クツコムシ目

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クツコムシ目(口籠虫目) は、節足動物門鋏角亜門クモ綱に属する分類群である。節腹類とも言う。小さなクモ類に似た姿で、硬い体を持つ。最大の特徴は、前端部に頭蓋(とうがい)と呼ばれる、自動車のボンネットに似た可動式の蓋を持つことである。この蓋は口と鋏角を上から覆うことができる。

分布域は非常に限られており、アフリカ中西部と熱帯アメリカからのみから知られ、2005年までに確認された現生種は全部で1科3属57種と、種類数も大変少ない小さな一群である。和名は、頭蓋を口籠(くつこ:牛馬などが噛み付かないように口にかぶせるカゴ)に見立てたもの。学名はラテン語マダニ類を表す ricinus に縮小辞を付けたもので「小さなマダニ」の意という[1]

形態

成体の大きさは5mm~10mmほどの小さな動物である。体は堅く、表面は微細な顆粒に覆われる。前方のやや小さい前体(prosoma)とそれにつながる大きい後体(opisthosoma)の二つの部分からなり、背面から見ると、雪だるま型の胴体に脚を付けたような姿で、全体の形はクモ類に似ている。しかし、背腹に平たく、体の中央がクモ類ほどにはくびれずに、前体と後体はそれぞれの凹凸により相互に嵌め込まれ、しっかりと密着している。

前体頭胸部とも言い、頭と胸が融合したもので、その背面は一枚の背甲に覆われている。前体の前端部には頭蓋(とうがい)またはフードと呼ばれる可動の板状構造があり、これが蓋のように動いて、上方から口と鋏角を覆い隠すことができる。はなく、感覚器としては感覚毛が認められるのみであるが、まったく光を感知できないのか、嗅覚などはどうなのかなどの詳細は不明で、未だ研究途上にある。前体の腹面には鋏角1対、触肢1対、脚4対の計6対の付属肢があり、鋏角は鋏状、触肢は左右に張った鎌のようになって、先端に小さな鋏がある。足は太くがっしりしていて、第1脚は7節、第2~3脚は11節、第4脚は12節からなり、第1脚と第4脚はやや短い。脚の先端節には2本の爪がある。雄の第3脚は交接器官として複雑な形に変形しており、分類の際の重要な形質となる。

後体はすなわち腹部で、付属肢などはなく、全部で9節からなるが、中間の第4~6節の3節が特に拡大しており、その前後の節は縮小していてあまり目立たない。これら大きな3節の背面には横長の背板があり、それぞれの背板は中央の大きい板と左右の小さい板とに3分されているため、背面全体では大小9枚の背板からなるように見える。腹面もほぼ背面同様の構造だが、背面ほど明瞭には小分割されず、比較的単純な横長の腹板が節ごとに前後に並んでいる。腹面の第1節と第2節との節間膜には横長の生殖口があるが、これはクモ綱の生殖口が、通常第2節上もしくは第2節の後縁にあるのとは異なっている。このことから、クツコムシ目の生殖口のすぐ前にある見かけ上の「第1節」は、実は本来の第2節であり、真の第1節は退化消失したものであろうと考えられている。後方の第7~9節は小さいイボ状の尻尾のようになっており、後端の第9節に肛門がある。

クモ綱の呼吸器官としては書肺気管が主要なものとして知られており、分類群によってそのどちらか、もしくは両方を具えているのが一般的であるが、クツコムシ目では気管のみを具えている。またクモ目をはじめとするクモ綱の多くでは後体に呼吸器官の開口部があるが、クツコムシでは前体の第3脚の付け根近くの上方に開口していて、そのすぐ内側で無数の細い気管に分かれている。排出はマルピーギ氏管と第3脚基部後方にある基節腺(coxal gland)による。神経系は各神経節に分かれることなく、全体に融合した中枢神経系になっている。

生態

ほとんどの種は熱帯雨林内の落ち葉の下などに生息するが、洞窟に棲むものもいくつか知られている。いずれも適度の湿度が保たれていることが重要らしい。動作は遅く、第1脚を触角のようにして探りながら歩く。捕食性で、主に他の小さな節足動物などを食べているとされる。配偶行動については詳しくは知られていないが、雄が交接用の第3脚を使って精包を雌に渡すのが観察されている。雌は卵を頭蓋の下に保護して持ち運ぶ。生まれたばかりの若虫はダニ類のそれと同様に3対の歩脚をもち、後に脱皮して親と同じ4対の歩脚となる。

生息域が限られるため、かつては非常に稀な動物と考えられていたが、その後の調査研究の結果、その生息地では極めて普通に見られる場合が多いことがわかった。しかし分布域の一部、特にアフリカの生息域は、森林の伐採などによってその生息が脅かされている可能性も指摘されている。古生代石炭紀(主にペンシルベニア紀)から化石が出ており、当時の個体数は多かったらしく、化石として発見されている個体数と現生で確認された個体数とに大差がない言われていた時期もある。

分類

クモ綱内での系統関係は必ずしも明確ではないが、一般にはダニ目の姉妹群として位置付けられている。かつてはクモ綱の中でも原始的な存在と見られた時期もあったが、頭蓋その他の派生的な形質が多いことから、むしろ新しい群であると考えられるようになった。Selden (1992)は化石種と現生種とをそれぞれ別亜目として分けて2亜目を創設したが、この分類によれば現生種はシンクツコムシ亜目のクツコムシ科のみからなる。さらにクツコムシ科はかつては西アフリカ産のRicinoides属と中南米産のCryptocellusの2属に分けられていたが、 Platnick (1980)が中米産の一部をPseudocellusという新属として分けたことで3属とされるようになった。一方、化石種はムカシクツコムシ亜目に属する2科からなり、長らく2属とされてきたが、Selden(1992)が新たに2属を創設して4属となっている。しかし研究者自体が少なく、分布域が限られることや、小型であることなどもあって生態学的にも分類学的にも研究は十分ではなく、今後の研究の進展によって種数や分類の内容、他のクモ綱との系統関係、生態学的知見などが大幅に追加修正される可能性もある。

以下は2005年時点までに知られている分類の概要である。 (Superfamily=上科、Family=科、Genus=属)

Order Ricinulei クツコムシ目 (現生種:3属57種・化石種:4属16種)

  • Suborder Neoricinulei Selden 1992 シンクツコムシ亜目 (全て現生)
    • Superfamily Ricinoidoidea クツコムシ上科
      • Family Ricinoididae Ewing, 1929 クツコムシ科 (3属57種)
        • Genus Cryptocellus Westwood, 1874 (28種:パナマ、コスタリカ、ブラジルほか)
        • Genus Pseudocellus Platnick, 1980 (19種:テキサス、メキシコ、パナマ、グァテマラほか)
        • Genus Ricinoides Ewing, 1929 (10種:ギニア、カメルーン、コンゴなどアフリカ中西部)
  • Suborder Palaeoricinulei Selden 1992 ムカシクツコムシ亜目
    • Superfamily Curculioidoidea
      • Family Curculioididae Cockerell, 1916 (2属11種)
        • Genus Amarixys Selden, 1992 (3種)
        • Genus Curculioides Buckland, 1837 (8種)
      • Family Poliocheridae Scudder, 1884 (2属5種)
        • Genus Poliochera Scudder, 1884 (4種)
        • Genus Terpsicroton Selden, 1992 (1種)

脚注

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参考文献

外部リンク

  • 日本産クモ類』p.12