中井久夫
中井 久夫(なかい ひさお、1934年1月16日 - )は、日本の医学者、精神科医。専門は精神病理学、病跡学。神戸大学名誉教授。甲南大学名誉教授。医学博士[1][2]。
目次
来歴
- 1934年 - 奈良県天理市に生まれる。兵庫県宝塚市・伊丹市で育つ
- 1952年 - 京都大学法学部入学。後に結核で休学
- 1955年 - 京都大学医学部転向
- 1959年 - 医師免許取得。大阪大学医学部インターン
- 1960年 - 京都大学ウイルス研究所助手
- 1966年 - 医学博士(京都大学)[2]
- 1967年 - 東京大学医学部附属病院分院精神科研究生
- 1969年 - 青木病院医員
- 1971年 - 東京大学医学部附属病院分院助手。後に講師
- 1975年 - 名古屋市立大学医学部精神科助教授
- 1980年 - 神戸大学医学部精神神経科主任教授
- 1997年 - 甲南大学文学部人間科学科教授。神戸大学名誉教授
- 2004年 - 兵庫県こころのケアセンター所長[1]
人物
笠原嘉、宮本忠雄、木村敏、安永浩らと共に、日本の精神病理学第2世代を代表する人物である。専門は統合失調症の治療法研究。
風景構成法
中井が1969年に考案した風景構成法(Landscape Montage Technique)は、心理療法におけるクライエント理解の有力なツールとして、日本で独自に創案・開発されたものである。ロールシャッハテストのような侵襲性が高いものとは異なった視点から、クライエントの現況を推察できる。また中井は精神分析学者のナウムバーグのなぐり描き法や、英国の児童精神科医であるドナルド・ウィニコットのスクイグルを日本に紹介した。中井自身は1982年に色々な出てくるイメージの幾つかを限界吟味するという相互限界吟味法を創案している。中井が紹介したこれらの手法は日本で独自の発展を見せ、山中康裕によるMSSM法などが生まれる契機を作った。
統合失調症
著作集の初期から中期にかけての難解とも言える統合失調症(精神分裂病)理論は、非常に高い水準に達していると評価されている。また米国の精神科医であるハリー・スタック・サリヴァン(H.S.Sullivan)の統合失調症理論を取り入れ、本邦の臨床場面に広く普及・浸透するのに貢献した。「関与しながらの観察(participant observation)」等の臨床家に対する箴言はその一端である。
PTSD
阪神・淡路大震災(1995年)に際して被災者の心のケアにあたったことを契機に、近年では、PTSD(心的外傷後ストレス障害)の研究・紹介を精力的に行っており、米国の精神科医ジュディス・ハーマン(J.L.Herman)の「心的外傷と回復」の翻訳も行っている。中井は「治療できない病気は多くあるが、看護をできない病気はほとんどない」と述べているように、精神科医療に関わる看護師の教育にも尽力している。看護師を対象に記した『看護のための精神医学』は、看護師のみならず臨床心理士やケースワーカー等の臨床に携わる者にも多くの示唆を与えている。
文学
ラテン語や現代ギリシャ語、オランダ語にも通じた語学力を活かし、詩の翻訳やエッセイなどで文筆家としても知られている。中井は、「ポール・ヴァレリーの研究者となるか科学者、医者となるかかなり迷った」と語っている。ギリシャの詩人カヴァフィスの全詩集翻訳により読売文学賞受賞。また歴史(哲学史)にも通暁しており、その一端は代表作『治療文化論』、『西欧精神医学背景史』などでもうかがい知ることができる。無類の軍艦好き・船舶好きでもある。子供のころから『ジェーン海軍年鑑』を読んでいたため、戦時中の日本軍の戦果発表が誇張されていることに気づいていたと語っている。
受賞歴
- 1985年 - 芸術療法学会賞
- 1989年 - 読売文学賞『カヴァフィス全詩集』(翻訳研究賞)
- 1991年 - ギリシャ国文学翻訳賞
- 1996年 - 毎日出版文化賞 『家族の深淵』
- 2013年 - 文化功労者(評論・翻訳)[3]。甲南大学名誉博士[4]
学会
著書
- 『精神科治療の覚書』日本評論社、1982
- 『分裂病と人類』東京大学出版会:UP選書、1982
- 『中井久夫著作集』〈全6巻・別巻2〉岩崎学術出版社、1984-91
1巻・分裂病、2巻・治療、3巻・社会文化、4巻・治療と治療関係、5巻・病者と社会
6巻・個人とその家族/別巻1・風景構成法、別巻2・中井久夫共著論文集 - 『治療文化論』岩波書店:同時代ライブラリー、1990/岩波現代文庫、2001
- 『記憶の肖像』みすず書房、1992
- 『家族の深淵』みすず書房、1995
- 『精神科医がものを書くとき』〈1.2〉広英社(丸善販売)、1996
- 再編版『精神科医がものを書くとき』ちくま学芸文庫、2009
- 再編版『隣の病い』ちくま学芸文庫、2010
- 『アリアドネからの糸』みすず書房、1997
- 『最終講義-分裂病私見』みすず書房、1998
- 『西欧精神医学背景史』みすず書房〈みすずライブラリー〉、1999
- 『清陰星雨』みすず書房、2002
- 『徴候・記憶・外傷』みすず書房、2004
- 『関与と観察』みすず書房、2005
- 『時のしずく』みすず書房、2005
- 『樹をみつめて』みすず書房、2006
- 『こんなとき私はどうしてきたか』医学書院、2007
- 『臨床瑣談』みすず書房、2008
- 『日時計の影』みすず書房、2008
- 『続・臨床瑣談』みすず書房、2009
- 『統合失調症』1・2〈精神医学重要文献シリーズ〉みすず書房、2010
- 『日本の医者』〈こころの科学叢書〉日本評論社、2010
- 『私の日本語雑記』岩波書店、2010
- 『中井久夫コレクション』ちくま学芸文庫(全5巻)、2011年3月~2013年3月刊
世に棲む患者/「つながり」の精神病理/「思春期を考える」ことについて/「伝える」ことと「伝わる」こと/私の「本の世界」 - 『災害がほんとうに襲った時 阪神淡路大震災50日間の記録』みすず書房 2011
- 『復興の道なかばで 阪神淡路大震災一年の記録』みすず書房 2011
- 『サリヴァン、アメリカの精神科医』みすず書房〈始まりの本〉 2012
- 『「昭和」を送る』みすず書房 2013
共編著
- 『天才の精神病理 科学的創造の秘密』飯田真共著、中央公論社、1972/岩波現代文庫、2001
- 『思春期の精神病理と治療』山中康裕共編、岩崎学術出版社、1978
- 『分裂病の精神病理8』 東京大学出版会、1979
- 『「意地」の心理』佐竹洋人共編、創元社、1987
- 『分裂病の精神病理と治療3』 星和書店、1991
- 『1995年1月・神戸「阪神大震災」下の精神科医たち』みすず書房、1995
- 『昨日のごとく 災厄の年の記録』村田浩、磯崎新、郭慶華共著、みすず書房、1996
- 『分裂病/強迫症/精神病院 中井久夫共著論集』永安朋子共著、星和書店、2000
- 『分裂病の回復と養生 中井久夫選集』永安朋子共著、星和書店、2000
- 『看護のための精神医学』山口直彦共著、医学書院、2004
翻訳
- 『精神療法研究』 ヴァルター・シュルテ、飯田真共訳、医学書院、1969
- 『現代精神医学の概念』 H.S.サリヴァン、山口隆共訳、みすず書房、1976
- 『治療論からみた退行 基底欠損の精神分析』 マイクル・バリント、金剛出版、1978
- 『無意識の発見 力動精神医学発達史』 アンリ・エレンベルガー、木村敏共監訳、弘文堂、1980
- 『精神医学の臨床研究』 H.S.サリヴァン、共訳、みすず書房、1983
- 『現代ギリシャ詩選』 みすず書房、1985
- 『サリヴァンの生涯 1・2』 ヘレン.S.ペリー、今川正樹共訳、みすず書房、1985-1988
- 『精神医学的面接』 H.S.サリヴァン、共訳、みすず書房、1986
- 『野口英世』 イザベル・R.プレセット、枡矢好弘共訳、星和書店、1987
- 『カヴァフィス全詩集』 みすず書房、1988
- 『精神医学は対人関係論である』 H.S.サリヴァン著、共訳、みすず書房、1990
- 『クレクソグラフィー ロールシャッハの先駆者・ユスティーヌス・ケルナーの詩画集』 宮崎忠男共訳、星和書店、1990
- 『スリルと退行』 マイケル・バリント、共訳、岩崎学術出版社、1991
- 『括弧 リッツォス詩集』 ヤニス・リッツォス、みすず書房、1991
- 『分裂病のはじまり』 クラウス・コンラート、山口直彦・安克昌共訳、岩崎学術出版社、1994
- 『若きパルク・魅惑』 ポール・ヴァレリー、みすず書房、1995
- 『分裂病は人間的過程である』 H.S.サリヴァン、共訳、みすず書房、1995
- 『自然の言葉』 ジャン=マリー・ペルト編、松田浩則共訳、紀伊国屋書店、1996
- 『心的外傷と回復』 ジュディス・ハーマン、みすず書房、1996
- 『古代ギリシャの言葉』 ジャック・ラカリエール編(写真)、紀伊国屋書店、1996
- 『古代ローマの言葉』 ブノワ・デゾンブル編、松田浩則共訳、紀伊国屋書店、1996
- 『いろいろずきん』 エランベルジェ原作(文・絵)、みすず書房、1999
- 『エランベルジェ著作集 全3巻』 編訳、みすず書房、1999~2000
- 『一次愛と精神分析技法』 マイケル・バリント、森茂起・枡矢和子共訳、みすず書房、1999
- 『多重人格性障害』 F.W.パトナム、安克昌・金田弘幸・小林俊三共訳、岩崎学術出版社、2000
- 『PTSDの医療人類学』 アラン・ヤング、共訳、みすず書房、2001
- 『解離 若年期における病理と治療』 フランク・パトナム、みすず書房、2001
- 『戦争ストレスと神経症』 エイブラハム・カーディナー、加藤寛共訳、みすず書房、2004
- 『統合失調症からの回復』 リチャード・ワーナー、西野直樹共訳、岩崎学術出版社、2005
- 『サリヴァンの精神科セミナー』 みすず書房、2006
- 『カヴァフィス詩と生涯』 ロバート・リデル、茂木政敏共訳、みすず書房、2008
- 『ヴァレリー詩集 コロナ/コロニラ』 ポール・ヴァレリー、松田浩則共訳、みすず書房、2010
対談
脚注
関連人物
関連項目
外部リンク
- 神戸大学大学院医学研究科精神医学分野 - 教室の沿革
- 医学書院 - 週刊医学界新聞 第2433号 鼎談 「精神医学」と「精神看護」の出会い
- 医学書院 - 週刊医学界新聞 第2478号 医学生・研修医のために私が選ぶこの10冊
- 医学書院 - 週刊医学界新聞 第2478号続「統合失調症」についての個人的コメント
- 医学書院 - 週刊医学界新聞 第2777号 対談 治療の時間軸
- 特定非営利活動法人 丸山ワクチンとガンを考える会 - 丸山ワクチンについての私見