チャン・リン・スー

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チャン・リン・スー

チャン・リン・スー(Chung Ling Soo, 程連蘇1861年 - 1918年3月24日)は、20世紀前半にイギリスで活躍したアメリカのプロマジシャン。本名はウィリアム・エルワース・ロビンソン(William Ellsworth Robinson)。

1918年3月23日夜のショーの最中に事故が発生し、翌日(3月24日)死亡した。後に、事故を起こした弾丸受け止め術で死亡したマジシャンの一人としても知られることとなった。

中国服に身を包み、長い弁髪を垂らした格好で行う中国風のショーで人気を博し、大成功を収めた。東洋人のアシスタントや豪華なセットは異国情緒に溢れ、それらに見慣れないイギリスで主に活動した。

大砲や巨大地球儀を使った大掛かりなものから、煙や通貨といった手練マジックに加えて、火喰い術や弾丸受け止め術といった危険術もレパートリーとして行った。

本人は「中国人」として生活し、インタビューといった会話も常に中国語通訳を付けていた。顔はドウランによって東洋人風にし、濃いメイクを施した。そのため、誰もチャン・リン・スーを白人とは思わなかったと言われる。

1918年3月23日夜に行われたショーで、トリネタだった弾丸受け止め術の際に銃が暴発。チャン・リン・スーは被弾し、翌3月24日に息を引き取った。被弾時に、初めて英語で「撃たれた!」と叫んだことから身元を調べた結果、本当は白人だったことが分かり、大きな驚きを与えた。

過去、弾丸受け止め術によって20名以上のマジシャンが死亡しているが、その中で最も有名な事例となっている。

参考文献