に判断されるものである。したがってある時代や状況における「猥褻」の判断が普遍的に他のそれにおいて適用されるわけではない。

判例も「性一般に関する社会通念が時と所とによつて同一でなく、同一の社会においても変遷がある」としつつ、「性に関するかような社会通念の変化が存在しまた現在かような変化が行われつつあるにかかわらず、超ゆべからざる限界としていずれの社会においても認められまた一般的に守られている規範が存在することも否定できない」としている(最判昭和32年3月13日刑集11巻39号97頁)。

表現の自由との関係

わいせつ的表現と日本国憲法第21条で保障される表現の自由との関係については学説上も争いがあり、未だに定説がない。

表現の自由が特に重要な人権とされるのは政治問題等に関する自由な言論活動が民主政治の基盤であることを強調する論者は、多くは、営利的表現活動の一部にすぎないわいせつ的表現は憲法21条で保障されるとしても、刑法175条により制約することは許されるとする。

これに対して、表現の自由全体に及ぼす萎縮効果を重視する論者を中心に、刑法175条が過度に広範な規制であるとして日本国憲法の精神の自由に違反するとする見解もある。

判例は、一貫して刑法175条が憲法21条に違反しないとする見解をとっている(最高裁判所大法廷判決昭和32年3月13日刑集11巻3号997ページ(チャタレー事件)及び最高裁判所大法廷判決昭和44年10月15日刑集23巻10号1239ページ(悪徳の栄え事件))。

わいせつ性の判断

わいせつ性の判断について判例は「文書のわいせつ性の判断にあたつては、当該文書の性に関する露骨で詳細な描写叙述の程度とその手法、右描写叙述の文書全体に占める比重、文書に表現された思想等と右描写叙述との関連性、文書の構成や展開、さらには芸術性・思想性等による性的刺激の緩和の程度、これらの観点から該文書を全体としてみたときに、主として、読者の好色的興味にうつたえるものと認められるか否かなどの諸点」を検討することが必要とし、これらの事情を総合し、その時代の健全な社会通念に照らして判断すべきであるとしている(最判昭和55年11月28日刑集34巻6号33頁)。

一方、学界では、相対的わいせつ概念の法理が注目されている。これは、わいせつ物の規制は一応は妥当であるとしつつも、思想性や芸術性の高い文書については、わいせつ性が相対化され、規制の対象から除外されるという理論である。田中二郎判事が初めて提唱した。

わいせつをめぐる最高裁判例の推移

  • チャタレー事件、最高裁大法廷判決、1957年昭和32年)3月13日、刑集11巻3号997頁
    • 「わいせつ文書」に当たるかどうかは、法解釈の問題であり、その判断は裁判官に委ねられている
    • わいせつ三要件
      1. 通常人の羞恥心を害すること
      2. 性欲の興奮、刺激を来すこと
      3. 善良な性的道義観念に反すること
  • 悪徳の栄え事件、最高裁大法廷判決、1969年(昭和44年)10月15日、刑集23巻10号1239頁
    • 芸術的・思想的価値のある文書でもわいせつの文書として取り扱うことは免れない
  • 四畳半襖の下張事件、最高裁第二小法廷判決、1980年(昭和55年)11月18日、刑集34巻6号432頁
    • わいせつ性の判断に当たっては、文書全体としてみたとき、読者の好色的興味に訴えるものであるかどうか否かなどの諸点を検討することが必要で、これらの事情を総合し、その時代の健全な社会通念に照らして、チャタレー事件で示したわいせつ三要件に該当するといえるかどうか判断すべきである。
    • 本判決で、全体的考察という手法を取り入れるとともに、「その時代の」社会通念に照らして判断することを要求することにより、わいせつ概念の無制限な拡大防止を図ったものとされている。
  • 松文館事件、最高裁判所第一小法廷、2007年(平成19年)6月14日、平成17年(あ)1508号
    • チャタレー事件の最高裁判決等を判例として、憲法における表現の自由の侵犯には当たらないと判断、上告不受理を決定。これにより、二審判決の漫画もわいせつ物に当たるという判断を支持し、二審判決が確定した。
  • メイプルソープ事件最高裁判所第三小法廷、2008年平成20年)2月19日、平成15年(行ツ)157号
  1. 我が国において既に頒布され、販売されているわいせつ表現物を税関検査による輸入規制の対象とすることは、日本国憲法第21条1項に違反しない。
  2. 写真芸術家の主要な作品を収録した写真集が関税定率法(平成17年法律第22号による改正前のもの)21条1項4号にいう「風俗を害すべき書籍、図画」等に該当しないとされた事例。

犯罪類型

公然わいせつ罪

公然とわいせつな行為をした者は、6ヶ月以下の懲役若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する(刑法第174条

「公然」とは不特定または多数人が認識しうる状態を指す(最決昭和32年5月22日刑集11巻5号1526頁)。

わいせつ物頒布等の罪

わいせつな文書、図画その他の物を頒布し、販売し、又は公然と陳列した者は、2年以下の懲役又は250万円以下の罰金若しくは科料に処する。販売の目的でこれらの物を所持した者も、同様とする(刑法第175条)。

性的自由に対する罪

概説

強制わいせつ罪(刑法176条)については性的自由に対する罪(個人的法益に対する罪に分類される)として位置づけられ[5][6]強姦罪とその罪質の多くを共有する。強姦罪と異なるのは、強制わいせつ罪の行為が「わいせつな行為」である一方で、強姦罪は「姦淫」であることであり、その結果、強姦罪の客体は女性に限られるのに対して、強制わいせつ罪は性別の制限はない。罪数を観念するとき、法条競合の特別関係にあたり、姦淫の故意が認められれば、強制わいせつは評価されず、強姦罪のみで評価されることから、強姦罪は強制わいせつ罪の特別法の関係にあるともいえる。

刑法第176条の「わいせつ」について、判例は「徒に性欲を興奮または刺激せしめ、且つ普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反すること」とされる(名古屋高裁金沢支判昭和36年5月2日下刑集3巻5=6号399頁)。ただし、本罪の罪質は性的自由に対する罪であるので、性的感情の罪として分類される公然わいせつ罪等でいう「わいせつ」概念とはその内容の点においては異なるとみるのが通説である[7]。下級審にはキスをする行為について強制わいせつ罪の成否が問題となった事例において「すべて反風俗的のものとし刑法にいわゆる猥褻の観念を以て律すべきでないのは所論のとおりであるが、それが行われたときの当事者の意思感情、行動環境等によつて、それが一般の風俗道徳的感情に反するような場合には、猥褻な行為と認められることもあり得る」とした判例がある(東京高判昭和32年1月22日高刑集10巻1号10頁)。

犯罪類型

強制わいせつ罪

13歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした者は、6ヶ月以上10年以下の懲役に処する。13歳未満の者に対し、わいせつな行為をした者も、同様とする(刑法第176条)。本罪は性別を問わず成立する(刑法第177条の場合と異なる)。

準強制わいせつ罪

人の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ、又は心神を喪失させ、若しくは抗拒不能にさせて、わいせつな行為をした者は、第176条の例による(刑法第178条1項)。未遂はこれを罰する(刑法第179条)。本罪は非親告罪である(刑法第180条2項)。

強制わいせつ致死傷罪

強制わいせつ致死傷罪は、強制わいせつ罪又はその未遂罪を犯し、よって人を死傷させる罪で、強制わいせつ罪の結果的加重犯である(刑法第181条1項)。法定刑は無期又は3年以上の懲役である。本罪は非親告罪である(刑法第180条参照)。

脚注

  1. 西田典之 『刑法各論』 弘文堂(1999年)84頁
  2. 林幹人 『刑法各論 第二版 』 東京大学出版会(1999年)91頁
  3. 林幹人 『刑法各論 第二版 』 東京大学出版会(1999年)91頁
  4. テンプレート:Cite web
  5. 西田典之 『刑法各論』 弘文堂(1999年)84頁
  6. 林幹人 『刑法各論 第二版』 東京大学出版会(1999年)91頁
  7. 団藤重光 『刑法綱要各論 第三版』 創文社(1990年)490頁

関連項目

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