コスタ=ガヴラス
テンプレート:ActorActress コスタ=ガヴラス(Costa-Gavras、ギリシャ語:Κωνσταντίνος Γαβράς、本名Konstantínos Gavrás、1933年2月13日 - )は、ギリシャ出身でフランスで活動する映画監督、脚本家である。パルム・ドールと金熊賞の2つの最高賞を受賞している。政治的な内容の映画で有名。
娘は『ぜんぶ、フィデルのせい』で長編デビューした映画監督、ジュリー・ガヴラス。息子のロマン・ガヴラスも映画監督。
来歴・人物
1933年2月13日、ギリシアLoutra-Iraiasで生まれる。第二次世界大戦中はペロポネソス半島で過ごし、終戦後はアテネで暮らす。ソルボンヌ大学で学んでいたが中退し、IDHEC(高等映画学院)で映画を学んだ。1958年に25歳で習作短篇を撮ったのち、1960年からアンリ・ヴェルヌイユ、ジャック・ドゥミ、ルネ・クレマン、ジャック・ベッケルらの助監督を経験した。1965年にセバスチアン・ジャプリゾの小説『寝台車の殺人者』を原作にした長篇劇映画『七人目に賭ける男』で、監督としてデビューした[1] 。
政治的な題材をサスペンスタッチに描く作風を特色とし、1969年監督作品『Z』がアカデミー外国語映画賞、カンヌ国際映画祭審査員賞を受賞。1972年『戒厳令』でルイ・デリュック賞を受賞。1982年、『ミッシング』でアカデミー脚色賞、第35回カンヌ国際映画祭パルム・ドールを受賞。1990年、『ミュージック・ボックス』で第40回ベルリン国際映画祭金熊賞を受賞。1998年、永年の業績に対し第5回ルネ・クレール賞を受賞した。
中でも、『Z』、『告白』、『戒厳令』は、彼の“三部作”といわれる(3作ともイヴ・モンタン主演)。
1982年から1987年まで、また2007年以降シネマテーク・フランセーズの理事長を務めている。
2009年、アテネの新アクロポリス博物館の依頼を受け、来場者のための「パルテノン神殿の破壊の歴史」を描いた1分40分程度のフィルムを制作したが、その中のギリシャ正教徒が同神殿に梯子をかけて登り、彫刻を奪う場面が、ギリシャ正教会の圧力で削除された。彼はこの措置に「容認できない」と激しい抗議をしている[2]。
主な監督作品
- 七人目に賭ける男 Compartiment tueurs (1965) ※監督デビュー作
- 奇襲戦隊 Un Homme de Trop (1967)
- Z Z (1969)
- 告白 L'Aveu (1970)
- 戒厳令 État de siège (1972)
- ミッシング Missing (1982)
- Hanna K. (1983)
- 背信の日々 Betrayed (1988)
- ミュージックボックス Music Box (1989)
- マッド・シティ Mad City (1997)
- ホロコースト -アドルフ・ヒトラーの洗礼- Amen. (2002)
- 斧 Le Couperet (2005) ※「フランス映画祭横浜2005」上映時タイトル
参考文献
外部リンク
テンプレート:コスタ=ガヴラス テンプレート:アカデミー賞脚色賞 1981-2000 テンプレート:カンヌ国際映画祭監督賞 1960-1979
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