背中
背中(せなか)とは、高等動物の胴の表面の内、胸や腹と反対側、すなわち、脊柱(背骨)が通っている側の、半面のことである。特にヒトの場合には、胴のくびれ、すなわち腰よりも下の部分は尻と称して区別する。ヒトにとっては腹と違い直接目で見ることが難しい部分であるため、背中には裏側のニュアンスがある。「背(せ)」とも言うが、この場合は刃物の「背」のように、転用された表現も多い。一方で身長のことも「背」と言うが、このときは俗に「せい」と発音することがある。
防衛的な面
背中側は進行方向の反対側である。這う姿の動物の場合も、下向きに四肢をのばし、前方に進むものであるから、四肢も感覚器も前か腹方向に使うようになっている。そのため、背中側は四肢が曲がりにくく、また感覚器で探知しづらい方向となっている。
また敵の攻撃を受けた場合には背中は守りづらい方向である。そのために大木や壁を背面にすることがある。ネコは攻め込まれると仰向けになり、四肢をすべて攻撃に使える姿勢をとる。
この背を強化して防御する方向に進化した例も多い。ほ乳類ではアルマジロがその典型である。昆虫や甲殻類などにも背面に比較的丈夫な外骨格を持つ例が多く、それらは普通は背甲(はいこう)と言われる。
また、荷物を運ぶ場合、背中に背負うのは典型的な方法の一つである。足は体重を支えるようになっているから、背面側に乗せるのが理にかなっている。ただし、手足は前に向かって働きやすくなっているので、前方で抱え上げる方が都合が良いが、前に大きな荷物を抱えると、運ぶための移動に際して視界の妨げとなるなど負担が大きい。子どもなどを背中に乗せて運ぶ姿勢をおんぶという。背面では荷物の固定が困難なので、そのための装置としてリュックサック、背負いかご、背負子などの道具が用いられる。なお、頭上に乗せる方法も広く用いられ、平地ではこちらが発達し、山がちの地では背中に背負うことが多いと言われる。動物においても、子どもを常時運ぶ動物ではオポッサム、サソリ、コモリグモなど背中に背負う例が多い。
見える面として
多くの動物では腹面を地表などに向けるため、背中は他者から見える側でもある。したがって、同種内でのアピール(婚姻色や威嚇など)、他種に対する表示(保護色や警告色など)も、主として背面にあらわれる。したがってその動物の外見的な特徴もそちらにあらわれやすく、昆虫標本等では、背面が見えるように固定するのが普通である。
ただし立ち上がる姿勢を取る動物では、そのような特徴が前方に出る例が多く、鳥類ではのど袋を膨らませたり、尾羽を立てて広げたりと、前方から見た場合に効果のあるディスプレイがなされる。ヒトにおいて雌の乳房が性的魅力の対象となっているのも、この例とされることがある。
文化
人間の場合、対人的な情報交換、意思疎通に関する器官(顔・目・口など)はほぼ前向きに配置するから、背中での意思疎通はむずかしい。「背を向ける」ことは、相手に対する無関心、あるいは無視などの拒否的態度の表れと見なされるのが普通である。背任など、より強い拒否的態度を指すこともある。一方で「(語らずして)背中で語る」「(父親の)背を観て子は育つ」という語(暗黙の内に語る、見て育つの意)もある。
なお、江戸時代の武士道では背中を切ることは卑怯とされ、また背中を切られることは敵に背を向けた、すなわち逃げようとしたことを意味するとして恥とされた。一例として、安藤信正は坂下門外の変において背中に傷を負い、一部の幕閣から「背中に傷を受けるというのは、武士の風上にも置けない」と非難されている。一方、フェンシングやポーランドにおける騎士道世界大会では、正面から相手の背中を攻撃する技がみられ、これは互いに前面に盾を向けている状況下で、片手で武器をもっている姿勢上、相手を抱き込むようにして攻撃する=盾を封じたまま無防備な背を狙う方が楽であり、背面を叩きつける。従って、武士道と異なり、文化的に背を攻撃することは抵抗がなく、技として成り立っている。
接続する部分
慣用表現
- 背を向ける
- 背中を押す
- 背に腹は替えられぬ
- 背中を見て育つ - おやじの背中
- 背中を流す