偽経

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

テンプレート:出典の明記テンプレート:Sidebar 偽経(ぎきょう)、疑経あるいは疑偽経とは、中国や日本などにおいて、漢訳された仏教経典を分類し研究する際に、インドまたは中央アジアの原典から翻訳されたのではなく、中国人が漢語で撰述したり、あるいは長大な漢訳経典から抄出して創った経典に対して用いられた、歴史的な用語である。中国撰述経典という用語で表現される場合もあるが、同義語である。

また、日本人による日本撰述経典の場合も敷衍して偽経ということがある。

沿革

東晋317年420年)の釈道安314年385年)『疑経録』に始まるとされる、偽経あるいは疑経として認定された経典類は、経録中で「疑経類(偽経類)」として著録され、それらは大蔵経に入蔵されることはなかった。それに対して、正しい仏典として認定されたものは真経として、大蔵経の体系を形成することとなった。

テンプレート:要出典

しかしながら、偽経あるいは疑経と認定され、大蔵経に入蔵されなかったとは言え、これらの経典群が消え去ることはなかった。むしろ、盛んに読誦され、開版されて、今日まで伝わる経典は数多い。『父母恩重経』、『盂蘭盆経』、『善悪因果経』など、今日も折本形式で発売されている偽経類は、多く見られる。多くの経本に収録されている『延命十句観音経』なども偽経の一つである。

テンプレート:要出典

議論

テンプレート:要出典

比較的最近に発表されたものとしては『般若心経』が中国撰述であるという説がある。1992年米国のジャン・ナティエ(Jan Nattier、当時インディアナ大学準教授)は、鳩摩羅什訳『摩訶般若波羅蜜経』などに基づき、玄奘が『般若心経』をまとめ、それを更にサンスクリット訳したという説[1]を発表している。 それに対して福井文雅が「般若心経の研究史--現今の問題点」[2]に於いて、また原田和宗(当時龍谷大学非常勤講師)が「梵文『小本・般若心経』和訳」[3]に於いて反駁を試みている。

  • 仁王経 - 『大蔵経』に含まれるが、古来偽経であるとの説がある。
  • 『老子化胡経』(ろうしかこきょう、300年頃) - 西晋265年316年)の王浮(生没不明、洛陽道士)作とされる偽経。釈迦はインドに入り仏陀となった老子の弟子である等とする。高宗が仏教と道教の紛争に決着をつけ(668年)仏経側の勝利を宣し焼棄を命じた。[4]
  • 『老子大權菩薩経』 - 上記紛争の中で仏教側が対抗して作成した偽経。逆に老子は仏陀の弟子であるとする。
  • 梵綱経 - 5世紀中国大乗仏教の偽経。
  • 『菩薩瓔珞本業経』 - 『梵綱経』・『菩薩瓔珞本業経』は「自慢や他人の批判をしてはならない」という不自讃毀他戒などが説かれた経典であるが、今日では偽経であることが判明している。
  • 延命十句観音経
  • 大梵天王問仏決疑経 - 禅宗の根拠とされる経典。釈尊摩訶迦葉に微妙の法門を付嘱したと説いているが、不立文字・教外別伝・以心伝心で付嘱したと言いながら、その法門が正法眼蔵・涅槃妙心・実相無相であると明らかにするなど、内容的にパロディーに近いものとなっている(「拈華微笑」を参照)。漢訳仏典の二大目録である『開元釈教録[5] や『貞元新定釈教目録[6] にも記録されておらず、中国への伝来時期や訳者も不明である。[7] 中国では無門慧開、日本でも一休宗純などの禅僧が一笑に付している。
  • 盂蘭盆経
  • 父母恩重経
  • 十王経
  • 稲荷心経 - 日本で撰述された。
  • 十一面観世音菩薩随願即得陀羅尼経 - 日本で撰述された。
  • 『蓮華三昧経』(『妙法蓮華三昧秘密三摩耶経』) - 日本で撰述された。[8]
  • 『錫杖経』 - 日本で撰述された。[9]
  • 『五百大願経』(『釈迦如来五百大願経』) - 日本で撰述された。[10]
  • 延命地蔵経延命地蔵菩薩経) - 日本で撰述された。[11]

  1. "The Heart Sutra: A Chinese Apocryphal Text?", Journal of the International Association of Buddhist Studies, vol. 15, no. 2 (1992), 153-223. (Reserve). 邦訳:工藤順之、吹田隆道訳「『般若心経』は中国偽経か?」『三康文化研究所年報』37号、平成18年3月30日、pp. 17-83。
  2. 『佛教學』第36号、1994年12月、J14-36-5[pp.79-99]
  3. 密教文化Vol. 2002 (2002) No. 209 P L17-L62
  4. 桑原隲蔵 『老子化胡經』(1910年)、青空文庫収録
  5. 開元18年(西暦730年)に智昇が編纂。
  6. 貞元16年(西暦800年)に円照が編纂。
  7. 漢訳仏典においては、経典の冒頭に訳者名が記載されるのが通例であるが、大梵天王問仏決疑経には訳者名が一切記されていない。CBETA X01 No. 27《大梵天王問佛決疑經》卷1を参照。
  8. 日本佛教學會2011年度学術大会:経典とは何か ―経典の成立と展開受容―:[http://nbra.jp/files/pdf/2011/19.pdf (レジュメ) 日本撰述の偽経典について、蓑輪顕量(東京大学)
  9. 同上
  10. 同上
  11. 同上

参考文献