エーテル型脂質

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エーテル型脂質(エーテルがたししつ)とは、グリセロール骨格に炭化水素エーテル結合した極性脂質である。

エーテル型脂質を極性脂質として有する生物は古細菌と一部の好熱性細菌のみである。他の生物の有する極性脂質は二分子の脂肪酸がグリセロールにエステル結合した構造を取る。

古細菌エーテル型脂質

ファイル:Archaea membrane.svg
古細菌とその他の生物の細胞膜の構造。上:古細菌のリン脂質 (1)イソプレン鎖、(2)エーテル結合、(3)L-グリセロール部、(4)リン酸基。中:細菌および真核生物のリン脂質 (5)脂肪酸鎖、(6)エステル結合、(7)D-グリセロール部分、(8)リン酸基。下:(9)細菌および真核生物の脂質二重膜、(10)古細菌の一部に見られる脂質単重膜。

古細菌を他生物(真核生物バクテリア)と区別する点で、エーテル型脂質の構造がその決め手となる。以下に、古細菌に特有なエーテル型脂質の特徴を列挙する。

  1. グリセロールと炭化水素の結合はすべてエーテル結合である(エステル結合は存在しない)
  2. 炭化水素鎖はイソプレノイドアルコール (C20–C40) のみであり、脂肪酸を持たない。
  3. グリセロール骨格の立体構造sn-グリセロール-1-リン酸型である(他生物では対掌体sn-3位にリン酸が結合する)。
  4. 炭化水素が2本結合したジエーテル型脂質が向かい合って head-to-head 結合を行ない、テトラエーテル型脂質を形成する。

以上は、古細菌のエーテル型脂質の特徴であるが 1, 2, 4 については例外も存在する。

1 の例外については、真正細菌Aquifex pyrophilusThermodesulfobacterium commune もエーテル結合を有する脂質を持つ。2 の例外は極性脂質としてはイソプレノイドは存在しないが、真核生物の場合はステロイド、真正細菌はユビキノンムレイン中間体として存在する。4 の例外は Thermotoga 属や Butyrvibrio 属(ともに真正細菌)でジアボリン酸という脂質が見つかっている。

いずれも極性脂質としては例外的なものではあるが、いまだ古細菌以外の生物で sn-グリセロール-1-リン酸型脂質を持つ生物はみつかっていない。

呼称

この古細菌に特有なエーテル型脂質は命名法が1987年の論文で Nishihara らによって提案された。

  • ジエーテル型 — 「アーキオール」
  • テトラエーテル型 — 「カルドアーキオール」
  • 糖脂質 — 例えばゲンチオビオースであれば「ゲンチオビオシルアーキオール」
  • リン酸基が結合した場合 — 「アーキチジン酸」
  • リン脂質 — 例えばエタノールアミンであれば「アーキチジルエタノールアミン」
  • リン糖脂質 — ゲンチオビオースおよびエタノールアミンであれば「ゲンチオビオシルアーキチジルエタノールアミン」となる

エーテル型脂質の意義

エーテル結合はエステル結合よりも耐熱性が高いといわれており、事実エーテル型脂質を持つ真正細菌はすべて好熱菌である。古くからマグマの中においても生息を続けてくることができたのはエーテル結合の熱安定性に依存すると考えられている。また、好熱菌はアーキオールよりもカルドアーキオールの占める割合が大きくなり、膜の高い耐熱性の要因となっていると思われる。

ただ、好熱菌以外のメタン菌高度好塩菌についてはアーキオールの占める割合こそ多いものの、古細菌のみが sn-グリセロール-1-リン酸型のエーテル型脂質を持つ理由は見出せていない。すなわち、好熱菌以外の古細菌がエーテル型脂質を所持している生理学的意味合いはいまだ見出せていない。

また、古細菌のエーテル型極性脂質が高等生物の用いるエーテル脂質の起源となっている、という説があるが、この脂質も対掌体の関係にあり説得力ある説とはいえない。

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