豊玉町
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テンプレート:Infobox 豊玉町(とよたまちょう)は、九州の北沖に当たる対馬の中央にあった町。上県郡に属している。
2004年3月1日の合併で対馬市の一部となった。なお、対馬市発足後の住所表記では「とよたままち」に読み方が変更された。
地理
対馬の中央に位置している。
歴史
- 紀元前6000年 水崎浦の海底遺跡[1]
- 紀元前3000年 廻のヌカヌシ遺跡[2]
- 紀元前1世紀 仁位の堂ノ内遺跡[3]
- 神護景雲2年(768年) 波自采女が続日本紀に貞婦と称される
- 承和4年(837年) 和多都美神社に神位を拝受
- 貞和年間(1345年) 宗頼次(仁位宗香)が代官となり、仁位に居を構え栄える
- 応永26年(1419年) 応永の外寇 朝鮮軍が 浅海湾に襲来し尾崎、船越、次いで仁位に入り糠岳の合戦となる。
- 寛文元年 1661年 仁位郡検地
沿革
- 1908年(明治41年)4月1日 - 島嶼町村制施行により、下県郡仁位村・奴加岳村が発足。
- 1955年(昭和30年)3月20日 - 仁位村・奴加岳村が合併し豊玉村が発足する。
- 1975年(昭和50年)4月1日 - 豊玉村が町制施行し豊玉町となる。
- 2004年(平成16年)3月1日 - 美津島町・峰町・上県町・上対馬町・厳原町と合併して対馬市となる。
地名
あ行
- 糸瀬(いとせ)
- 卯麦(うむぎ)
- 大綱(おおつな)
か行
- 貝口(かいぐち)
- 貝鮒(かいふな)
- 唐洲(からす)
- 小綱(こづな)
さ行
- 嵯峨(さが)
- 佐志賀(さしか)
- 佐保(さほ)
- 志多浦(したうら)
- 曽(そ)
た行
- 田(た)
- 千尋藻(ちろも)
な行
- 仁位(にい)
ま行
- 廻(まわり)
- 銘(めい)
や行
- 鑓川(やりかわ)
- 横浦(よこうら)
わ行
- 和板(わいた)
教育
高等学校
中学校
- 豊玉町立加志々中学校(2011年(平成23年)閉校)
- 豊玉町立豊玉中学校
小学校
名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
名所・旧跡
祭事・催事
- とよたま夏まつり
- 豊玉町マラソン大会
- 和多都美神社古式大祭
- いきき豊玉まつり