ニホンカモシカ
ニホンカモシカ(日本羚羊、Capricornis crispus)は、哺乳綱ウシ目(偶蹄目)ウシ科カモシカ属に分類される偶蹄類。単にカモシカとも呼ばれる。
分布
日本(京都府以東の本州、四国、九州)[1][2][3]固有種
「県獣」にカモシカまたはニホンカモシカを定めているのが6県(山形県、栃木県、富山県、山梨県、長野県、三重県)である。
形態
体長105-112センチメートル[2]。尾長6-7センチメートル[2]。肩高68-75センチメートル[1][2]。体重30-45キログラム[1]。全身の毛衣は白や灰色、灰褐色[1]。しかし毛衣は個体変異や地域変異が大きい[1][2]。
角は円錐形[1][3]。角はやや後方に湾曲し、基部に節がある[2]。角長8-15センチメートル[2]。耳介は幅広く、またやや短いため直立しても耳介の先端と角の先端が同程度の高さにある[2]。耳長9-11センチメートル[2]。四肢は短い[2]。
頭骨の額は隆起する[2]。眼窩はやや小型で、涙骨の窪みは前頭骨に達しない[3]。第2前臼歯前端から第3臼歯後端までの最大長(臼歯列長)が左右の臼歯の間の幅よりも長い[2]。
分類
タイワンカモシカを本種の亜種とする説もある[2][3]。橙赤色の個体を亜種C. c. pryeianusとして分ける説もあったが、毛衣が灰褐色の個体と橙赤色の個体が同所的に分布することなどから亜種としての有効性を疑問視する説もある[2]。
生態
低山地から亜高山帯にかけてのブナ、ミズナラなどからなる落葉広葉樹林や混交林などに生息する[1]。季節的な移動は行わない[1][3]。10-50ヘクタールの縄張りを形成して生活し、地域や環境により変異があるがオスの方が広い縄張りを形成する傾向がある[1]。眼下腺を木の枝などに擦り付け縄張りを主張する(マーキング)[1]。縄張りは異性間では重複するが同性間では重複せず、同性が縄張りに侵入すると角を突き合わせて争ったり追い出す[3]。単独で生活し、4頭以上の群れを形成することはまれ[1][3]。木の根元、斜面の岩棚、切り株の上などで休む[3]。
食性は植物食で、広葉草本、木の葉、芽、樹皮、果実などを食べる[1][2]。積雪時には前肢で雪を掘り起こして食物を探す[3]。
繁殖形態は胎生。10-11月に交尾を行う[1]。妊娠期間は215日[1]。5-6月に主に1回に1頭の幼獣を産むが[3]、複数頭を出産することや毎年出産することは少ない[1]。オスは生後3年で性成熟し、メスは生後2-5年(平均4年)で初産を迎える[1]。幼獣は生後1年は母親と生活する[1][2]。生後1年以内の幼獣の死亡率は約50%で、特に積雪が多い年は死亡率が高くなる[3]。寿命は15年だが、雌雄共に20年以上生きた個体もいる[1]。飼育下での記録は33歳(館山博物館カモシカ園「クロ」)
崖地を好み、犬に追われた場合など崖に逃げる傾向が強い。好奇心が強く、人間を見に来ることもあると言う。「アオの寒立ち」としても知られ、冬季などに数時間、身じろぎもせずじっとしている様子が観察される。理由は定かではないが、山中の斜面を生活圏としていることから、反芻(はんすう)をするときに、寝転ぶ場所がないからともいわれている。
カモシカの糞はシカの糞とほぼ同じ形で、楕円形である。野外において、この両者を見分けるのは簡単ではない。一つの目安はシカは糞を少数ずつ散布するが、カモシカは塊を作ることである。盛り上がった糞塊が作られていれば、カモシカの可能性が高い。これは、シカは歩きながら糞をするのに対してカモシカは立ち止まって糞をする傾向があるからである。森下正明は糞塊からカモシカの個体数推定を行うモデルを造った。
人獣共通感染症
1981年12月から1983年3月までに捕獲されたニホンカモシカを対象とした抗体検査では、トキソプラズマ(Toxoplasma gondii)、5種のレプトスピラ、オウム病クラミジア(Chlamydophila psittaci)の抗体を保有する個体の存在が認められた[4]。
人間との関係
1973年から岐阜県、1974年から長野県も林業に対する食害防止のための駆除が進められている[2]。
1934年に国の天然記念物、1955年に特別天然記念物に指定されている[3]。新潟県笠堀の生息地は天然記念物に指定されている。
日本では1965年に日本カモシカセンターが初めて飼育下繁殖に成功した(同個体は1964年にも繁殖例があるが、1963年に脱走中に妊娠したとみなされたため飼育下繁殖とされなかった)[2]。日本国外では1879年にロンドン動物園で飼育された記録がある[2]。中華人民共和国には1972年のジャイアントパンダ提供の返礼として、1973年にペアが贈られ北京動物園で飼育され1975年以降は飼育下繁殖にも成功している[2]。アメリカ合衆国には1976年にロサンゼルス動物園で初めて成体が飼育され、1980年には飼育下繁殖にも成功した(幼獣は生後1か月で死亡)[2]。
昭和27年(1952年)8月1日発行の8円普通切手の絵柄として採用された。カモシカという名称は昔、その毛を氈(かも)と呼んでいたことによる。「氈鹿」のほかに「羚羊」という漢字を宛てることがある。別名を「アオジシ」と言い、マタギのあいだでは単に「アオ」とも呼ばれ、青色の汗をかくと言われる。他にニク、クラシシなどの別名もあり、鬼のような角をもつことから、「牛鬼」と呼ぶ地方もあるとされる[5]。
2008年(平成20年)7月3日にニホンカモシカが富山県舟橋村立図書館に侵入するという騒動があり、全国ニュースになった。騒動から1年目の2009年(平成21年)7月3日に絵本『カモシカとしょかん』(桂書房)が出版された。
画像
- Japanese serow skeleton at Kobe Oji Zoo, Japan.jpg
骨格
- Kamoshika4.JPG
群れ
- Cambridge Natural History Mammalia Fig 176.png
イラスト
参考文献
- 宮尾嶽雄『ニホンカモシカの分布と生活史』「動物と自然」141号 2-7頁 ニュー・サイエンス社 1985年 ISSN 0386-4782
関連項目
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外部リンク
テンプレート:Animal-stubテンプレート:Link GA- ↑ 1.00 1.01 1.02 1.03 1.04 1.05 1.06 1.07 1.08 1.09 1.10 1.11 1.12 1.13 1.14 1.15 1.16 1.17 阿部永監修、阿部永・石井信夫・伊藤徹魯・金子之史・前田喜四雄・三浦慎悟・米田政明 『日本の哺乳類【改訂2版】』 東海大学出版会、2008年、151頁。
- ↑ 2.00 2.01 2.02 2.03 2.04 2.05 2.06 2.07 2.08 2.09 2.10 2.11 2.12 2.13 2.14 2.15 2.16 2.17 2.18 2.19 2.20 今泉吉典監修 『世界の動物 分類と飼育7 (偶蹄目III)』、東京動物園協会、1988年、97-98、148-152頁。
- ↑ 3.00 3.01 3.02 3.03 3.04 3.05 3.06 3.07 3.08 3.09 3.10 3.11 岸本良輔 「ニホンカモシカ」今泉吉典監修 D.W.マクドナルド編 『動物大百科4 大型草食獣』、平凡社、1986年、152-153頁。
- ↑ 鈴木順ほか2名 『野生のニホンカモシカにおける2,3の人畜共通伝染病の交代調査』「岐阜大学農学部研究報告」 49号 253-258頁 岐阜大学農学部 1984年 ISSN 0072-4513
- ↑ 久保敬親 ヤマケイガイド24 『日本野生動物』 山と溪谷社 2001年 ISBN 4-635-06234-1 p.12
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