鶴田知也

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鶴田 知也(つるた ともや、1902年2月19日 - 1988年4月1日)は日本の小説家。 

福岡県小倉市大阪町(現:北九州市小倉北区)出身。福岡県立豊津中学校(現福岡県立育徳館高等学校)卒業。上京し植村正久の神学校東京神学社に入学するも中退し北海道へ渡る。農夫、馬車曳き、職工などで全国を渡り歩き、葉山嘉樹のもとで名古屋市で労働組合運動に挺身、山川均らに感化された民主主義運動に加わる。終戦後には日本社会党に入党し、日本農民文学会また社会主義文学クラブなどの発足に尽力した。 

『コシヤマイン記』で第3回芥川龍之介賞受賞。叙事詩風の作風をとりながら、資本と労働との激しいせめぎあいを体験してきた作者の、悲痛なまでの思い入れが切ない。『ハッタラはわが故郷』で小学館児童文化賞受賞。

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