窒素固定
窒素固定(ちっそこてい)とは、空気中に多量に存在する安定な(不活性)窒素分子を、反応性の高い他の窒素化合物(アンモニア、硝酸塩、二酸化窒素など)に変換するプロセスをいう。
自然界での窒素固定は、いくつかの真正細菌(細菌、放線菌、藍藻、ある種の嫌気性細菌など)と一部の古細菌(メタン菌など)によって行われる。これらの微生物には、種特異的に他の植物や、動物(シロアリなど)と共生関係を形成しているものもある。また、雷の放電や紫外線により、窒素ガスが酸化され、これらが雨水に溶けることで、土壌に固定される。
また、人工的に窒素分子を他の窒素化合物に変換する手法も幾つか開発されており、工業的に非常に重要な位置を占めている。
生物学的窒素固定
ある種の細菌がもっている酵素のニトロゲナーゼは、大気中の窒素をアンモニアに変換するはたらきを持ち、この作用を生物学的窒素固定といい、窒素固定を行う微生物をジアゾ栄養生物 (diazotroph) という。
ニトロゲナーゼによる窒素固定反応は、次式のように表される。
この反応による直接の生成物はアンモニア(NH3)であるが、これはすぐにイオン化されてアンモニウム(NH4+)になる。生きているジアゾ栄養生物であれば、ニトロゲナーゼで作られたアンモニウムは、グルタミンシンセターゼ/グルタミン酸シンターゼ経路によって同化され、グルタミン酸塩となる。また、亜硝酸菌や硝酸菌といった硝化細菌の存在下では、最終的にアンモニウム塩は硝酸塩として、植物が利用できる形になる。
生物学的窒素固定はオランダの微生物学者、マルティヌス・ベイエリンクとロシア(ウクライナ)のセルゲイ・ヴィノグラドスキーによって発見された。
マメ科植物との共生的窒素固定
クローバーなどのマメ科植物は根に根粒があり、窒素化合物を生産する根粒菌(リゾビウム属)の共生細菌を宿しているため、土壌を肥やすはたらきをすることが知られている。マメ科の大部分はこの共生関係を持つが、2,3の属(例えば、Styphnolobium)は持っていない。
マメ科植物に荒れ地でも生育可能なものが多いのは、いわば根で窒素肥料が合成できるためである。また、沖縄のギンゴウカン群落に見られるように、ある種のマメ科植物は土質を窒素過多にし、そのため他の植物の侵入が困難となり、長期にわたって単独種の群落を維持する場合がある。
マメ科以外との共生的窒素固定
以下の植物は、マメ科植物と同様に窒素固定生物と共生している。共生微生物はそれぞれ異なっており、藍藻や放線菌と共生するものもある。
- テンプレート:Snamei や、その他の地衣類
- アカウキクサ属のシダ植物 (テンプレート:Snamei sp.)
- ソテツ
- グンネーラ属の各種植物
- ハンノキ属 (テンプレート:Snamei sp.)
- ソリチャ属 (テンプレート:Snamei sp.)
- ヤマモモ (テンプレート:Snamei sp.)
- マウンテン・マホガニー (テンプレート:Snamei sp.)
- ビターブラッシュ (テンプレート:Snamei)
- バッファローグミ (テンプレート:Snamei)
- モクマオウ (テンプレート:Snamei sp., テンプレート:Snamei sp.)
- 珪藻 (テンプレート:Snamei sp. など)
化学的窒素固定
窒素は人工的にも固定され、肥料をはじめ様々な工業プロセスに使用されている。最も一般的な方法はハーバー・ボッシュ法によるものである。人工肥料の生産は非常に大きな量に達しており、現在では地球の生態系において最大の窒素固定源となっている。
また、高温高圧を必要とするハーバー・ボッシュ法に代わる新たな化学的窒素固定の研究も行われており、これまでにモリブデンやタングステンの錯体を用いて、温和な条件で窒素をアンモニアまで還元した例が報告されている。例えば、西林仁昭のグループは、モリブデン触媒を用いて、窒素 1分子、コバルトセン 6分子、ルチジントフラート 6分子から、常温常圧でアンモニア 2分子が得られる事を報告している。しかし、従来のハーバー・ボッシュ法に比べると1万倍以上の費用が掛かる為、現在でも、ハーバー・ボッシュ法に代わる化学的窒素固定は開発されていないと言える。
窒素固定の総量
全世界のアンモニアの年間生産量(2010年)は1.6億tで、そのうち8割が肥料用であると言われている[2]。生物による窒素固定は1.8億t、雷等の自然放電による生成と排気ガスのNOxで0.4億tと言われている[3]。