菟原郡

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菟原郡(うばらのこおり、うはらぐん)は、かつて摂津国兵庫県に存在した

現在の芦屋市神戸市東灘区灘区中央区の東部(旧葺合区域)にあたる。

1896年(明治29年)4月1日八部郡と共に武庫郡に編入され、消滅した。

歴史

古代

菟原郡がはじめて歴史に見えたのは769年(神護景雲3年)である(『続日本紀』)。菟原の名は『和名抄』では「宇波良」、『伊勢物語』では「むはら」、『延喜式』では「菟原」、『拾芥抄』では「兎原」とも書いた。地名の由来は「海原」が転じたという説と六甲山の野原にが多く駆け巡っていたからという説がある(道谷、1998[1])。

式内社

延喜式神名帳に記される郡内の式内社テンプレート:式内社一覧/header テンプレート:摂津国莵原郡の式内社一覧 テンプレート:式内社一覧/footer

近代

  • 1874年(明治7年) - 生田村・熊内村・中村・中尾村・滝寺村・小野新田村が合併して葺合村となる。
  • 1876年(明治9年) - 脇浜村が葺合村に編入される。
  • 1880年(明治13年)9月 - 武庫郡役場と合併して西宮に武庫菟原郡役所を置く。
  • 1887年(明治20年) - 筒井村が葺合村に編入される。
  • 1889年(明治22年)4月1日
    • 市制施行により、葺合村が神戸区・八部郡荒田村と合併し神戸市が発足、郡より離脱。
    • 町村制施行により、御影町・都賀野村・都賀浜村・六甲村・住吉村・魚崎村・本山村・本庄村・精道村が発足。(1町8村)
  • 1895年(明治28年)11月1日 - 都賀野村が西灘村に改称。
  • 1896年(明治29年)4月1日 - 八部郡とともに武庫郡に編入。同日菟原郡が消滅。

参考文献

関連項目

テンプレート:畿内五国の郡