阪急5100系電車

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テンプレート:複数の問題 テンプレート:鉄道車両 阪急5100系電車(はんきゅう5100けいでんしゃ)は、1971年昭和46年)から製造された阪急電鉄(以下「阪急」)の通勤形電車である。

本項目では解説の便宜上、梅田寄り先頭車+F(Formation=編成の略)を編成名として記述(例:5128以下8両編成=5128F, 5102以下6両編成=5102F)する。中間に組み込まれている先頭車は基本的に考慮しない。

概要

神戸線用の架線電圧1500V専用車5000系、5000系の試作冷房搭載車5200系に続く、本格的冷房搭載車として製造された形式。冷房車を各線均等に配置するためにそれまで神戸線、宝塚線神宝線)系統の車両と京都線系統の車両とで異なっていた機器類の規格が極力統一され、全線での運行に配慮した設計となっている。5200系以前の車両は、神宝線用と京都線用の車両で空気関連機器と電気関連機器の艤装位置が逆で、神宝線が(梅田駅基準で)電気機器東側、京都線が電気機器西側であったが、5100系以降の神宝線用車両はすべて京都線車両と同じく電気機器が西側に艤装されることになった。当初は京都線にも配置されていたが後に京都線に5300系が投入されたため神宝線に集められた。

当初形式は「6000系」となる予定であったが、京都線に乗り入れていた大阪市交通局60系(車体に掲出されている番号は4桁の6000番台)との番号の重複が管理上問題となり、それを避けるために空いていた5000系と5200系の間の「5100系」が付番された[1][2]

従来「X100系」は最高速度が低かった宝塚線用の低速仕様車が付されていた形式であったが、この形式は上記の経緯から意味が異なっている[3]。ただし、後述の経緯により、現在本形式は宝塚線を中心に使用されている。

1974年までに90両が製造された。当初、4両編成で投入された車両は先頭車の車両番号下2桁が00 - 、3両編成で投入された車両は同20 - 、2両編成で投入された車両は同40 - と区分されていた(よって、製造順=番号順ではない)が、5132F以降そのルールは崩れている。これらの組み合わせで6 - 8両編成が組まれているが、複雑な編成替えによって、現在はそれ以前に製造された車両でもルールに当てはまらない車両が存在している。特に、3両編成はすべて組み替えによって2両ないし4両編成に組成し直されており、存在しない。


形式

  1. 転送 Template:Right

従来の阪急電鉄では、モーター付き車両(電動車)とモーターなし車両(付随車)を交互に連結して編成を組成するのが基本であったが、本形式は編成両端に電動車を配し、中に付随車を挟み込んだ編成を基本としている。本形式の場合、先頭車はすべて電動車、中間車はすべて付随車とされたため、製造形式は2形式のみと極端に少なくなっている。

  • 5100形(偶数番号車はMc・奇数番号車はM'c)
制御電動車。偶数番号車(5100, 5102…)はパンタグラフと主制御器、奇数番号車(5101, 5103…)は電動発電機 (MG) と圧縮機 (CP) を搭載し、互いにユニットを組んでいる[4]
本形式のパンタグラフは阪急初の下枠交差式である。1973年以降に製造された5132 - 5138・5146・5148は保安性の向上のため、1両あたり1基搭載から2基搭載に変更された。また、5128Fは5100系で唯一シングルアームパンタグラフに交換されている[5]
5000系と5300系以降の形式では装備品によって形式が別々に区分(5300系の場合、5300形と5400形)されているので、偶数・奇数で分けられている本形式は異例の存在と言える。これを考慮してか、書籍などによっては他形式に合わせて奇数番号車を「5101形」と別形式扱いで紹介している場合もある。
また、5000系リフレッシュ工事に際し、制御電動車の5130が電装解除・中間車形態化改造・5000系編入され、5000Fに組成された。
  • 5650形(T・To)
付随車。かつては偶数番号車(5650, 5652…)はMGを搭載していたが、1991年より5100形奇数番号車のものが倍の容量(60kVA→120kVA)に増強されるのに伴って順次取り外され、2005年をもって番号による性能差はなくなった[6]
MG搭載車の需要から偶数番号車の方が多く作られており、5687・5689・5691が欠番(製造は5692までの40両)となっている。
2004年以降、5100形から運転台とモーターが撤去され、付随車に改造(現番号+650で、これらの車両番号は5700番台を持つが、正式な区分ではない)された車両があり、運転台撤去跡が残る車両と、完全な中間車形態に改造された車両が2両ずつ存在する。

構造

基本的な車体構造は2000系以来のものを引き継いでいる。前作の5200系と比較しては、冷房装置が5機/1両から4機/1両[7]になり、冷房ダクトの設置によって車体中央部が若干突き出ていた屋根形状は、屋根肩の高さも上げられて違和感のない形態に仕上げられている点が異なっている。

モーター出力は、5000系の170kWから140kWに下げられた。定格速度も宝塚線での運行に合わせて低めに設定されている。一方で弱め界磁制御を24%までの広範囲で行い、歯車比も神戸線の従来車と同じ比率にすることで、高速域での性能を確保しようとしたが、それでも神戸本線においては、4M4Tでの8両編成では運用が困難であり、6M2Tで使用された1本 (5140F) を除いては、8両編成で使用されたことはない。また、現在宝塚線で使用されている編成についても、近年の同線の最高速度の向上により、従来の4M4Tの8両編成では性能的に厳しくなっており、6M2Tの8両編成を組んでいるか、電動機に通電させる電流量(限流値)の増強が行われ、高速域での走行性能もしくは起動加速度の向上を図っている。また、機器には5000系と比べてIC機器が多用されており[8]、メンテナンスフリーが図られている。

当初は前面には種別・行先表示器を装備していなかったが、後の更新工事の際に前面窓上部に設置された。同部分にあった標識灯2灯は撤去され、窓下に種別灯と尾灯が別々に計4灯新設された。この工事は5146Fより始まり1993年の5132Fをもって終了したが、この時点で編成中間に組まれていた先頭車の大半は現在も未改造のままで、他に先頭車としての使用に必要な機器も揃っておらず中間車然として使われている。

先頭部の連結器は自動連結器を装備する車両が多いが、中間に入る先頭車には、当初より密着式連結器を装備していた。ただし、6000系以降が採用した連結器とは異なる仕様であり、上述の更新工事の際に、6000系と同一のものに変更された。

2000年から大規模な更新工事(リニューアル)が始まっている。工事を受けた車両の車内には情報伝達性を向上させるために各ドア横にLED電光表示機が千鳥配置で1両に3箇所設置されている。

2004年から2005年に工事を受けた5146Fと5128Fでは、並行して行われているの5000系のリフレッシュ工事と同様に、ドアを窓が下方に拡大されたものに、ドア部と妻面の化粧板をこげ茶色のものに、クーラー外キセを鉄製からFRP製に、標識灯を白色のHID灯に交換、荷棚とコンプレッサを交換、ドア開閉予告ランプとチャイムを設置、車内の検査標廃止といった内容の追加がなされ、保守性の向上とバリアフリー対策が徹底された。また、同時に床材が着席マナーの遵守を促す意味で中央部にタイル状の模様が入るものとなっている。

2005年には4両に対し電装解除と運転台撤去が行われた。このうち上記の更新工事と同時に施工された5128F内の2両は、運転台撤去跡が新造時から中間車の車両と同一形態に仕上げられ、車内では運転台撤去跡への座席延長が行われている。

運用

京都線

京都線には7両編成2本(5100F・5104F)、5両編成1本 (5144F) が配置された。7両編成2本は急行や冷房改造中の特急車2800系に代わって特急にも使用され、5両編成1本は普通に使用された(この当時京都線唯一の普通での冷房車であった)。ただし、1972年から5100系をベースに車幅を広げた(京都線は神宝線より限界が若干広い)5300系の製造が始まると、同系と交代する形で神戸線[9]と宝塚線[10]に転出して、京都線での運用を終了した。

車体側の標識板掛けが神宝線仕様(車体側が袋状)となっていたため、標識板については、神宝線と同様に裏側を逆L字形の金具とした物が限定で使用された。

神戸線

神戸線には、まず6両編成2本[11]が配置され、その後京都線より5104Fと5144Fが転入し、5140Fは8両編成化のうえで連結解放運用への充当が開始された。また宝塚線所属の5100系を8両編成化する際の編成替えで5128Fが分割され、5128Fと5130Fの2本となり、さらに5132Fが7両編成で製造された結果、1974年には神戸線所属の5100系は6編成となり、特急から普通まですべての種別で使用されていた。

しかし、1976年には、5128Fに新造の5650形2両[12]を組み込み宝塚線へ転出し、1978年には5132Fにも5650形1両[13]を組み込んで8両編成化のうえ宝塚線に転出したが、この編成は翌年には神戸線に戻り、5682-5671の2両を外した6両編成として使用された。

1982年には、後述の宝塚線での10両編成運転のために5140Fと5144Fが宝塚線に転出、さらに1988年には10両編成運転増発のために5104Fと5130Fが転出して、神戸線所属の5100系は5132Fの1本のみとなったが、これも1989年に、元々この編成の一員であった5682・5671を組み込んで宝塚線に転出し、全車宝塚線に集結した。

5100系が西宮車庫に戻ってきたのは1997年で、宝塚線の編成変更によって余剰となった5118Fが今津(北)線に転入し、線内の普通運用のほか、、梅田発今津線経由宝塚行き準急に充当されるときには、久々に神戸線での運用が見られた。2000年には5140Fに交替したが、2002年には、5000系のリニューアルによる5650形の捻出に伴い宝塚線に転出した。

2007年には5102Fが今津(北)線に転入し、現在も使用されている。この編成のうち、5118-5676-5655-5113は、伊丹線の予備車としても使用されている。

宝塚線

宝塚線には、5102Fが7両編成で投入され、さらに5106F・5108Fが8両編成で製造された。1972年には、京都線から5100Fが転入し、1973年には5136Fが、翌年には5146Fが製造され、この時点で5100・5102・5106・5108・5136・5146の6編成が所属していた。

1976年に神戸線より5128Fが転入し、さらに1982年からは朝ラッシュ時に10両編成運転開始のために神戸線より5140F・5144Fが転入して編成替えを行い、10両編成3本が登場した。1988年には5104Fと5130Fが転入して10両編成が5本まで増加し、1989年に5132Fが転入したことで全車宝塚線に集結した。

その後、10両編成運用は順次7000系などに置き換わり、2001年1月に消滅したが、余剰となった車両のうち6両編成1本が今津(北)線に転出した。また2000年より始まった5000系のリフレッシュ工事に際し、5000系編成中に組み込まれている老朽化した2000系列付随車に代わって、5650形付随車が5000系に編入されている。

これに伴い、編成替えや高くなった電動車比率を下げるための5100形の電装解除が比較的頻繁に行われている。

現況

ファイル:Hankyu 5100 hanshin amagasaki.JPG
阪神尼崎駅に回送された5136F編成

2009年現在、8両編成8本64両が平井車庫に配置されて宝塚線で、6両編成1本6両が西宮車庫に配置されて今津(北)線で運用され、残り3両は休車となっている。また、17両が5000系5580/5570形となっているので、形式内の総数は73両に減少している。

伊丹線専属の3000・3100系が運用を外れた際、今津(北)線の6両編成が分割され、伊丹線内の折り返し運用に入ることがある。また箕面線専属の3100系検査などで運用を外れた際は、宝塚線の8両編成のうち5132Fが分割され、4両編成で箕面線内の折り返し運用に入ることがある。かつては5136Fも梅田寄りの4両のみを使用して箕面線内の折り返し運用に入っていたが、2007年12月の検査時にATSを更新したことにより、5137の運転機器の一部が撤去されて先頭車として使用することはできなくなったため、予備編成としての役目は消滅した。

2014年7月13日能勢電鉄への譲渡のため[14]、5136F編成が西宮北口から新開地駅経由で阪神電気鉄道尼崎駅へ回送されている[15]

編成表

2012年7月現在の編成。矢印は中間に組み込まれる先頭車の運転台(簡易中間化改造車は撤去跡)の方向で、←は梅田向き、→は宝塚向きを示している。5132・5134・5136・5138・5146・5148(太字)はパンタグラフ2基搭載車。

リニューアル済み編成にはLED式電光表示機が設置済みで、かつ梅田側から1・3・5・8両目に車椅子スペースが設置されている。

テンプレート:TrainDirection リニューアル 備考
5100
(Mc)
5650
(T)
5650
(T)
5100
(M'c →)
5100
(← Mc)
5650
(To →)
5650
(← To)
5100
(M'c)
 
5100 5650 5651 5101 5114 5761
(元5111)
5794
(元5144)
5115    
5100
(Mc)
5650
(T)
5650
(T)
5100
(M'c →)
5100
(← Mc)
5100
(M'c →)
5100
(← Mc)
5100
(M'c)
 
5104 5654 5685 5105 5110 5143 5126 5145   クーラーキセ更新車
5145に全自動密着連結器を搭載
5106 5656 5657 5107 5116 5117 5122 5123    
5108 5658 5659 5109 5142 5141 5124 5125    
5100
(Mc)
5650
(T)
5650
(T)
5100
(M'c →)
5100
(← Mc)
5650
(T)
5650
(T)
5100
(M'c)
 
5128 5678 5683 5127 5140 5779
(元5129)
5770
(元5120)
5121 2004年12月 - 2005年9月 シングルアームパンタグラフ搭載
LED車内案内装置設置
梅田側から1・3・5・8両目に車椅子スペース設置
5100
(Mc)
5650
(T)
5650
(T)
5100
(M'c →)
5100
(← Mc)
5650
(T)
5650
(T)
5100
(M'c)
 
5132 5674 5682 5133 5134 5684 5671 5135   箕面線で運用可能
8両全てに車椅子スペース設置
クーラーキセ更新車
5136 5686 5673 5137 5138 5688 5675 5139   箕面線で運用可能
LED車内案内装置設置
梅田側から1・3・5・8両目に車椅子スペース設置
5146 5690 5677 5147 5148 5692 5679 5149 2003年9月 - 2004年3月 LED車内案内装置設置
梅田側から1・3・5・8両目に車椅子スペース設置
テンプレート:TrainDirection 備考
5100
(Mc)
5100
(M'c →)
5100
(← Mc)
5650
(T)
5650
(T)
5100
(M'c)
 
5102 5131 5118 5676 5655 5113 今津(北)線用[16]
5118以下4両は伊丹線で運用可能
5100
(M'c →)
5100
(← Mc)
5100
(M'c →)
備考
5103 5112 5119 休車

脚注

テンプレート:脚注ヘルプ テンプレート:Reflist

テンプレート:阪急電鉄の車両

  1. 「6000系」は本形式の機器と2200系の車体を組み合わせて1976年以降に製造された車両に付されている。
  2. 建造決定当時、当車両を京都線・神宝線双方で運用する計画があり、大阪市交通局側がダイヤ混乱時の運転整理の際、(指令からの車番を使っての呼びかけの)問題になる、と難色を示した。阪急側は神戸線で同様の事態が生じており(当時相互乗り入れをしていた山陽との系列重複)、特段の問題はないとしていたが、結局押し切られる形になった。
  3. なお、阪急はこれ以降宝塚線用に専用形式を建造していない。
  4. 偶数番号車は全車梅田向き、奇数番号車は全車宝塚向きなので、営業運転時は必然的にユニットを組むことになる。
  5. 5128と5120に搭載されていたが、リニューアルによる編成替えで5128と5140となった。
  6. この工事の完了をもって、阪急内から60kVAMGが消滅した。なお、最後まで旧式MGを搭載していたのは5128Fである。
  7. 5200系と同一の集約分散式(形式:RPU2202形)で、冷却能力は1機あたり8000cal/h。5200系も最初期の6両以外は1機が外キセのみのダミーとされていたので、車両全体の冷却能力はほとんど変わっていない。
  8. 当時は3重系論理回路と呼ばれていた。
  9. 5104Fと5144Fで、編成替えのうえで6両編成2本となり、残る5142-5143は、後述の5140Fに組み込まれて8連化された。
  10. 5100F。当時の編成は5100-5650-5651-5101+5120-5670-5121であった。
  11. 5140Fと5128F。
  12. 5681と5683。
  13. 5685。これらの新造車の冷房装置は、2800系の冷房機器交換によって捻出されたものを使用した。
  14. あれ?阪神線路に阪急車両 史上初、ファン興奮 - 神戸新聞 2014年7月17日
  15. 阪急5100系が阪神尼崎へ鉄道ファン公式サイト2014年7月14日配信
  16. 現在の1本は2007年に宝塚線から転用された。この転用も5000系のリフレッシュ工事に絡んでいて、従来の伊丹線予備車5000系5030Fがリフレッシュによって運転台が撤去され、予備運用に就けなくなったことと関連している。