洞爺湖温泉

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

テンプレート:日本の温泉地

洞爺湖温泉(とうやこおんせん)は、北海道虻田郡洞爺湖町洞爺湖温泉にある温泉

泉質

  • ナトリウム・カルシウム-炭酸水素塩・硫酸塩・塩化物温泉(低張性・中性・高温泉)[1]
    • 源泉は温泉利用協同組合により一括管理配湯されており、どの施設でも泉質は同じである。泉温がやや低いため組合で加温している。飲泉不適。
    • 湯色は概ね透明だが、濾過循環していない施設では湯の花により黄褐色に見える。

温泉街

洞爺湖南側湖畔に、ホテル旅館飲食店・みやげ物店等が温泉街を形成しており、無料の足湯手湯もある。

温泉街湖畔には遊覧船発着場があり、洞爺湖・中島への遊覧を楽しめる。また、湖畔に58基の野外彫刻が展示されている「とうや湖ぐるっと彫刻公園」(美しい日本の歩きたくなるみち500選)があり[2]、気軽に鑑賞することができる。山側には2000年(平成12年)の有珠山噴火で形成された噴火口があり、一部立ち入り制限はあるが至近距離で見学することができる。

また、周辺では年中様々なイベントが企画されており、ゴールデンウィークから10月末まで毎晩行われる「洞爺湖ロングラン花火大会」、毎年5月末に行われる「洞爺湖マラソン」、6月に行われる「TOYAKOマンガ・アニメフェスタ」、「洞爺湖温泉夏祭り」、「洞爺湖温泉冬祭り」などがある。2013年(平成25年)には初のトライアスロン大会「アイアンマン・ジャパン北海道」が開催された。

歴史

1917年(大正6年)6月、三松正夫、杉山春巳、安西岩吉の3人が、湖岸で43℃の源泉を発見。これは、1910年(明治43年)の有珠山の側火山四十三山(明治新山)の噴火により誕生したものと考えられている。三松らは翌月に北海道庁から利用許可を受け、同年秋には「竜湖館」という温泉宿を始め、洞爺湖の温泉旅館第1号となった。開湯当初は「床丹温泉」(とこたん)という名前であったが、湖名にちなんで洞爺湖温泉に改名した。

1928年(昭和3年)、国鉄長輪線(現・室蘭本線)が全通。翌年虻田駅(現・洞爺駅)と洞爺湖畔との間に洞爺湖電気鉄道が開通(1941年に廃止)すると、洞爺湖温泉に温泉街が形成された。

1944年(昭和19年)、有珠山の活動で誕生した昭和新山は、第二次世界大戦後に新たな観光地となった。

1949年(昭和24年)、洞爺湖一帯が「支笏洞爺国立公園」に指定される[3]

1960年(昭和35年)、「洞爺湖温泉利用協同組合」が設立されて源泉の共同管理が始まる[4]

1977年(昭和52年)、有珠山が噴火。水蒸気爆発は翌年まで続いた。

1982年(昭和57年)、連夜花火を打ち上げる「洞爺湖ロングラン花火大会」が始まる。

2000年(平成12年)、有珠山が噴火。

2008年(平成20年)、『第34回主要国首脳会議(北海道洞爺湖サミット)』がザ・ウィンザーホテル洞爺リゾート&スパを会場に行われた[5]。また、洞爺湖有珠山ジオパークが「日本ジオパーク」に認定された[6]

2009年(平成21年)、洞爺湖有珠山ジオパークが「世界ジオパーク」に認定された[6]

2010年(平成22年)、温泉誕生100年を迎えた。

周辺施設・観光地

テンプレート:Multicol

テンプレート:Multicol-break

温泉地

テンプレート:Multicol-end

参考画像

洞爺湖温泉が舞台(ロケ地)となった作品

漫画
  • 空知英秋銀魂』 - 主人公坂田銀時木刀に「洞爺湖」の文字が刻まれている。この影響で「洞爺湖」と刻まれた木刀が観光客の土産品として人気を集めた[7]
テレビドラマ
ゲームソフト

ほか

アクセス

車を利用する場合
鉄道を利用する場合
バスを利用する場合

テンプレート:See also

脚注・出典

テンプレート:脚注ヘルプ

  1. 引用エラー: 無効な <ref> タグです。 「onsen」という名前の引用句に対するテキストが指定されていません
  2. テンプレート:Cite web
  3. テンプレート:Cite web
  4. テンプレート:Cite web
  5. テンプレート:Cite web
  6. 6.0 6.1 テンプレート:Cite web
  7. テンプレート:Cite news
  8. テンプレート:Cite web
  9. テンプレート:Cite web

関連項目

テンプレート:Sister テンプレート:ウィキポータルリンク

外部リンク

テンプレート:温泉