ジャン・コクトー

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ジャン・コクトー、右端

ジャン・コクトーJean Cocteau1889年7月5日 - 1963年10月11日)は、フランスの芸術家(詩人小説家劇作家評論家として著名であるだけでなく、画家映画監督脚本家としての活動も行った)。自身は中でも「詩人」と呼ばれることを望んだという。ダダシュルレアリスムと相互影響はあったと考えられるが、自身は直接は運動に参加せず、むしろ対立も多かった。

生涯

フランスのパリ近郊の小さな町であるメゾン=ラフィットでクレマン・ウジェーヌ・ジャン・モリス・コクトー(Clément Eugène Jean Maurice Cocteau)として生まれる。当時12歳の姉マルト、当時8歳の兄ポールに次いで生まれた末っ子である。父ジョルジュは絵を描く趣味があった。

1898年、父ジョルジュがピストル自殺。中学校時代には図工の成績はよかった。同級生のピエール・ダルジュロスは小説『恐るべき子供たち』のダルジュロスのモデルとも言われる。高校生時代には、学業には力を入れず、マルセル・プルーストらと出会うなど文学に没頭するが、大学受験に失敗し、進学を断念する。

1909年、自費にて最初の詩集『アラディンのランプ』を発表する。ニジンスキーに出会うなど、バレエ関連の人脈も増える。ここから広がるバレエ人脈の中でも、ディアギレフのバレエ団バレエ・リュスを通じて、ココ・シャネルをはじめ多くの人と出会うこととなる。1911年ストラヴィンスキーにも出会う。

1915年モディリアーニをはじめとするモンパルナスの画家との交流が始まる。同年、サティピカソとも出会っている。1916年8月12日にモンパルナスのカフェ「ラ・ロトンド」にピカソとそのガールフレンドのモデル、モイズ・キスリングマックス・ジャコブモディリアーニ、マヌエル・オルティス・デ・ザラテ、アンリ=ピエール・ロシェ、マリー・ヴァシリエフ、美術評論家アンドレ・サルモンらと一堂に会し、この時にコクトーが撮った彼らの写真は著名である。

1917年、前年からピカソ、サティらと手がけたバレエ『パラード』初演。1918年、後に六人組と呼ばれる作曲家を集めたコンサートを開く。1920年、一時は興味も覚えていたダダに反対の立場を鮮明にする。同年、プーランクらとジャズ演奏会なども開いている。早熟の天才ラディゲと仕事を共にしていたが、1923年の彼の早すぎるは、コクトーを悲嘆に暮れさせ、その後10年に渡り阿片に溺れる事になる。

1926年シュルレアリスト達と激しく対立する。1929年阿片の療養の中で小説『恐るべき子供たち』を執筆。1930年にかつてブニュエルの『黄金時代』などにも資金を出したド・ノアイユ子爵の資金で『詩人の血』を実質の初監督。1934年、演劇『地獄の機械』を初演。

1936年、日本を訪れ、相撲と歌舞伎に感心し、相撲を「バランスの芸術」と呼び、六代目尾上菊五郎に会って握手したが、その際、白粉が剥げないように気を遣ったため菊五郎を感心させている[1]。この時観た鏡獅子が、後の『美女と野獣』のメイクに影響したという説もある。日本に来て最初に衝撃を受けたのは、石けりをしている少女が地面にチョークで描いた円で、子供がこれほど正確で幾何学的な線を描く国は他にはない、と驚きを述べている[2]

1940年エディット・ピアフのための演劇『Le Bel Indifferent』。この年に阿片から足を洗っている。

1945年、代表的映画作品『美女と野獣』を監督。1955年アカデミー・フランセーズ、ベルギー王立アカデミーの会員に選出された。1960年アンドレ・ブルトンの反対を受けながらも「詩人の王」に選ばれる。

病床で、親友でもあったエディット・ピアフの死を知り、その4時間後に亡くなった。

カルティエの三連リングは彼のデザインであるといわれるが、本国フランスはじめヨーロッパ各国でそのような発表はない。

主な作品

※「ジャン・コクトー全集」(全8巻:東京創元社)に大半が所収。全集以後に出た新訳本や未所収の訳書も有る。

詩集

  • 『アラジンのランプ』 La Lampe d'Aladin, 1909年
  • 『浮かれ王子』 Le Prince Frivole, 1910年
  • 『ソフォクレスの踊り』 La Danse de Sophocle, 1912年
  • 『ピカソへの頌歌』 Ode à Picasso, 1919年
  • 『喜望峰』 Le Cap de Bonne-Espérance, 1919年
  • 『寄港地』 Escale, 1920年
  • 『ポエジー』 Poésies (1917-1920), 1920年
  • 『用語集』 Vocabulaire, 1922年
  • 『フランソワの薔薇』 La Rose de François, 1923年
  • 『平調曲』 Plain-Chant, 1923年
  • 『天使ウルトビーズ』 L'Ange Heurtebise, 1926年
  • 『オペラ』 Opéra, 1927年
  • 『神話』 Mythologie, 1934年
  • 『謎』 Énigmes, 1939年
  • 『寓意』 Allégories, 1941年
  • 『レオーヌ』 Léone, 1945年
  • 『はりつけ』 La Crucifixion, 1946年
  • 『数字7』 Le Chiffre Sept, 1952年
  • 『幽明抄』 Clair-Obscur, 1954年
  • 『パラプロゾディ』 Paraprosodies, 1958年
  • 『不死鳥のスペイン風儀典書』 Cérémonial Espagnol du Phénix, 1961年
  • 『鎮魂歌』 Le Requiem, 1962年
  • 『コクトー詩集』(堀口大學訳、新潮文庫、改版2008年)

小説

  • 『ポトマック』 Le Potomak, 1919年
澁澤龍彦訳、2000年2月、河出文庫)ISBN 978-4309461922
澁澤龍彦訳、2003年7月、河出文庫)ISBN 978-4309462288
  • 『山師トマ』 Thomas l'Imposteur, 1923年
河盛好蔵訳、1955年7月、角川文庫、改版1994年)ISBN 978-4042047032
ゆまに書房で、初版復刻本(2007年3月 ISBN 978-4843322673)
  • 『白書』 Le Livre Blanc, 1928年
山上昌子訳、1994年5月、求龍堂)ISBN 978-4763094162
東郷青児訳 1953年3月 角川文庫)ISBN 978-4042047018
鈴木力衛訳 1957年1月 岩波文庫) ISBN 978-4003256619
高橋洋一訳 1995年7月 求龍堂) ISBN 978-4763095244
中条省平・中条志穂訳 2007年2月、光文社古典新訳文庫) ISBN 978-4334751227
佐藤朔訳、旺文社文庫、のち「全集」東京創元社)
  • 『ポトマックの最後』 La Fin du Potomak, 1940年
河出文庫版の『ポトマック』に併収。

戯曲

  • エッフェル塔の花嫁花婿Les Mariés de la Tour Eiffel, 1921年
  • アンティゴネAntigone, 1922年
  • 『ロミオとジュリエット』 Roméo et Juliette, 1924年
  • 『オルフェ』 Orphée, 1926年
  • 『哀れな水夫』 Le Pauvre Matelot, 1927年
  • 『人間の声』 La Voix humaine, 1930年
  • 『地獄の機械』 La Machine Infernale, 1934年
  • 『未亡人学校』 L'École des Veuves, 1936年
  • オイディプース王』 Œdipe-Roi, 1937年
河出文庫版の『大胯びらき』に所収。
  • 『円卓の騎士』 Les Chevaliers de la Table Ronde, 1937年
  • 『恐るべき親たち』 Les Parents Terribles, 1938年
  • 『聖なる怪物』 Les Monstres Sacrés, 1940年
  • 『タイプライター』 La Machine à Écrire, 1941年
  • 『ルノーとアルミード』 Renaud et Armide, 1943年
  • テンプレート:仮リンクL'Aigle à Deux Têtes, 1946年
  • 『バッカス』 Bacchus, 1952年
  • 『パレ=ロワイヤル即興劇』 L'Impromptu du Palais-Royal, 1962年
    • 『ベスト・オブ・コクトー』(澁澤龍彦・岩瀬孝ほか訳、白水社、新版1993年)

評論

  • 『雄鶏とアルルカン』 Le Coq et l'Arlequin, 1918年
  • 『白紙』 Carte Blanche, 1920年
  • 『職業の秘密』 Le Secret Professionnel, 1922年
  • 『無秩序と考えられた秩序について』 Le Rappel à l'Ordre, 1926年
  • 『ジャック・マリタンへの手紙』 Lettre à Jacques Maritain, 1926年
  • 『阿片』 Opium, 1930年
堀口大學訳 1952年4月 角川文庫、改版1994年)ISBN 978-4042047025
  • 『僕の初旅』 Mon Premier voyage, 1937年
  • 『グレコの神話』 Le Greco, 1943年
  • 『美女と野獣』 La Belle et la Bête, 1946年
  • 『存在困難』 La Difficulté d'être, 1947年
『ぼく自身あるいは困難な存在』(秋山和夫、ちくま学芸文庫、1996年)
  • 『アメリカ人への手紙』 Lettres aux Américains, 1949年
  • 『知られざる者の日記』 Journal d'un Inconnu, 1953年
  • 『一詩人の歩み』 Démarche d'un Poète, 1953年
  • 『アカデミー・フランセーズ入会演説』 Discours de Réception à l'Académie Française, 1955年
  • 『オックスフォード大学講演』 Discours d'Oxford, 1956年
  • 『臍帯』 Le Cordon Ombilical, 1962年
  • 『美と王妃たち』(高橋洋一訳、河出書房新社、2004年)-未邦訳の作品エッセイ

映画

『美女と野獣』(釜山健訳、創元ライブラリ文庫:東京創元社、1995年)-シナリオ

参考文献

  • ジャック・キム、スプリッジ、ベアールの3名『評伝 ジャン・コクトー』(秋山和夫訳、筑摩書房、1995年)
  • 高橋洋一『ジャン・コクトー 幻視の美学』(平凡社ライブラリー、2003年)
  • 西川正也『コクトー、1936年の日本を歩く』(中央公論新社、2004年)
  • 三木英治『21世紀のオルフェ ジャン・コクトオ物語』(編集工房ノア、2009年)

脚注

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外部リンク

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  1. 訪日時の印象についてはエッセイ『僕の初旅』(Mon Premier voyage)に記されている。周防正行監督の映画『シコふんじゃった。』の冒頭には、柄本明演じる大学教授がこの中の相撲見物の一節を読み上げる場面がある。
  2. 日本への二つの「挨拶」 ―『セルパン』ジャン・コクトー来日特集号をめぐって(1)西川正也