光町 (千葉県)
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テンプレート:Infobox 光町(ひかりまち)は千葉県匝瑳郡に存在した町で、2006年3月27日に山武郡横芝町と合併し山武郡横芝光町となった。
目次
地理
千葉県の太平洋側、九十九里平野の中央の若干東側に位置する。町の北部は標高が高い場所もあるが起伏は大きくない。町の中心部は隣の山武郡横芝町とほぼ連続している。 (九十九里平野の長手方向の中央は九十九里浜の中央である箭挿神社がある旧蓮沼村で、幅は中央部で 10km 弱なので海岸から 4km くらい内陸に入った旧蓮沼村、旧松尾町、旧横芝町の町村境あたりが九十九里平野の地理的な中心であり、旧光町 - とはいっても一点ではないのでどこを光町とするかが難しいが - は、中心より 3km ほど東側に位置している。)
隣接していた自治体
歴史
沿革
- 1953年(昭和28年)5月18日 - 国道126号が制定。
- 1954年(昭和29年) 5月3日 - 匝瑳郡の南条村、東陽村、白浜村、日吉村(1948年に香取郡から匝瑳郡へ)の4村が合併して光町が誕生した。
- 2006年(平成18年)
行政区域変遷
- 変遷の年表
光町町域の変遷(年表) | ||
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年 | 月日 | 旧光町町域に関連する行政区域変遷 |
1889年(明治22年) | 4月1日 | 町村制施行に伴い、以下の村がそれぞれ発足。[1] |
1948年(昭和23年) | 11月3日 | 日吉村は匝瑳郡に移行する。 |
1954年(昭和29年) | 5月3日 | 南条村・東陽村・白浜村・日吉村が合併し光町が発足。 |
2006年(平成18年) | 3月27日 | 光町は山武郡横芝町と合併し横芝光町が発足。光町は消滅。 |
- 変遷表
光町町域の変遷表 | |||||||||
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1868年 以前 |
明治元年 - 明治22年 | 明治22年 4月1日 |
明治22年 - 昭和24年 | 昭和25年 - 昭和64年 | 平成元年 - 現在 | 現在 | |||
匝瑳郡 | 小川台村 | 南条村 | 南条村 | 昭和29年5月3日 光町 |
平成18年3月27日 横芝光町 |
横芝光町 | |||
台村 | |||||||||
小田部村 | |||||||||
傍示戸村 | |||||||||
虫生村 | |||||||||
富下村 | |||||||||
芝崎村 | |||||||||
母子村 | |||||||||
両国新田 | |||||||||
宮川村 | 東陽村 | 東陽村 | |||||||
谷中村 | |||||||||
原方村 | |||||||||
目篠村 | |||||||||
上原村 | |||||||||
木戸村 | 白浜村 | 白浜村 | |||||||
尾垂村 | 明治11年 尾垂惣領村 | ||||||||
惣領村 | |||||||||
香取郡 | 篠本村 | 日吉村 | 昭和23年11月3日 匝瑳郡に移行 |
日吉村 | |||||
新井村 | |||||||||
市野原村 | |||||||||
二又村 | |||||||||
宝米村 |
行政
- 町長
経済
- 農業
- 九十九里海岸に面した他の自治体の例に漏れず、シーズンの海水浴客を相手とする観光業
姉妹都市・提携都市
国内
姉妹町
友好都市
地域
教育
交通
鉄道
道路
- 有料道路
- 一般国道
- 主要地方道
- 千葉県道30号飯岡一宮線(九十九里ビーチライン)
- 千葉県道45号八日市場八街線
- 千葉県道49号八日市場栄線
- 一般県道
名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
- 木戸海岸海水浴場
- 成田山本尊上陸記念碑
光町を舞台とした作品
- 『赤い毒の花』(水上勉、1962年)