船場太郎
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テンプレート:政治家 船場 太郎(せんば たろう、1939年11月8日 - )は、日本のコメディアン・政治家。本名・松原 昌平。大阪府大阪市旭区出身。
来歴・人物
大阪府立旭高等学校を卒業後、和田弘とマヒナスターズのバンドボーイ、初舞台は1959年2月11日に日劇で行われた、「第2回 日劇コーラスパレード」というショウのイベントであった。そのイベントはザ・ピーナッツの初舞台でもあった。のちに喜劇に転じ「マヒナ太郎」の名を名乗る。その後劇団・笑いの王国に在籍、花登プロダクションを経て、1965年吉本新喜劇に入団。
「せん、ばたろうです」「クワ~クワ~クワ~」のギャグで人気者となり、主に二枚目役を演じ、座長も務めた。岡八朗・花紀京・原哲男・木村進(三代目博多淡海)・間寛平等と共に活躍、『吉本新喜劇やめヨッかな?キャンペーン』後は脇役に回り、1991年に退団。同年、大阪市議選(都島区)に無所属で出馬し当選。その後自由民主党入党、4期目の2003年6月21日から1年間、第99代大阪市会議長を務めた[1]。
2005年10月25日、市政改革のため突如辞任した關淳一大阪市長の出直し選挙で、所属する自由民主党からも、市議会与党の公明党からも推薦を得られなかったにもかかわらず、引き続き大阪市職員組合からの選挙協力を予定していた市長に対抗して出馬表明した[2]が、關市長が職員組合から選挙協力を断ち切ったため、同年10月28日に出馬を取りやめた[3]。