バナナ型神話

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バナナ型神話(バナナがたしんわ)とは、東南アジアニューギニアを中心に各地に見られる、や短命にまつわる起源神話である。

概要

重要なアイテムとして、共通してバナナが登場することから、スコットランドの社会人類学者ジェームズ・フレイザー(Sir James George Frazer, 1854年 - 1941年)が命名したものである[1]

「バナナ型神話」とは、だいたい以下のような説話である。

神が人間に対して石とバナナを示し、どちらかを一つを選ぶように命ずる。人間は食べられない石よりも、食べることのできるバナナを選ぶ。硬く変質しない石は不老不死の象徴であり、ここで石を選んでいれば人間は不死(または長命)になることができたが、バナナを選んでしまったために、バナナが子ができると親が枯れて(死んで)しまうように、またはバナナのように脆く腐りやすい体になって、人間は死ぬように(または短命に)なったのである。

日本神話

日本神話にも、天孫降臨の段において類似した説話が見られる。

降臨した天孫ニニギに対し、国津神であるオオヤマツミが娘のイワナガヒメ(姉)とコノハナノサクヤビメ(妹)の姉妹を嫁がせる。しかしニニギは醜いイワナガヒメを帰してしまい、美しいコノハナノサクヤビメとのみ結婚してしまう。コノハナノサクヤビメは天孫の繁栄の象徴として、イワナガヒメは天孫の長寿の象徴として嫁いだものであったが、イワナガヒメが送り帰されたために天孫(天皇)は短命になったのであるという。この説話にはバナナが登場しないが、岩すなわち石を名前に含むイワナガヒメが選ばれていないこと、それによって短命になったということから、バナナ型神話の変形と考えられている。コノハナノサクヤビメはすなわちすぐに散ってしまうであり、食べればなくなってしまうバナナに対応しているとも考えられる。[2]

なお、この説話は旧約聖書創世記29章における、ヤコブの妻である、レア(姉・不美人・多産)とラケル(妹・美人・少産)の姉妹の説話とも類似している。

創世記

旧約聖書創世記に出てくる生命の樹知恵の樹(善悪の知識の樹)の説話も、このバナナ型神話の変形であると考えられる。

エデンの園の中央にはによって2本の樹、すなわち、その実を食すと永遠の命を得ることができる生命の樹と、知恵(善悪の知識)を得ることができる知恵の樹が植えられていた。この内、知恵の樹の実の方は神によって食べることを禁じられていた(禁断の果実)。知恵の樹の実を除いて、エデンの園に生る全ての果実は食べても良いとされていた。

しかし生命の樹の実と知恵の樹の実、二者択一の内、に唆されたとはいえ、人類は禁じられていた知恵の樹の実の方を選んで食べてしまったために、善悪の知識を得る代わりに永遠の命を得る機会を失い、神によってエデンの園を追放されてしまう。それ以降人類は必ず死ぬようになったのである。

神である主は東の方エデンに園を設け、そこに主の形造った人を置かれた。(創世記2章8節)

神である主は、その土地から、見るからに好ましく食べるのに良い全ての樹を生えさせた。園の中央には、生命の樹、それから善悪の知識の樹を生えさせた。(創世記2章9節)

神である主は人に命じて仰せられた。

「あなたは、園のどの樹からでも思いのまま食べてよい。しかし、善悪の知識の樹からは取って食べてはならない。それを取って食べる時、あなたは必ず死ぬ。」(創世記2章16-17節)

なぜここで知恵の樹の実を食べると必然的に死ぬようになるのかというと、「知恵の樹の実を食べると必ず死ぬ」と定義づけられているということもあるが、生命の樹と知恵の樹は互いに相反する性質を持つ双対であり、一方の選択肢(バナナ・知恵の樹・必然の死)を選ぶと、もう一方の選択肢(石・生命の樹・永遠の命)を失うというバナナ型神話の構造に由来するのである。

「知恵の樹の実を選ぶということは、永遠の命の象徴である生命の樹の実を選ばないということ」で、言い換えると、「永遠の命を選ばないということは、その対極である必然の死を選ぶこと」なのである。

バナナ型神話においては選択肢は両立しないのである。そしてこの選択は不可逆であり、選び直すことはできない。よって人類は二度と生命の樹の実を得ることができずに、必ず死すべき存在となったのである。

神である主は仰せられた。「見よ。人は我々の一人のようになり、善悪を知るようになった。今、彼が、手を伸ばし、生命の樹からも取って食べ、永遠に生きないように。」(創世記3章22節)

こうして、神は人を追放して、生命の樹への道を守るために、エデンの園の東に、ケルビムと輪を描いて回る炎の剣を置かれた。(創世記3章24節)

この説話は神学的に解釈され意味づけされることによって改変され、神に対する不服従、原罪、罪に対する罰、などの観点が強調され、また生命の樹が物語の背後に隠れてしまったために、趣旨が変わってしまったが、原型は人類の死の起源を説明したバナナ型神話の一種なのである。

一般的なバナナ型神話と異なる点は、間違った選択肢を選ぶと必ず死ぬことが予め明示されその選択を禁じられていることである。しかしそれでも人類は間違った選択をしてしまうのである。これは多くの神話民話によくみられる、「タブーを破ると悲劇が訪れる」という神話類型でもあると考えられる。

またバナナ型神話の類型からすれば、もしも人類が知恵の樹の実を選ばず、生命の樹の実を選んだ場合、人類は無知なままではあるが、それゆえに無垢なまま神に従順で、永遠の命を得て、エデンの園で幸せに暮らし続けた可能性を、死の起源と同時に示唆している。

エデンの園を追放された後の人類は、しばらくはそれでもかなりの長命で、一代が1000年近く生きることもあったが、ノアの大洪水の頃に120年と短命になることが神によって定められた。

そこで、主は、「わたしの霊は、永久には人のうちにとどまらないであろう。それは人が肉にすぎないからだ。それで人の齢は、百二十年にしよう」と仰せられた。(創世記6章3節)

なお、この知恵の樹の実は一般にリンゴとされることが多いが、説話の成立時点ではバナナであったとする説が存在する。[3]

ギリシア神話

ギリシア神話にも類似した説話が見られる。

神々の王ゼウスが傲慢になった古い人間を大洪水で滅ぼし、神々と新しい人間を区別しようと考えた際、プロメーテウスはその役割を自分に任せて欲しいと懇願し了承を得た。

彼は大きな牛を殺して二つに分け、一方は肉と内臓を胃袋に入れて食べられない皮に隠して、もう一方は骨の周りに脂身を巻きつけて美味しそうに見せた。そして彼はゼウスを呼ぶと、どちらかを神々の取り分として選ぶよう求めた。

プロメーテウスはゼウスが脂身を巻かれた骨を選び、人間の取り分が皮に隠された美味しくて栄養のある肉や内臓になるように画策していた。

だが、ゼウスはプロメーテウスの考えを見抜き、敢えて神々にふさわしい腐る事の無い骨を選んだ。この時から人間は肉や内臓のように死ねばすぐに腐って無くなってしまう運命になった。

この説話の場合、骨(不死や永遠の命の象徴、石)と肉(死や短命の象徴、バナナ)の二者択一を、人間ではなく神々が行う点が一般的なバナナ型神話の物語の構造からやや変則的である。

また人間が直接死や短命を選ぶのではなく、人間ではない何かが(ここではゼウス)二者択一の内の一方の不死や永遠の命を選び(もしくは得て)、残ったもう一方の死や短命を人間が押し付けられるというパターンは他の説話にも見られる。

プロメーテウスはティーターノマキアーにおいてオリュンポスの神々に敗れたティーターンの一柱であり、オリュンポスの神々に対し反抗的で人間寄りの立場であり、プロメーテウスは他のバナナ型神話における愚かな選択をする人間の代役といえる。

またプロメーテウスは文化英雄であり、神々に逆らい人間に(善悪の)「知識や物」を齎す存在であり、旧約聖書における蛇や堕天使の役割も担っているともいえる。

沖縄の伝承

太古の昔、宮古島にはじめて人間が住むようになった時のこと、月と太陽が人間に長命を与えようとして、節祭の新夜にアカリヤザガマという人間を使いにやり、変若水(シジミズ)と死水(シニミズ)を入れた桶を天秤に担いで下界に行かせた。「人間には変若水を、蛇には死水を与えよ」との心づもりである。しかし彼が途中で桶を下ろし、路端で小用を足したところ、蛇が現れて変若水を浴びてしまった。彼は仕方なく、命令とは逆に死水を人間に浴びせた。それ以来、蛇は脱皮して生まれかわる不死の体を得た一方、人間は短命のうちに死ななければならない運命を背負ったという。

ギルガメシュ叙事詩

ギルガメシュ叙事詩は、紀元前2600年頃に実在したと考えられている、ウルク第1王朝の王「ギルガメシュ」(シュメール語読みではビルガメシュ(「老人が若者である」の意))の物語。紀元前3千年紀末にはシュメール語版が成立し、紀元前2千年紀初めにはアッカド語版が成立したと考えられている。1872年大英博物館のジョージ・スミスが、ニネヴェの「アッシュールバニパル(在位:紀元前668年 - 紀元前627年頃)王宮図書館」跡から発掘されたアッシリア語粘土板文書の楔形文字を解読したことから、忘れ去られていた物語が再び世に知られることとなった。物語は11枚(+番外編1枚)の粘土板文書から成る。物語の内容は大きく、第一から第八までの書板(エンキドゥの死まで)と、第九から第十一までの書板(不老不死の探求)に分けられ、その内の第九から第十一までの書板(特に第十一の書板)にかけて、不老不死の賢人「ウトナピシュティム」(シュメール語版では「ジウスドラ」、アッカド神話のアトラ・ハシース叙事詩(紀元前18世紀頃成立)では「アトラ・ハシース」、ギリシア神話では「デウカリオーン」、旧約聖書の創世記(紀元前5世紀頃成立)では「ノア」、インド神話ではマヌに相当する)と「大洪水」と「不老不死の草」について言及されている。

ここでは、ギルガメシュ叙事詩が創世記やギリシア神話に先行しており、これらの間に何らかの関係があると考えられるので、比較のために、不要部分を省いて記述することとする。なお、これは紀元前7世紀版であることに注意をする必要がある。

第十一の書板

ギルガメシュは遥かなるウトナピシュティム(注:「遠方」の意)に言った。

「ウトナピシュティムよ。あなたの姿を見ても、私があなたであってもおかしくないほど、全然違いがないではありませんか。どうかお願いです。私にあなたがどのようにして神々の集まりに立って、不死の生命を探し当てたのかを話してください。」


ウトナピシュティムはギルガメシュに向かって言った。

「ギルガメシュよ、あなたに隠された事柄を明かそう。そして神々の秘密を話してあげよう。

(洪水伝説省略)

そこでエンリル(注:シュメールの最高神)は(略)祝福する為に私たちの間に入り、私の額に触れて言いました。

『これまでウトナピシュティムは人間でしかなかった。今からウトナピシュティムとその妻は我ら神々のようになりなさい。ウトナピシュティムは遥か遠い地の河口に住みなさい。』

こうして神々は私を連れ去り、遥か遠い地の河口に住まわせました。だが今は、誰があなたの為に神々を呼び寄せて集合させることができるのですか。あなたの求める生命を、あなたが見つける為に、六日と六晩眠らずに起きていなさい。」

ギルガメシュがウトナピシュティムの足もとに座ると、眠りが雲のようにギルガメシュの上に漂った。(略)

ウトナピシュティムの妻は遥かなるウトナピシュティムに向かって言った。

「その人が目を覚ますように触れてあげなさい。やって来た道を無事に帰って行くように。出発した市の門を目指して彼の国へ帰るように。」

(略)七日目のパンがまだ炭火の上にある時、ウトナピシュティムが触れるとギルガメシュは目を覚ました。(略)

ギルガメシュは遥かなるウトナピシュティムに向かって言った。

「ああ、ウトナピシュティムよ、私はこの先どうしたらよいでしょう。私はどこへ行ったらよいのでしょう。私の肉体を死神がシッカリと捕まえてしまったのです。私の寝室には死が座っている。そして私がどこに顔を向けても死が待ち構えています。」(略)


ギルガメシュと船頭ウルシャナビは舟に乗った。(略)

ウトナピシュティムの妻は遥かなるウトナピシュティムに言った。

「ギルガメシュは大変な苦労をしてここまでやって来ました。彼に何も与えないままで、国へ帰すのですか。」(略)


ウトナピシュティムはギルガメシュに向かって言った。

「ギルガメシュよ、あなたは大変な苦労をしてここまでやって来た。 私は何もあなたに与えていないのに、国へ帰すわけにもいくまい。ギルガメシュよ、あなたに隠された事柄を明かそう。そして神々の秘密をあなた話してあげよう。その根が藪のトゲのような草がある。そのトゲは野薔薇のようにあなたの手を刺すだろう。あなたがこの草を入手できたなら、あなたは不死の生命を手に入れることができる。」

ギルガメシュはこれを聞くや否や、取水口(深淵(アプスー)への入り口)を開き、重い石を自分の両足に縛り付けた。石が海(アプスー)の底へと引き込むと、そこにその草を見つけた。彼は草を取ったが、トゲは彼の手を刺した。彼は重い石を両足から外した。海(アプスー)は彼を岸辺へと押し返した。

ギルガメシュはウルシャナビに向かって言った。

「ウルシャナビよ、この草は特別な草だ。人間はこれでもって生命を新しくするのだ。私はこれをウルクへ持ち帰り、老人にそれを食べさせ、試してみよう。その草の名はシーブ・イッサヒル・アメール(注:「老いたる人が若返る」の意)という。私もそれを食べて若かった頃に戻るとしよう。」

(略)彼らは夜の休息をとった。するとギルガメシュは水が冷たい泉を見つけた。彼は水の中へ降りて行って水浴をした。一匹の蛇が草の香りに惹き寄せられた。水の中から忍び寄り、草を取った。戻って行く時に、抜け殻を残して行った。そこでギルガメシュは座って泣いた。彼の頬を伝って涙が流れた。彼はウルシャナビの手を取って言った。

「ウルシャナビよ。何の為に、私は苦労をしてきたのだろう。何の為に、私の心臓の血は使われたのだろう。私自身は恩恵を受けることができなかった。大地のライオン(注:蛇の意)が恩恵を持っていってしまった。もう二十ベールも、流れがあの草を運び去ってしまった。」(後略)

出典

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