火野葦平
火野 葦平(ひの あしへい、1907年(明治40年)1月25日 - 1960年(昭和35年)1月24日)は、昭和期の小説家。本名玉井勝則。
人物
福岡県遠賀郡若松町(現北九州市若松区)で沖仲仕「玉井組」を営んだ玉井金五郎の三男二女の長男として生まれる。自伝的作品『花と竜』等に書かれているように父・金五郎は現在の愛媛県松山市の出身、母・マンは現在の広島県庄原市の出身。
旧制小倉中学校(現福岡県立小倉高等学校)卒業、早稲田大学英文科中退。『糞尿譚』で芥川賞を受賞、その後の『麦と兵隊』は大きな評判をよび、『土と兵隊』、『花と兵隊』とあわせた「兵隊3部作」は300万部を超えるベストセラーとなった。著述業と共に「玉井組」二代目も務める。
麦と兵隊など、兵隊小説作家として知られるが、一方で河童の登場する作品が多く残る。その数、小説、随筆、童話などで、100点を超えるという。芥川龍之介を敬愛しているが、芥川が「フィクションによってしか語れぬ事実がある」と、河童を通して社会を風刺したのに対し、葦平は、「私の描く河童が理屈っぽく、風刺的に、教訓的になることを警戒していた」と書いている。また、「河童が私の文学の支柱であることになんの疑いもない」と書いている。[1]
三男・史太郎は、旧宅を利用した記念館「河伯洞」の館長。
なお、妹の息子(火野の甥にあたる)が、ペシャワール会の医師中村哲である。
経歴
小倉中学校(現福岡県立小倉高等学校)時代から文学に関心をよせ活発に活動。第一高等学院入学後、童話集を自費出版する。1926年(大正15年)、早稲田大学英文科に入学し、寺崎浩や田畑修一郎らと同人誌「街」を創刊、小説や詩を発表していたが、1928年(昭和3年)二月、兵役で福岡第24連隊に入営。春に所持品にレーニンの訳書を見つかり同年暮れに降格除隊。入営中、父親が大学に退学届けをだしていたので除隊後は、家業の沖仲士の組頭「玉井組」を継いだ。これを機に火野は文学書を全て処分し左翼関係書籍に没頭、若松港湾労働者の労働組合を結成するなど労働運動にも取り組む。1932年(昭和7年)検挙されて転向し、地元の同人詩誌「とらんしつと」に参加して再び文学活動を開始する。1930年(昭和5年)8月に日野徳七の養女で芸者の徳弥こと日野ヨシノ(良子)と駆け落ち結婚、9月には長男闘志が生まれる。1934年(昭和9年)筆名を火野葦助から火野葦平にあらためる。
1937年(昭和12年)に日中戦争に応召し、出征前に書いた『糞尿譚』が翌年に第6回芥川賞を受賞したことを陣中で知る。戦地で行なわれた授賞式には日本から小林秀雄がおもむいた。その後報道部へ転属となり、軍部との連携を深めた。戦闘渦中の兵隊の生々しい人間性を描き、戦地から送った従軍記『麦と兵隊』が評判を得て人気作家となり、帰還後も「兵隊作家」ともてはやされた。太平洋戦争中も各戦線におもむき、従軍作家として活躍した。攻略直後の南京に入り、それに至る進撃路において捕虜が全員殺害される様子を手紙に書いている。
戦後は、「戦犯作家」として戦争責任を厳しく追及され、1948年(昭和23年)から1950年(昭和25年)まで公職追放を受けるが、追放解除後も、若松の「河伯洞」と東京の「鈍魚庵」を飛行機で往復するなど活動し、九州男児の苛烈な生き方を描いた自伝的長編『花と竜』や自らの戦争責任に言及した『革命前後』など数多くの作品によって文学的力量を発揮し、再び流行作家となった。
60年安保発効の五日後の1960年(昭和35年)1月24日、自宅の書斎で死去。享年53。晩年は健康を害していたこともあり最初は心臓発作と言われたが、死の直前の行動などを不審に思った友人が家を調べると、「HEALTH MEMO」というノートが発見された。そこには、「死にます、芥川龍之介とは違うかもしれないが、或る漠然とした不安のために。すみません。おゆるしください、さようなら」と書かれていたという。その結果、睡眠薬自殺と判明した。このことは13回忌の際に遺族によりマスコミを通じて公表され、社会に衝撃を与えた。その時、ニュースで報じた告別式の映像がKBCの映像資料[2]として現在も保管されている。
同年5月、『革命前後』および生前の業績により日本芸術院賞を受賞。
著作
- 山上軍艦 詩集 とらんしつと詩社 1937.10
- 『糞尿譚』小山書店、1938 のち新潮文庫、角川文庫、講談社文芸文庫
- 『麦と兵隊』改造社、1938 のち新潮文庫、角川文庫
- 『土と兵隊』改造社、1938 のち新潮文庫、角川文庫
- 広東進軍抄 附・煙草と兵隊 新潮社 1939
- 『花と兵隊』改造社 1939 のち新潮文庫、春陽文庫
- 戦友に愬ふ 軍事思想普及会 1939
- 海南島記 改造社 1939
- 『雑誌 兵隊』(初代編集長)1939(2004復刻 刀水書房)
- 河童昇天 改造社 1940
- 河豚 新潮社 1940 (昭和名作選集)
- 『兵隊について』改造社 1940
- 『山芋日記』小山書店 1940
- 伝説 小山書店 1941
- 『百日紅』新声閣 1941
- 五平太船 利根書房 1941
- 春日 短篇集 甲鳥書林 1941
- 『幻燈部屋』改造社 1942 のち角川文庫
- 『神話』(第二部)
- 『新市街』(第三部)
- 『花扇』(第四部)風雪社 1947
- 『水祭』(第五部)
- 『夜鏡』(第六部・完)
- 花の命 實業之日本社 1942.10
- 『兵隊の地図』改造社 1942
- ハタノウタ 學藝社 1942.4 (國民學校聖戦讀本)
- 真珠艦隊 朝日新聞社 1943
- ヘイタイノウタ 成徳書院 1943 (少国民大東亜戦記)
- 戦列の言葉 二見書房 1943
- 詩集『青狐』六興商会 1943
- 祈祷 豊国社 1943
- 歴史 生活社 1943
- 歩哨線 大東亜出版 1944
- 比島民譚集 大成出版 1945.2
- 『陸軍』朝日新聞社 1945.8
- 色名帖 九州書房 1946
- 『怒濤』文芸春秋新社 1947
- 月明 日東出版社 1947
- 『夜景』世間書房 1947
- 黄金部落 全国書房 1948
- 一椀の雪 展文社 1948
- 戯曲『陽気な地獄』新文芸社 1948
- 『歌姫』大日本雄弁会講談社 1948
- 河童 早川書房 1949
- 悲恋 洋元書房 1949
- 首を売る店 童話集 桐書房 1949
- 『青春と泥濘』六興出版社 1950
- 『悲しき兵隊』改造社 1950
- 天皇組合 中央公論社 1950
- 新遊侠伝 ジープ社 1950
- 日本艶笑滑稽譚 東京文庫 1950
- 昭和鹿鳴館 比良書房 1950
- 追放者 創元社 1951
- 中国艶笑風流譚 東京文庫 1951
- 赤道祭 新潮社 1951 のち角川文庫
- 動物 北辰堂 1951 改題「馬と死刑囚」
- 私版金色夜叉 湊書房 1951
- 雲を呼ぶ笛 双葉書房 1952 (ふたばフレンド・ブック)
- 虹を求めて 講談社 1952 (少年少女評判読物選集)
- 東洋艶笑滑稽聚 東京文庫 1952
- バタアン死の行進 小説朝日社 1952
- 街の灯 大日本雄弁会講談社 1952 (傑作長篇小説全集)
- かっぱの皿 学風書院 1952
- 鈍魚の舌 創元社 1952
- 雲は七色 小説朝日社 1953
- 返り花 長篇小説 主婦之友社 1953
- 花と竜 新潮社 1953 のち文庫、角川文庫
- 叛逆者 文芸春秋新社 1953
- 海底火山 秋田書店 1953
- 女侠一代 現代社 1954
- 思春期 現代社 1954
- 琉球舞姫 山田書店 1954
- 活火山 新潮社 1954
- 戦争犯罪人 河出書房 1954
- 河童漫筆 朋文堂 1954 (旅窓新書)
- 燃える河 山田書店 1954
- 七色少女 同和春秋社 1954 (昭和少年少女文学選集)
- 美女と妖怪 私版聊斉志異 学風書院 1955
- 世にも不思議な夫婦愛のものがたり 学風書院 1955
- かっぱ十二話 随筆集 学風書院 1955
- 天国遠征 大日本雄弁会講談社 1955 (ロマン・ブックス)
- 海は七色 大日本雄弁会講談社 1955 (ロマン・ブックス)
- 河童ものがたり 新潮社 1955 (小説文庫)
- 赤い国の旅人 朝日新聞社 1955
- 蕎麦の花 かっぱ小説集 1955 (河出新書)
- 露地の女王 鱒書房 1955 (コバルト新書)
- 花園を荒す者は誰だ 大日本雄弁会講談社 1956 (ロマン・ブックス)
- 小説欧羅巴 北辰堂 1956
- ある詩人の生涯 三笠書房 1956
- 『沈まぬ太陽』大日本雄弁会講談社 1956 (ロマン・ブックス)
- パノラマ世界 同光社 1956
- 『青春発掘』東方社 1956
- 馬賊芸者 同光社 1956 (大衆小説名作選)
- ただいま零匹 新潮社 1956
- 火野葦平読物文庫 第1-3 学風書院 1956
- 日本艶笑物語 1956 (河出新書)
- 河童曼陀羅 四季社 1957
- 新戦友愛物語 小壷天書房 1957
- 日本金鈴会 小壷天書房 1957
- 『氷と霧』宝文館 1957
- ちぎられた繩 小壷天書房 1957
- 河童七変化 宝文館 1957
- 魔の河 光文社 1957
- コマよまわれ 新潮社 1957
- 火野葦平選集 全8巻 東京創元社 1958-1959
- 女 五月書房 1958
- 河童会議 文芸春秋新社 1958
- 亡霊の言葉 怪奇推理小説 五月書房 1958
- 花のある場所 五月書房 1958
- 雲を呼ぶ声 講談社 1958 (ロマン・ブックス)
- 『青春の岐路』光文社 1958
- 燃える河 小壷天書房 1958
- 日本八景 光文社 1958
- 金銭を歌う 筑摩書房 1958
- 百年の鯉 筑摩書房 1958
- 王者の座 弥生書房 1958
- 魔女宣言 角川書店 1959
- 北九州(編)宝文館 1959 (日本の風土記)
- 幻の街 東方社 1959
- アメリカ探険記 雪華社 1959
- 九州歴史散歩(編)1959 (河出新書)
- 革命前後 中央公論社 1960
- 酒童伝 光文社 1960 (カッパ・ブックス)
- 『花の座』新潮社 1960
- 『恋愛家族』講談社 1960
- 詩神 筑摩書房 1960
- 火野葦平兵隊小説文庫 全9巻 光人社 1978-1980
- 盲目の暦 創言社 2006.6
- 『帝釈峡記』
- 『修験道』
- 『海と兵隊』
- 『雨後』
- 『オロンガポの一日』
- 『敵将軍』
- 『中津隊』
- 『南方要塞』
- 『ちぎられた縄』
- 『夜汽車』
- 『花の下の井戸』
- 『馬と人参』
- 『象と兵隊』
- 『土と兵隊 麦と兵隊』社会批評社 2013.5
- 『花と兵隊』社会批評社 2013.7
- 『密林と兵隊』(原題「青春と泥濘)社会批評社 2013.9
- 『革命前後』(上巻・下巻)社会批評社 2014.2
脚注
外部リンク
テンプレート:芥川賞- ↑ 志村有弘『福岡県文学事典』2010年、勉誠出版P83-84
- ↑ 九州朝日放送創立50周年 KBCアーカイブズ