CMOS
CMOS(シーモス、Complementary MOS; 相補型MOS)とは、MOSFET(金属酸化膜半導体電界効果トランジスタ)を相補形に配置したゲート構造のこと。デジタル回路に用いられる。そこから派生し多義的に多くの用例が観られる(『#その他の用例』参照)。
原理
pチャネルとnチャネル のMOSFETを、相補形に配置したゲート構造である。
CMOSを使った最も基本的な回路である、インバータ(論理反転回路)を右図に示す。この回路において、VddとVssは電源線(VddはVssに対して3〜15V程度の電位差を持つ)で、Aが入力信号線である。Vdd側(図中上側)がPMOS-FETでありVss側(図中下側)がNMOS-FETである。
AがVssと同じ電位を持つとき、上のFETがオンになり、下のFETがオフになる。このため、出力Qの電位はVddとほぼ等しくなる。また、AがVddと同じ電位を持つとき、上のFETがオフになり、下のFETがオンになる。このため、出力Qの電位はVssとほぼ等しくなる。つまり、Aと反対の電位がQに現れる事になる。
特徴
バイポーラトランジスタで構成されるTTLなどは、常に回路に電流が流れつづけるのに対し、CMOSでは論理が反転する際にMOSFETのゲートを飽和させる(あるいは飽和状態のゲートから電荷を引き抜く)ための電流しか流れないため、消費電力の少ない論理回路を実現できる。
また、微細化することにより、単一のMOSFETをスイッチングさせるのに要する電力量を減少させることができる。これにより、スイッチングの高速化、消費電力の低減、集積度の向上が可能である。 電力消費の大半はスイッチングの際に行われるため、回路設計時にスイッチング回数を減らす工夫をすることでも、消費電力の削減ができる。 但し、過度の微細化はゲート漏れ電流を増加させ、非スイッチング時の消費電力を上昇させる結果を招いた。
過去には、CMOSはMOSFETのゲートを飽和させる状態まで電流を流しつづけなければスイッチングが行われないため、TTLやNMOSと比較し動作が遅いという特徴があった。しかし、微細化によるゲート容量の低下とVdd-Vssの低減、さらにはゲート誘電体の変更によってこの欠点は克服されている。
TTLに比べて入力インピーダンスが非常に高いため、入力端子に静電気が蓄積しやすい。また、MOSFETの構造自体が高電圧に対して非常にデリケート(入力ゲートの絶縁層が放電によって破壊されると回復不能となる)であるため、静電気による破損が起きやすい。そのため、通常、静電気による破損を防ぐためのクランプダイオードなどの保護回路が設けられているが、近年の集積回路の微細化によって、静電耐性の低下と静電保護対象の入力端子の増加が問題となっている。テンプレート:See
MOSFETの動作領域における直流伝達特性は、線形領域における出力電圧が入力電圧にほぼ等しいのに対して、飽和領域における出力電圧はゲート電圧からVth「しきい値電圧」を引いた値となる。p-MOSFET が飽和領域のとき n-MOSFET は線形領域であり、n-MOSFET が飽和領域のとき p-MOSFET は線形領域であることより、CMOSの動作領域の殆どを線形領域とすることができる。
CMOS構造にすると、出力電圧範囲は電源電圧範囲に概ね等しくなる。入力信号のしきい値はHの時とLの時で対称となるので、論理回路設計が負論理でも正論理でも電気的な特性に違いがなくなり論理設計の自由度が増す。同時に、電源電圧(動作電圧)の許容範囲も広くなり電気的な設計をしやすくなる。
CMOS構造の論理回路は、電源電圧を低くすると消費電力が少なくなる反面、伝達遅延時間が大きくなる性質を持つ。過去には、CMOSの動作の遅さを嫌い、多くのデジタル回路(特に性能が要求されるコンピュータ)はTTLにより実装されていた。しかし、製造プロセスの改良(主に微細化)により、低電圧動作と高速化の両立が図られたことにより、高速性が求められない用途から徐々にCMOSの利用が多くなった。1990年代には、メインフレームにおいてもCMOSを使用することが主流となり、半導体メモリやマイクロプロセッサなどのロジックICはほとんどがCMOS構造となり、小容量電源回路・アナログ-デジタル変換回路・デジタル-アナログ変換回路などを含むものも製作されるようになった。
使用上の注意点
CMOS構造では、P型半導体とN型半導体が共存するので寄生素子(寄生ダイオード・寄生サイリスタなど)が生じてしまう。このため、何らかの原因で電源電圧範囲を入力電圧が外れると、MOSFETがオンのままとなるラッチアップ現象が発生する。このため、一瞬でも電源電圧範囲を超える可能性がある入力端子には、ダイオードなどによる保護回路を設ける必要がある。なお、これらの保護回路を内蔵したICも存在する(入力トレラント機能)。
入力電圧が電源電位と接地電位の中間になる時には、本来排他的に制御されるべき複数のMOSFETをオンにしてしまう。これにより、最悪の場合電源線と接地線がショートした格好となり、大電流が流れる。(これを貫通電流と呼ぶ。)このとき発生する熱によって、自身が破損してしまうことも多い。このため、電位が不定になる(どこにも接続されない)可能性がある入力端子はプルダウンあるいはプルアップして電位を安定させる必要がある。
CMOS標準ロジックIC
入出力インターフェースがCMOSレベルで統一された、単一電源で動作する集積回路の製品群である。1968年にRCAからCMOS標準ロジックIC、CD4000シリーズとして販売が開始された[1]。
これはすでに1962年に商品化され広く普及していたTTL標準ロジックICとは違い、単純なNOT回路(インバータとも言う)やOR、ANDゲート回路においてさえピン配置が異なったものであった[2]。CD4000シリーズは多くの会社からセカンドソースが売り出された[3]。 CMOS標準ロジックICが発売されるまでの間に既にTTL標準ロジックICで設計された基板が多数開発されていたことと、TTL標準ロジックICは量産による低価格化が進んでいたことから、CMOS標準ロジックICは低消費電力や許容幅の広い電源電圧などの、CMOSの特性が生かされる用途に使われるのみにとどまった。
しかしTTLとピン配置において互換性のある74HCシリーズ(74シリーズと互換性のあるHigh Speed CMOSを表す)が出現し、さらに74HCT(High Speed CMOS TTL compatible)や74ACTのように入力信号の電位条件がTTL互換であり、TTLと直接接続できるタイプが出現するに至った。これによりCMOS標準ロジックは一気に普及し価格も下落したため、現在ではTTL標準ロジックICよりも多く用いられるようになった。
シリーズ型名表示 | 電源電圧範囲 (V) |
遅延 (ns) |
静止時電流 (μA/Gate) |
特徴 |
---|---|---|---|---|
4000 | 3 - 15 | 30 | 200 | RCAがオリジナルの標準品 |
4500 | 3 - 15 | 30 | 200 | モトローラ |
74HC | 2 - 6 | 10 | 23 | 74シリーズとピン配置互換 |
74AC | 2 - 5.5 | 8.5 | 40 | HCを高速化したもの |
74VHC | 2 - 5.5 | 8.5 | 20 | HCを高速化したもの |
74LVX | 2 - 3.6 | 12 | 20 | 3.3V専用 |
74LCX | 2 - 3.6 | 6.5 | 10 | 3.3V専用高速版 |
74VCX | 1.8 - 3.6 | 2.5 | 20 | 2.0V対応 |
CMOS入出力レベル電圧 (V)
- Hiレベル入力電圧 : 0.7×Vdd
- Lowレベル入力電圧 : 0.2×Vdd
- Hiレベル出力電圧 : Vdd-0.8
- Lowレベル出力電圧 : 0.4
Vdd : 電源電圧(TTL回路の慣例に倣い、Vccと記述されることもある。)
その他の用例
イメージングデバイス、特にデジタルカメラにおいて、CMOSイメージセンサを単にCMOSと言う場合がある。個体撮像素子としてCCDイメージセンサが従来ほぼ100%使われてきたが、CMOSイメージセンサも広く使われつつある。
パソコンやワークステーションなどの利用者の間では、現在時刻やハードウェア設定情報(BIOSなどという)などを保持するための不揮発性メモリ、またはそのメモリに保持されているデータそのものを指して、単にCMOSと呼ぶこともある。たとえば「マザーボードが起動しなくなったときはCMOSをクリアする」などと使う(不揮発性メモリ#NVRAMも参照)。
これはPC/AT互換機の分野からの慣習で、IBM PCシリーズではじめてリアルタイムクロックIC(RTC)が搭載されたPC/ATの、モトローラ製RTC ICであるMC146818に由来する。BIOSの設定は、このICの内蔵SRAMに記憶していた。このICは、電源切断時もボタン型電池などによるバッテリーバックアップで動作し続けられるよう、消費電力を低減する必要があったため、時計や電卓などの極省電力機器以外では当時まだ珍しかったCMOSプロセスで製造されていたことから、MC146818自体がCMOSと呼ばれるようになった。さらにこれが転じてBIOSの情報を記憶するメモリのことをCMOSと呼ぶようになった。