ラリー・ペイジ
テンプレート:Infobox Engineer ローレンス・エドワード・“ラリー”・ペイジ(テンプレート:Lang-en, 1973年3月26日 - )は、Googleの共同創業者、最高経営責任者(CEO)。ファミリーネームについてはページとの表記もある。2012年9月の時点で203億ドルの純資産を有する [1]。
経歴
アメリカ合衆国・ミシガン州ランシングに生まれる。祖父はゼネラルモーターズの工場労働者。父カール・ビクターはミシガン州立大学(Michigan State University)計算機科学・人工知能教授[2][3]。母グロリアはユダヤ人で、彼女もミシガン州立大学でコンピュータプログラミングの教師をしている[3]。兄のカール・ビクター・ペイジ・ジュニアは、メーリングリストサービスeGroupsの設立者で、後にYahoo!へ売却して財をなした[3][4]。
6歳の頃からコンピュータを触り始める。ミシガン大学で計算機工学を専攻し、1995年に学士(計算機工学)号を取得。卒業後、スタンフォード大学計算機科学の博士課程に進学し、テリー・ウィノグラードの指導の下、ウェブのリンク構造、人間とコンピュータの相互作用、検索エンジン、情報アクセスインタフェースの拡張性、個人的なデータのデータマイニング手法などを研究。
在学中、同じくスタンフォード大学計算機科学の博士課程に在籍していたセルゲイ・ブリンと出会い、The Anatomy of a Large-Scale Hypertextual Web Search Engine(大規模なハイパーテキスト的なウェブ検索エンジンに関する解剖)と題された論文を共著で執筆した。修士号を取得した後スタンフォード大学を休学し[2]、1998年にGoogle社を共同設立。論文はページランク技術(ペイジは、彼の姓に由来)に取り入れられることになった。従業員200人程度の規模になった2001年4月頃まで共同社長兼最高経営責任者を務め、同年7月に最高経営責任者職をエリック・シュミットに譲った。シュミット、ブリン、ペイジによる三頭体制で製品部門担当の社長を務めていたが、2011年4月4日付で最高経営責任者に復帰した。
ミシガン大学工学部の国家諮問委員も務めている。2002年、世界経済フォーラムにてGlobal Leader for Tomorrow(未来のグローバルリーダー)に指名される。2003年には、スペインのIE ビジネススクールから名誉MBAを授与された[5]。2004年には全米技術アカデミーの会員に選出され、2005年からはエックスプライズ財団の理事も務めている[2]。