ラグナロク
ラグナロク(古ノルド語:Ragnarøk(Ragnarök、ラグナレク)、「神々の運命」の意)は、北欧神話の世界における終末の日のことである。
古エッダの『巫女の予言』、『フンディング殺しとヘルギ その2』、『アトリの言葉』、『バルドルの夢』では、本来の形である Ragna røk と綴られ、こちらは「神々の運命」と解される。
一方、13世紀のアイスランドの詩人スノッリ・ストゥルルソンの『エッダ』(通称『新エッダ』)および、古エッダの『ロキの口論』では Ragnarøkkr(神々の黄昏)と呼ばれる。スノッリの『エッダ』では、Ragnarøkr と綴られることもあるが、これも「神々の黄昏」と解される。リヒャルト・ワーグナーはこれを Götterdämmerung とドイツ語訳して、自身の楽劇『ニーベルングの指環』最終章のタイトルとした。このため、日本語でも「神々の黄昏」の訳語が定着している。
『新エッダ』
『新エッダ』第一部『ギュルヴィたぶらかし』第51-53章[1]によれば、ラグナロクが起こる前にまず風の冬、剣の冬、狼の冬と呼ばれるフィンブルヴェト(恐ろしい冬、大いなる冬の意)が始まる。夏は訪れず厳しい冬が3度続き、人々のモラルは崩れ去り、生き物は死に絶える。
太陽と月がフェンリルの子であるスコルとハティに飲み込まれ、星々が天から落ちる。大地と山が震え、木々は根こそぎ倒れ、山は崩れ、あらゆる命が巻き込まれ、あらゆる命が消える。ヘイムダルは、世界の終焉を告げる為に角笛ギャラルホルンを預けているミーミルの泉へ向かう。最高神オーディンはミーミルの元へ駆けつけ、助言を受ける。
この日には全ての封印、足枷と縛めは消し飛び、束縛されていたロキやフェンリル、ガルムなどがアースガルズに攻め込む。巨蛇ヨルムンガンドが大量の海水とともに陸に進む。その高潮の中にナグルファルが浮かぶ。舵をとるのは巨人フリュムである。ムスペルヘイムのスルトが炎の剣を持って進む。前後が炎に包まれた彼にムスペルの子らが馬で続く。ビフレストは彼らの進軍に耐えられず崩壊する。
神々と死せる戦士たち(エインヘリャル)の軍は皆甲冑に身を固め、巨人の軍勢と、ヴィーグリーズの野で激突する。オーディンはフェンリルに立ち向かうもののフェンリルに飲まれて死ぬ。オーディンの息子ヴィーザルが、フェンリルの下顎に足をかけ、手で上顎を押さえてその体を切り裂き、父の仇を討つ。トールはヨルムンガンドと戦い、ミョルニルで殴りつけて倒すが、毒を喰らい相打ちに終わる。テュールはガルムと戦うが相打ち。ロキとヘイムダルも相打ちに倒れる。フレイはスルトと戦い善戦するも武器を持っていなかったため打ち倒される。
スルトの放った炎が世界を焼き尽くし、九つの世界は海中に没する。闘いの後、大地は水中から蘇りバルドル、ヘズは死者の国より復活する。オーディンの子ヴィーザル、ヴァーリ、トールの子モージ、マグニ、さらにヘーニルらも生き残り、新たな時代の神となる。彼らはかつてアースガルズのあったイザヴェルで暮らす。
天にあるギムレーという、太陽より美しく黄金より見事な広間には、天地を滅亡させる炎も届かない。ここに、永遠に、善良で正しい人が住むのである。さらに、ホッドミーミルの森(en)だけが焼け残り、そこで炎から逃れたリーヴとリーヴスラシルという2人の人間が新しい世界で暮らしていくものとされている。ホッドミーミルの森とは世界樹ユグドラシルの別称であるとされる。太陽が狼に飲み込まれる前に産んでいた美しい娘が、母を継いでその軌道を巡り、新しい太陽となる。
『古エッダ』
『巫女の予言』
『巫女の予言』[2]では、まず、神々の場所がおそらくは朝焼けや夕焼けによって[3]赤く染まり、太陽が暗く天候の悪い夏が続くことが語られる。女巨人エッグセール(en)が竪琴を弾くそばで雄鶏のフィアラル(en)が、アース神族の場所でグリンカムビが、ヘルヘイムで雄鶏が鳴く。ヘイムダルはギャラルホルンを吹き、オーディンはミーミルを訪ねる。巨人フリュムが東[注釈 1]から攻めてくる。ヨルムンガンドも波を立てて迫る。また東の海[注釈 2]からはムスペルを乗せロキが舵をとる船がやって来る。スルトは南から炎を携えて進む。こうした中で人々はヘルの元へ行くこととなる。
オーディンはフェンリルに倒されるが、直ちに息子のヴィーザルがフェンリルの心臓を剣で貫く。フレイはスルトと戦う。トールはヨルムンガンドと戦うが、その毒を浴び、9歩退いて倒れる。やがて太陽が光を失い、星々が消える。炎と煙が噴き上がる中、大地は沈没する。
やがて海中からは緑なす大地が現れる。生き残ったアース神族はイザヴェルに集まるが、そこにはバルドルとヘズが戻ってくる。ヘーニルもいる。オーディンの2人の兄弟[注釈 3]の息子達が天(風の住居)に住むと語られる。ギムレーには誠実な人々が暮らす。ニザヴェッリルから舞い上がった黒い竜ニーズヘッグはやがて沈んでいく。
『ヴァフスルーズニルの言葉』
『古エッダ』の『ヴァフスルーズニルの言葉』[4]では、博識の巨人ヴァフスルーズニルと、ガグンラーズ(Gagnráðr)という偽名を名乗ったオーディンが知恵比べをする過程で、ラグナロクについて言及する。その中で、神々の元にいる戦士達は、毎日戦い合っては戦死者を出し、しかし戦場から馬で戻って和やかに食卓に同席すると説明される(第40-41節)。また、ヴィーグリーズはスルトと神々の戦いの場だとされる(第17-18節)。また、ヴァン神族の国からアース神族の元に移った神ニョルズが、世界の終わる時にヴァン神族の元に帰るとされる(第38-39節)。恐ろしい冬が人間の世界に訪れても、ホッドミミルの森に隠れていたリーヴとリーヴスラシルの2人が生き残り、人間はこの2人からまた増えていくとされる(第44-45節)。太陽はフェンリルに捕らえられる前に美しい娘をもうけており、太陽の亡くなった後はこの娘が再び天を巡るとされる(第46-47節)。オーディンは狼に倒されるが、息子のヴィーザルが狼の顎を引き裂くとされる(第52-53節)。世界を焼き尽くしたスルトの炎が消えた後には、ヴィーザルとヴァーリ、モージとマグニは生き残っているとされる(第52-53節)。
なお、アクセル・オルリックは、ニョルズがヴァン神族の元に帰るのはヘーニルがアース神族の元に帰ることと対をなしていると推測している[5]。作者である詩人が、混乱を経た後にはすべてが最初の状態(場所)に戻ると考えていたとしている[6]。
その他の詩
『ファーヴニルの言葉』(en)第14-15節によれば、スルトとアース神族が戦う島はオースコープニルだという[7]。『ロキの口論』第41-42節では、フェンリルが神々の滅びる日まで縛られていること、その日にはムスペルの子達がミュルクヴィズの森を越えて神々の元に攻め込んでくることが語られる[8]。『ヴェグタムの歌(バルドルの夢)』第14節ではロキもまた縛めを解かれる[9]。『グリームニルの言葉』では、戦いの時にヴァルハラの540の扉からそれぞれ800人の戦士が出陣する様子が語られる[10]。『ロキの口論』第58節では狼がオーディンを飲み込むとされ[11]、『グリームニルの言葉』第17節ではヴィーザルが父の死の復讐をする旨を宣言している[12][13]。
『巫女の予言短篇』(『ヒュンドラの歌』)は、『巫女の予言』を大筋でなぞっている。悪天候の中で海が天も地も洗い、雪と強風が襲うこと(第42節)、オーディンが狼に相まみえること(第44節)が語られている[14][13]。
脚注
注釈
- ↑ シーグルズル・ノルダルによれば、北寄りの東方から、陸路で。(『巫女の予言 エッダ詩校訂本』238頁)
- ↑ ノルダルによれば、南寄りの東から、海路で。(『巫女の予言 エッダ詩校訂本』238頁)
- ↑ この「2人」について、谷口幸男はヴェーイとヴィリだと推定し(『エッダ 古代北欧歌謡集』26頁)、アクセル・オルリックは、直前にヘーニルの名が挙がっていることからヘーニルとローズルだと解釈している(『北欧神話の世界』158頁)。
出典
関連項目
参考文献
- アクセル・オルリック『北欧神話の世界』尾崎和彦訳、青土社、2003年、ISBN 978-4-7917-6065-7。
- V.G.ネッケル他編『エッダ 古代北欧歌謡集』谷口幸男訳、新潮社、1973年、ISBN 978-4-10-313701-6。
- シーグルズル・ノルダル『巫女の予言 エッダ詩校訂本』菅原邦城訳、東海大学出版会、1993年、ISBN 978-4-486-01225-2。
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- ↑ 『エッダ 古代北欧歌謡集』275-280頁。
- ↑ 『エッダ 古代北欧歌謡集』13-15頁。
- ↑ 『エッダ 古代北欧歌謡集』24頁。
- ↑ 『エッダ 古代北欧歌謡集』45-50頁。
- ↑ 『北欧神話の世界』188頁。
- ↑ 『北欧神話の世界』164頁。
- ↑ 『エッダ 古代北欧歌謡集』139頁。
- ↑ 『エッダ 古代北欧歌謡集』84頁。
- ↑ 『エッダ 古代北欧歌謡集』200頁。
- ↑ 『エッダ 古代北欧歌謡集』54頁。
- ↑ 『エッダ 古代北欧歌謡集』86頁。
- ↑ 『エッダ 古代北欧歌謡集』53頁。
- ↑ 13.0 13.1 『北欧神話の世界』13頁。
- ↑ 『エッダ 古代北欧歌謡集』211頁。
- ↑ 『北欧神話の世界』14-17、21頁。