弘法の松
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弘法の松(こうほうのまつ)は、神奈川県川崎市麻生区百合丘2丁目に存在した木。宅地化してわかりづらいが、丘陵地の尾根部にあたる。古くから住む人の間では、弘法松と呼ばれていたが、周辺が宅地化されていくにつれて、いつしか、弘法の松と呼ばれるようになってしまった。
由来
弘法の松の「弘法」とは弘法大師のことである。かつて弘法大師がこの地を訪れ、百つの谷があれば、寺を建立しようとしたが、谷が九十九しかなかったため、これを断念し、その代わりにマツを植えたのが始まりとされている。
その後
元々は立派に成育したマツ(樹高30m、目通り11m)であったが、1956年12月に起きた火災によって一部焼失、1960年代半ばまで残っていたが、倒木の危険のため伐採。切り株の一部のみが残された。
現在
現在、周辺は「弘法の松公園」として整備されている。2007年の1月現在では切り株も除去されており、跡地だけが残っている。
民話
昔、若者が、目の見えなくなった母親のために、医者に薬を取りに行った帰り、疲れて、弘法松の下で居眠りをしてしまった。その時に見た夢のお告げの通り、弘法松の湧き水と松をせんじたものを飲ませたら、目が見えるようになった。しかし、その後、他の村人が辺りを探しても、湧き水は出なかった。その後、その話が、周辺に伝わり、松の皮を剥ぐ者が多くなった。困った村人は、役場に頼んで、松の周りに柵をしてもらったが、いつしか、騒ぎも収まり、いつのまにか、その柵も朽ちてなくなった。