セト
セト(Set)、Seth(セトゥ)、Setekh(セテカー)、Setesh、Seti(セティ)、Sutekh(ステカー)、Setech、Sutech、Tabeh、Typhon(タイフォン)とはエジプト神話に登場する神。オシリスの弟。エジプト九柱の神々の一柱。
砂漠と異邦の神であり、キャラバンの守り神である一方で、砂嵐を引き起こしているのも彼であるとされている。神話体系内でもっとも共通する添え名は『偉大なる強さ』。荒々しさ、敵対、悪、戦争、嵐、外国の土地などをも象徴している。ピラミッド文書の一つには、ファラオの強さはセトの強さであるとの記述がある。サハラの民に信仰された神アシュ(Ash)とも関連がある。
セトはジャッカルの頭をした神であると思われているが、壁画などで表現されている彼の頭は実はツチブタのものである。しかし全身が動物化して表現される時はさながらグレーハウンド犬のようである。一般的に四角い両耳、先の分かれた尾、そして曲がって大きく突き出した鼻を持ち、犬、ツチブタ、ジャッカルのほか、シマウマ、ロバ、ワニ、ブタ、そしてカバなどとも結びつけられている。このため、想像上の動物をわざわざ作ってセトに充てた、とする説も存在する(このように、様々な動物を合体させて想像上の動物を作り神に充てる例は多く、他に、トエリスが挙げられる)。
神話によると太陽神ラーとヌトの間に生まれた、オシリスに続く2番目の子。イシスは妹である、ネフティスの兄であり夫、アヌビスの父。王権獲得のため、母親であるヌトの産道を通らず、子宮を破って脇腹から生まれ出てきたがオシリスより先に生まれる事ができなかったとされる。しかし、実際の父はラーではなくゲブであるとの説がある。
嵐の神であることからウガリット神話のバアルとも同一視されアスタルトおよびアナトが妻であるともされた。
当初セトは植物成長の神であるオシリスの逆として見られ、砂漠の王という立場になった。また生命を与える穏やかな Osririan ナイル川とも対比され、荒れ狂う海にも例えられている。更に空の神であるオシリスの子ホルスとも対比されたことから、大地の事象に関連付けられた。彼の呼吸はミミズなどのゼン虫を招くとされ、また金属の鉱石は『セトの骨』と呼ばれた。その類まれなる強さで暗闇と混沌を司る悪魔神アポピスを戦いで打ち破ったと神話に謳われた。このようにセトは人気のあったホルスの立場を次第に取って代わり、紀元前3000年代には特にナイル川下流部の下エジプトのファラオを後援する神として大いに崇められていた。
ところが時代を下るにつれオシリスがもっと重要な神と認知され始めたため、正反対の描写をされてきたセトは悪役の立場を背負わされ、遂には兄オシリスを殺すというエピソードまで生まれた(オシリスとイシスの伝説を参照)。そして、親の敵討ちに乗り出すホルスの敵役にされてしまう。
こうして新たに生まれた神話のエピソードによると、セトとホルスの戦いは80年間に及び、セトはホルスの左の目を奪った。
敗れたセトは、地上の世界を去り地下世界に隠遁した。地上には雷の声として響くだけである。一方で、セトはその類い希なる武力から、ラーの乗る太陽の船の航行を守護する神としても信仰を受け続け、また、太陽の船を転覆を狙う大蛇アポピスを打ち倒すことから、軍神としても信仰された。「王の武器の主人」という称号もあり、ファラオに武術を教える神としても信仰を受けた。信仰の拠点はオンボスが有名で、カデシュの戦いの際にはセトの神官団の率いる軍隊がオンボスからカデシュに向けて行軍をした。
歴代王朝のファラオは、自身がオシリスとセト二人の最強神兄弟の相続人であり、ホルスとセト、つまりは上下エジプトの地位の合体であるとして、その権威を民衆に誇示していた。
第19王朝に入ると、ラムセス家の信仰によりセトは宗教上での復権を果たす。セトの名を冠したファラオが即位したのである。セティ1世である。「セティ」とは、「セト神による君主」という意味である。また、セティ1世の息子であるラムセス2世はセトから弓の使い方を教えられるレリーフや、ホルスとセトに戴冠式の祝福をされる場面を表したレリーフを残している。このようなセト神への信仰から、ラムセス家がセト神の神官の家系であったという説もある。また、第20王朝はセトナクト(「セトによって勝利する」の意味)という名のファラオが興している。