川上駅

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ファイル:Kawakami eki.jpg
1977年、国鉄池北線時代の川上駅と周囲500m範囲。左上が北見方面。単式ホーム1面1線。かなり早い時期に側線が全て撤去されているため痕跡が見当たらないが、かつては駅裏側に貨物積卸線と、駅舎横の池田側に貨物ホームと引込み線を有していた。ここも木材搬出駅として、周囲を木材が取り囲んでいた時期があった。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成

川上駅(かわかみえき)は、北海道足寄郡陸別町字利別川上62[1]にあった北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線である。ふるさと銀河線廃線に伴い、2006年(平成18年)4月21日廃駅となった。電報略号ハミ

駅構造

単式ホーム1面1線を有する地上駅。大正9年に作られた木造駅舎がほぼ当時の姿で廃止後も残っていたが既に撤去されている。

駅周辺

周囲に民家は全くない。数十メートル先に鉄道官舎が一軒あるのみである。

歴史

木材資源を搬出することを目的として、1920年(大正9年)に設置された。

昭和初期までは駅裏土場の利別川側に富士製紙の流送木材陸揚網羽も設置されており[2]、1923年(大正12年)には年間乗降数29,000人(1日あたり約80人)の利用があった[3]。また、第二次世界大戦後も陸別営林署の伐採事業による当駅の利用があったが、トラック輸送への切り替えのほか、木材需要の低迷などが原因となり昭和30年代後半には周辺がほぼ無人地帯となったこともあって徐々に利用が少なくなり、国鉄時代末期は1日あたりの統計上の利用者数が0人の状態がつづいていた。

川上駅周辺は最低気温がマイナス30度を下回る日本でも有数の極寒地として知られているほか、駅舎の状態や付近が無人地帯であることから、大学のサークルにおける「耐寒合宿」でも使用された[4]

沿革

隣の駅

北海道ちほく高原鉄道
ふるさと銀河線
分線駅 - 川上駅 - 小利別駅

脚注

  1. 『10年』 p. 104
  2. 陸別町郷土叢書第4巻「叢樹にいどむ」 (陸別町、1993年)
  3. 陸別町史 通史編 P.508 (陸別町、1994年)
  4. 『北の銀河鉄道』p.155 (佐藤正之 著、日本評論社、1996年) ISBN 4-535-58218-1
  5. 『JR釧路支社』 p. 82
  6. 『JR釧路支社』 p. 96
  7. 『JR釧路支社』 p. 97
  8. 『JR釧路支社』 p. 122
  9. 『10年』 p. 105

参考文献

関連項目

テンプレート:北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線