やすり
やすり(鑢、鈩、英:File )は、細かな部分の研削を行う手動工具で、寸法に合うように削ったり、材料の形状を整えたり、細かい部分の錆を落とすのに使用する。一般的な形状が棒状であることより、棒ヤスリとも呼ばれる。金属部の「目切り部」と握り部の「柄」で構成されている[1]。
やすりの語源は、「鏃(やじり)をする」の「やする」が「ヤスリ」になった説と、ますますきれいに磨くという意味の「弥磨(いやすり)」が「ヤスリ」になった説がある[2]。
なお、紙製のものは紙やすりといわれる。この紙やすりと区別するため、あえて金属やすり、金やすり(かねやすり)と呼ぶこともあるが、単にやすりと言えば元々は金属のものを指した。
海外メーカーでは、時計職人に愛用されているやすりとして、1899年創業のスイスのバローベ社(Vallorbe)がよく知られている[3]。
歴史
長い間職人は、木または金属を加工するのに、やすりを使用してきた。やすりは、考古学者によって紀元前約2000年の物がギリシャのクレタ島で見つかっている。当時のやすりは鋼から手作りで作られ、非常に高価であった。
19世紀に鋼の大量生産が可能となり、やすりの隆起部を鋼棒に切る機械が発明(1864年にW.T.ニコルソンが特許を取得。特許登録No.42216[4])されるまで、やすりは再度鋭くすることができないほどすり減るまで使われた。しかしこれら2つの発明によってやすりのコストが下がり、すり減ったものを目立てするよりも新しいものを買うことが多くなった。
多くの手作りのやすりは、1960年代までシェフィールド(イングランド)で製造されていた[5]。
日本においては、5世紀後半の岡山県隨庵古墳からやすりらしき物が出土しているほか、奈良時代の宮城県東山遺跡からも発掘されている。
やすりの製造は、農村鍛冶の副業から始まり、しだいに手作りの家内工業として発達してきた。明治後半には目立機が考案され、大正初期に目立機が電動化、圧延機も開発されたことにより、量産化が可能となった。戦前までは、大阪、新潟、東京などもやすり産地であったが、戦災で衰退した[6]。広島県呉市仁方地区は戦争の被害が少なく、国内生産量の95%を生産している[7]。
種類
用途別に、鉄工やすり(金やすり)・木工やすり・ダイヤモンドヤスリが主である。
やすりの目には、刃の配列が平行のもの(単目)と交差しているもの(複目)、複目に似ているが刃の構造の少し異なるもの(シャリ目)、曲線のもの(波目)、溝がなく突起を多数備えているもの(鬼目/石目)等がある。また加工物の表面を筋状に加工する「筋目やすり」という特殊なやすりもある。
断面形状は平、半丸(甲丸)、丸、角、三角などの種類がある。他に、先細、鎬(しのぎ)、楕円、刀刃(かたなば)、腹丸(はらまる)、蛤(はまぐり)、両甲(りょうこう)、菱(ひし)がある。
目の粗い順に荒目(粗目)、中目(ちゅうめ)、細目、油目に分かれる。
爪の形を整えるのに使用されるやすりは「爪やすり」といい、簡易なものが爪切りなどに組み込まれている。
最近、硬めのスポンジ表面にサンドペーパー同様の粒子を付けた「スポンジヤスリ」が販売されている。弾力があるので特に曲面の研磨に便利である。また、「ドレッサー」(エヌティ-株式会社登録商標)と呼ばれるホルダーに研磨面を交換可能に取り付けたサンドペーパー感覚のやすりも出ている[8]。
使い方
やすりには刃の方向があるため、押す方向でしか削ることができない。刃の間に加工カスが詰まると切れ味が悪くなるので、ワイヤブラシにより目詰りを落とすことが必要になる。その際、目の方向に沿ってワイヤブラシを動かす。
製造方法
成形(熱間鍛造)、焼きなまし、研磨、目立て、焼入れの工程を経て作られる。
やすりのひとつひとつの刃は、目の数だけたがねを打ち込んで作る[9](しばしば、やすりの目が鋳造で一気にできると思い込んでいる人がいるが、目は鋳造で一気にできるのではない[9])。伝統的な手法は「手ぎり」つまりたがねを手で持ち、つちで一回一回全て人力で打ち込む方法である[9]。現代では機械を用いて連続的に打ち込んで作る場合が多く、だがそれでも人間が目視でやすりの目を確認しながら機械を操作している[9]。やすり工場はあえて窓をふさぐなどして他方向からの光をさえぎり暗くし、一方向からあてることで目を見極めている[9]。美容用(女性の爪用)の高級品などでは、現在でも手ぎりで目をつくっているものがある。手ぎりで丁寧に目をつくり仕上げたものは、爪をみがく時にひっかかりが少なくなめらかであるためである[9]。
焼入れの際に蒸気膜の形成を防止し焼入れ性を向上するため、味噌に塩や硝石などを添加したものが塗布される[10]。味噌が存在しない欧米などでは塩を塗布することが多い。
その他
脚注
- ↑ 『道具のつかい方事典』2002年3月20日発行、株式会社岩崎書店。
- ↑ 広島地区鈩工業組合ホームページ
- ↑ 松本英雄『通のツール箱』2005年6月10日発行 株式会社 二玄社
- ↑ US Directory of American Tool And Machinery Patents Patent: 42,216 File Cutting Machines
- ↑ THOMAS DUTTON 『THE HAND TOOLS MANUAL』p175、2007年発行、TSTC Publishing ISBN 978-1-934302-36-1
- ↑ 「仁方とヤスリ」広島地区鈩工業組合
- ↑ 社団法人日本青年会議所 中国地区広島ブロック協議会『活気ある広島県産業を目指して-12LOM 地場産業の紹介』、2005年、6頁。
- ↑ 青山元男『DIY工具選びと使い方』2008年11月1日発行 株式会社ナツメ社
- ↑ 9.0 9.1 9.2 9.3 9.4 9.5 NHK ひるブラ 2012年3月15日放送
- ↑ ツボサン株式会社 カタログ 2007年 72頁。