黒死館殺人事件

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テンプレート:基礎情報 書籍黒死館殺人事件』(こくしかんさつじんじけん)は、小栗虫太郎の長編探偵小説

雑誌『新青年』に1934年4月号から12月号にかけて連載された。挿絵は松野一夫1935年5月に新潮社より単行本が刊行され、太平洋戦争後も早川書房ハヤカワポケットミステリ(誤植多し)や、講談社社会思想社など多くの出版社から繰り返し再版されている。なお、社会思想社版「黒死館殺人事件」は松山俊太郎による語彙・事項の誤記訂正版である。

夢野久作の『ドグラ・マグラ』、中井英夫の『虚無への供物』とともに、日本探偵小説史上の「三大奇書」、三大アンチミステリーの一つである。また日本のオカルティズム衒学趣味小説の代表書との位置づけがなされており、その多岐にわたる膨大な知識量から「推理小説の一大神殿」とも称される。

概要

テンプレート:出典の明記 本作はゲーテの『ファウスト』に多大な影響を受け、その根本テーマは同一である(真理に近づこうとする人間の永遠の飽くなき格闘と、真理というものの無量の魅力)。 基本的な筋は、前作『聖アレキセイ寺院の惨劇』を解決した名探偵・法水麟太郎(のりみずりんたろう)が、「ボスフォラス以東に唯一つしかない…豪壮を極めたケルト・ルネサンス様式の城館(シャトウ)」・黒死館で起こる奇怪な連続殺人事件に挑む、というものである。

黒死館に住まうのは、天正遣欧少年使節千々石ミゲルが、カテリナ・ディ・メディチの隠し子と言われる妖妃ビアンカ・カペルロと密通してより、呪われた血統を連ねる神聖家族・降矢木家である。この館が「黒死館」と呼ばれるのは、かつて黒死病の死者を詰め込んだ城館に由来するという。館の当主、降矢木算哲は既に歿し、遺児の降矢木旗太郎が後を継いで現当主となっていた。算哲は欧州で医学と魔術を極めて帰国したが、同時に連れ来たる西洋人の赤子4人を館内に押し込め、何十年も門外不出の絃楽四重奏団として育て上げていた。その黒死館を舞台として、ファウストの呪文とともに繰り広げられる奇怪な殺人劇が、降矢木家に襲いかかる・・・

しかしある視点から見れば、そうした筋立て自体はほんの付け足しに過ぎない。本書全体の9割以上は、事件解決とは何ら関係しない神秘思想占星術異端神学宗教学物理学医学薬学紋章学心理学犯罪学暗号学など広範にわたる夥しい衒学趣味(ペダントリー)で彩られており、本来は裏打ちとなるべき知識の披露が全体に横溢し作品の装飾となるという主客転倒を見せている。

これは衒学趣味の単なる披露ではなく、

  1. 主観の多様な解釈によって客体は多様に変化をおこす(すなわち客体自体に意味特性は存在しない)という世界観の表現 と、
  2. 単純な実体を装飾によって豪華絢爛にみせたいという本人の希求

にもとづいている。

社会思想社版ではそれぞれの学問的知識内容はおおむね誤謬がないと思われるが、建築様式や装飾様式用語と一見思われる「~式」「~様」「~風」という語用はこの作家にとって「類似」という意味合いで用いられている造語が多く、教養小説として読むときは注意が必要である。

本格推理小説としてみた場合、消去法を使うと、概ね中盤ぐらいで真犯人が確定できる。また、作中においても、法水麟太郎自身が一度は真犯人を指摘しながら、大した理由もなくその意見を留保し、終盤において、ようやく再度真犯人を指摘するという、展開上の大きな問題点もある。しかしながらこうした問題点こそが、この作品の小主題となっており、「大体が真理などいうものは結局滑稽劇に過ぎない。およそそれは簡単に傍に転がっている。」と文中にもあるように事件追究に対する作者の逆説的な世界観が見られる。事件の真相は単純なのであり、複雑化させているのはむしろ人間の認識の不完全性・多様性によっている。この主張こそがミステリーの形式をとりながらミステリー自体を否定しているアンチ・ミステリーと言われている理由である。

また、自動人形テレーズや『ウイチグス呪法典』、カバラの暗号、アインシュタインとド・ジッターの無限宇宙論争、図書室を埋め尽くす奇書等々、意表を突く道具立ての連続と相俟って、全体には一種異様な神秘かつ抽象的超論理が貫かれており、日本探偵小説史上最大の奇書とも評する人もいる。

晦渋な文体と、ルビだらけの特殊な専門用語多数を伴う、極度に錯綜した内容であるため、読者を非常に限定する難読書とされる(これについていけるかどうかは、改行なしの冒頭2頁でおおむね判断可能なほどである)。それゆえにか、新本格系ミステリの方面ではこの作品は半ば神格化され、作中にオマージュとして用いられることも多い。

登場人物

法水麟太郎
刑事弁護士。
支倉
検事。
熊城卓吉
捜査局長。
乙骨耕安
警視庁鑑識医師。
降矢木算哲
故人。医学博士。
グレーテ・ダンネベルグ
門外不出の弦楽四重奏団の一人。第一提琴奏者。
ガリバルダ・セレナ
門外不出の弦楽四重奏団の一人。第二提琴奏者。
オリガ・クリヴォフ
門外不出の弦楽四重奏団の一人。ヴィオラ奏者。
オットカール・レヴェズ
門外不出の弦楽四重奏団の一人。チェロ奏者。
降矢木旗太郎
黒死館当主。算哲が愛妾岩間富枝に産ませた息子。17歳。
押鐘津多子
大正の新劇女優。日本のモード・アダムスと称された。
押鐘童吉
医学博士。東京神恵病院長。
紙谷伸子
算哲の秘書。年齢は22、3歳。
川那部易介
給仕長。侏儒の傴僂。幼い頃から黒死館で育つ。44歳
久我鎮子
図書掛り。7年前に算哲に雇われる。年齢は50歳を過ぎて2つ3つ。
古賀庄十郎
召使。易介と同年輩。
田郷真斎
執事。著名な中世史家でもある。下半身不随で手動の四輪車に乗って移動している。年齢は70歳手前。

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関連項目

外部リンク