ワインバーグ＝サラム理論

テンプレート:標準模型 ワインバーグ=サラム理論（ワインバーグ＝サラムりろん、Weinberg-Salam theory、WS理論）は、弱い相互作用と電磁相互作用を統一的に記述する電弱統一理論である。グラショウ=ワインバーグ=サラム理論（GWS理論）とも呼ばれる^[1]。

その名の示すとおり、シェルドン・グラショウ、スティーヴン・ワインバーグおよびアブドゥス・サラムの尽力によって完成した。彼ら3人は、この研究により、1979年にノーベル物理学賞を受賞した^[2]。

概要

1961年、シェルドン・グラショウは量子電磁力学と弱い相互作用を統一する枠組みとして、アイソスピンとストレンジネスとの類推から SU(2)×U(1) の対称性を考えた^[3]。これを、自発的対称性の破れを使い、洗練させたのがワインバーグ＝サラム理論である。

連続的な対称性を持った系において、ある種の場がエネルギーが最低の状態（真空）にあるときに、その場がゼロでない値（真空期待値）をもち、対称性を破るようなポテンシャルを実現していた場合、このような対称性の破れ方を自発的対称性の破れという。

南部＝ゴールドストーンの定理によると、対称性が自発的に破れている場合には零質量の南部・ゴールドストーン粒子（en:Goldstone boson）という粒子が現れる。

1967年に発表されたワインバーグ＝サラム理論では、ある形で SU(2)_L×U(1)_Y のチャージを持つヒッグス場を導入し、ヒッグス場とゲージ場のゲージ相互作用において、ヒッグス場が真空期待値をもった時に質量項を持つ3つのゲージ粒子と一つの無質量のゲージ粒子が現れる。これらのゲージ粒子は SU(2)_L および U(1)_Y の場とは別物であり、これらの場の混合によって再定義された場である。場の混合を表す混合角は弱混合角（テンプレート:En）、もしくはワインバーグ角（テンプレート:En）と呼ばれる。ゼロでない真空期待値を持つスカラー場の導入によって質量を持つゲージ粒子の予言に成功しており、その質量はヒッグスの真空期待値の大きさ（246GeV）とゲージ群 SU(2)_L および U(1)_Y に対応する2つのゲージ結合定数によって表され、これらの値は実験から精度よく決まっている。ヒッグス粒子の発見により、実験的にもワインバーグ＝サラム理論は完全実証に至った。

ワインバーグ＝サラム理論の特徴は、高エネルギーの状態（10²GeV）では、ウィークボソンが光子と区別できなかったとしていることである。このエネルギー領域はビッグバンから10^-10秒後の状態に相当し、この状態においては、ヒッグス粒子は約1000兆ケルビンもの高温によって蒸発してしまう。これによって、ウィークボソンはヒッグス粒子の抵抗と無関係になり、光子と区別できなくなる。つまり、宇宙が始まってから10^-10秒より以前では、弱い相互作用が電磁相互作用と区別できず、電弱相互作用として力の統一状態にあったということを意味している。また、この温度においては、クォークとレプトンも質量がゼロになる。（ただし標準模型で扱う質量は基本的にヒッグス粒子による慣性質量であり、この温度において重力子の挙動にも影響があるかどうかは不明である。）

内容

ワインバーグ＝サラム理論はゲージ群テンプレート:Nowrap に対するヤン＝ミルズ＝ヒッグス理論である。 SU(2)_L の部分はウィークアイソスピンなどと呼ばれ、U(1)_Y の部分はウィークハイパーチャージ（弱超電荷）などと呼ばれることもある。

ヒッグス機構により、テンプレート:Nowrap は元の U(1)_Y とは異なる U(1) に破れる。これを電磁相互作用のゲージ群 U(1)_EM と同一視する、と言うのがこの理論における電弱相互作用の統一の流れである。

この理論のゲージ場の部分に含まれるパラメータは二つのゲージ群に対応するゲージ結合定数 g, g'、或いはその組み合わせである素電荷 e と弱混合角 <math>\theta_W</math> である。弱混合角の大きさはテンプレート:Indent である^[4]。

ラグランジアン

電弱対称性が破れる前のラグランジアンはテンプレート:Indent の形で表すことが出来る。

第一項はヤン＝ミルズ項である。

第二項はフェルミオンの運動項で、テンプレート:Indent である。理論に含まれるフェルミオンについて和をとる。

第三項はヒッグスの運動項とポテンシャル項で、テンプレート:Indent である。

第四項は湯川相互作用項である。

ヤン＝ミルズ理論に従い、フェルミオンとヒッグスの運動項の微分は共変微分へと置き換わっている。共変微分はテンプレート:Indent の形で書かれる。T^a (a=1, 2, 3) は SU(2)_L の生成子で、Y は U(1)_Y の生成子である。<math>W_\mu^a, B_\mu</math> はそれぞれのゲージ群に対応するゲージ場で、g, g' はそれぞれのゲージ群に対応する結合定数である。

電弱対称性の破れ

ヒッグス場は SU(2)_L の下でテンプレート:Indent の表現（2表現）をもち、U(1)_Y の電荷 Y=1/2 をもつ。 2表現で変換する場に対する生成子はテンプレート:Nowrap（a=1,2,3; σ はパウリ行列）であり、ヒッグス場に対する共変微分はテンプレート:Indent となる。ゲージ変換の自由度を用いて <math>\Phi_1=0, \Phi_2^\dagger=\Phi_2</math> の形になるように選べば、ヒッグス場のポテンシャル項からテンプレート:Indent \begin{pmatrix}

0 \\ 1 \\

\end{pmatrix} </math> }} の真空期待値をもち、励起状態はテンプレート:Indent \begin{pmatrix}

0 \\ 1 \\

\end{pmatrix} </math> }} となる。ヒッグスが真空期待値をもつとき、ゲージ対称性は第一成分の位相変換テンプレート:Indent の自由度を残して破れる。破れずに残るこの位相変換の生成子はテンプレート:Indent であり、これが電磁相互作用のゲージ群 U(1)_EM の生成子である電荷と同一視される。

対称性が破れた後のヒッグス場に対する共変微分はテンプレート:Indent \begin{pmatrix}

-\frac{ig}{\sqrt{2}} W_\mu^+ \\
\frac{i}{2}\sqrt{g^2+g'^2} Z_\mu \\

\end{pmatrix} + \frac{1}{\sqrt{2}}\begin{pmatrix}

-\frac{ig}{\sqrt{2}} W_\mu^+ h \\
\partial_\mu h +\frac{i}{2}\sqrt{g^2+g'^2} Z_\mu h \\

\end{pmatrix} </math> }} となる。ここで <math>W_\mu^+</math> は <math>W_\mu^1, W_\mu^2</math> の線型結合でテンプレート:Indent(W_\mu^1\mp iW_\mu^2)</math> }} によって定義され、Wボソンと呼ばれる。 <math>Z_\mu</math> は <math>W_\mu^3, B_\mu</math> の線型結合でテンプレート:Indent によって定義され、Zボソンと呼ばれる。ここで <math>\theta_W</math> は弱混合角と呼ばれテンプレート:Indent,~ \cos\theta_W =\frac{g}{\sqrt{g^2+g'^2}}</math> }} で定義される。 <math>Z_\mu</math> に直交するゲージ場テンプレート:Indent は電磁場（光子）と同一視される。

これらのボソンで前述の共変微分を書き換えれば、テンプレート:Indent(W_\mu^- T^- + W_\mu^+ T^+)

-\frac{ig}{\cos\theta_W} Z_\mu (T^3 -\mathcal{Q}\sin^2\theta_W)</math>

}} となる。

<math>A_\mu</math> を電磁場と同一視することから、結合定数は電磁相互作用の結合定数（即ち素電荷 e）と同一視される。テンプレート:Indent</math> }}

ゲージ場の質量

ゲージ場はヒッグス場の運動項テンプレート:Indent の共変微分を通してヒッグス場と相互作用する。

ヒッグス場が、真空期待値を持ち対称性を破るとき、ウィークボソンはヒッグス場の運動項から質量を得て、テンプレート:Indent テンプレート:Indent となる。電弱対称性はウィークボソンの質量程度のエネルギースケールで破れ、このエネルギースケールはウィークスケールと呼ばれる。テンプレート:Indent

理論に含まれるフェルミオン

理論の左手型フェルミオンとその表現
場	記号	SU(2)_L	U(1)_Y
クォーク^[5]	<math>Q_i = \begin{pmatrix} u_i \\ d_i \\ \end{pmatrix}</math>	2	+1/6
上系列反クォーク	<math>U_i = u_i^c</math>	1	-2/3
下系列反クォーク	<math>D_i = d_i^c</math>	1	+1/3
レプトン^[5]	<math>L_i = \begin{pmatrix} \nu_i \\ e_i \\ \end{pmatrix}</math>	2	-1/2
反荷電レプトン	<math>E_i = e_i^c</math>	1	+1

弱い相互作用はパリティ対称性を破っており、ベータ崩壊はV-A相互作用と呼ばれる形をしている。これは左手型粒子のみが相互作用をして、右手型粒子（左手反粒子）は相互作用をしない。

これを反映して左手粒子はクォークの上系列と下系列、レプトンではニュートリノと荷電レプトンが二重項となって^[5] SU(2)_L の下で非自明な表現となり、左手反粒子は自明な表現となる。

フェルミオンの左手型と右手型でゲージ群のチャージが異なり、ゲージ不変な質量項を持つことが出来ない。

添え字 i=1, 2, 3, ... は世代数を表し、c は荷電共役を表す。テンプレート:-

SU(2)_L の下で 2表現で変換する場に対する生成子はパウリ行列であり、例えばクォークに対してテンプレート:Indent として Q=T³+Y を再現するように Y を決める。

相互作用カレント

ゲージ場はフェルミオンの運動項テンプレート:Indent の共変微分を通してフェルミオンと相互作用する。

対称性が破れたとき、ゲージ場はフェルミオンとテンプレート:Indent(W_\mu^- J_\mathrm{charged}^\mu + W_\mu^+ J_\mathrm{charged}^{\mu\dagger})

+ \frac{g}{\cos\theta_W} Z_\mu J_\mathrm{neutral}^\mu</math>

}} の形で相互作用をする。

電磁カレント

電磁場 A と結合する相互作用カレントテンプレート:Indent は、量子電磁力学と同じものである。

荷電カレント

Wボソンと結合する相互作用カレントテンプレート:Indent は荷電カレント（テンプレート:En）と呼ばれる。このカレントはベータ崩壊などの粒子の種類を変える相互作用として既に知られていたカレントである。 SU(2)_L の二重項に対しては T^- が具体的にテンプレート:Indent となるので、荷電カレントはテンプレート:Indent となる。

低エネルギーではテンプレート:Indent となってフェルミ相互作用と比較すればフェルミ結合定数がテンプレート:Indent = \frac{g^2}{8M_W^2}

= \frac{1}{2v^2}</math>

}} として真空期待値 v と関係付けられる。

中性カレント

Zボソンと結合する相互作用カレントテンプレート:Indent はテンプレート:仮リンク (テンプレート:Lang-en-short) と呼ばれる。このカレントはこの理論によって予言された相互作用である。この形の相互作用が発見されたことによってグラショウ、サラム、ワインバーグはノーベル賞を受賞した^[2]。

フェルミオンの質量

フェルミオンとヒッグスは湯川相互作用項で結合する。テンプレート:Indent ここで、テンプレート:Indent である。<math>y^{(e)}, y^{(d)}, y^{(u)}</math> は湯川相互作用の結合定数である。

なお、湯川相互作用の形はゲージ原理から要請されるものではないが、例えばレプトンの項で、<math>\Phi^\dagger L</math> の部分は SU(2)_L 一重項となり、U(1)_Y も Y=-1/2+(-1/2)=-1 となっていて（<math>\Phi^\dagger</math> は複素共役で符号が変わって Y=-1/2 である）、<math>E</math> と相殺され、全体としてゲージ不変性が保たれている。

ヒッグスが真空期待値を持ち、対称性を破るとき、テンプレート:Indent テンプレート:Indent となって、フェルミオンが質量を得る。ユニタリ変換で行列 <math>M^{(e)}</math> を対角化するように取り直せば、e₁=e, e₂=μ, e₃=τ, ... となる。同様に <math>M^{(d)}, M^{(u)}</math> を対角化すれば、d₁=d, d₂=s, d₃=b, ... , u₁=u, u₂=c, u₃=t, ... となる。このとき、<math>u_i</math> と <math>d_i</math> は二重項 <math>Q_i</math> として変換するので、それぞれを同時に対角化できない。その際のずれがCKM行列である

脚注

テンプレート:Reflist

参考文献

論文

参考書籍

外部リンク

↑ 内山龍雄 12章

↑ ^2.0 ^2.1 1979年ノーベル物理学賞

↑ Glashow (1961)

↑ Particle Data Group

↑ ^5.0 ^5.1 ^5.2 理論の段階では上下の粒子の区別はなく、ヒッグス機構により対称性が破れた後に区別が生じる。

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