DCF法

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DCF 法 (- ほう) は、収益資産の価値を評価する方法の 1 つ。具体的には、株式不動産その他多様な投資プロジェクトの価値を算出する場合に用いられる。Discounted Cash Flow 法の略で、ただ DCF とだけいう場合も多い。

概要

この評価方法の本質は、ある収益資産を持ち続けたとき、それが生み出すキャッシュ・フロー割引現在価値をもって、その理論価格とすることにある。たとえば、株式ならば企業の将来キャッシュ・フローを一定の割引率を適用して割り引いた割引現在価値をもって理論株価とする。評価方法の種類別では、インカムアプローチと呼ばれる方法に区分される。

他の評価方法であるネットアセットアプローチによる清算価値をもとにした評価方法である簿価純資産法や修正簿価純資産法、マーケットアプローチによる類似資産の市場評価を用いるマルチプル法とは異なり、将来キャッシュ・フロー計画が高い確度で計算可能で、客観的に妥当な割引率を算出、適用できた場合には、他の方法では得られない個別資産の特殊性を踏まえた評価が可能となる方法とされる。

なお、企業価値 (株式価値) の評価業務では将来計画を含めた価値把握のため DCF 法が 1980 年代後半より次第に使われ始め、不動産鑑定においては 2002 年の不動産鑑定基準の改訂の際に正式に DCF 法が採用されるに至っている。一つの資産を対象にしているため、キャッシュフローが高い確度で導き出せる不動産においては適切な評価法であることは間違いがないが、極めて多数の要因からキャッシュフローを見積もるという不確実性の多い企業評価におけるDCF法は、企業価値を計るうえでの参考程度にしかならない。

算定方法の概要

ここでは収益資産として、企業の株式を例にとって説明する。株式の価値を算出する方法についてはいくつかの考え方があるが、DCF 法では企業が将来生み出すフリー・キャッシュフローの総合計を現在価値に割り引くことによりその企業の株式価値を算定することとしている。

この考え方に立って企業価値を算出するには、その企業の将来フリー・キャッシュフローの予測が必要となる。一般的に企業の中期経営計画は経営環境が予測可能な3年乃至5年の期間をもとに作成されるため、将来フリー・キャッシュフローの予測にはこうした中期経営計画による損益情報を加工してフリー・キャッシュフローを導く方法による。正確な企業価値を算出する上でフリー・キャッシュフロー情報は長期間のデータが必要となるが、何年間分必要かは当該企業の属する業種の性質により異なる。

なお、損益情報をキャッシュフロー情報に変換する過程で、減価償却費減損損失、引当金繰入額、資産の評価損など、会計上の見積もり要素を加えて計算された部分が排除されるため、数値の客観性や検証可能性が高まると考えられている。しかし、フリー・キャッシュフロー予測期間が充分に確保できない場合、フリー・キャッシュフロー予測期間の最終事業年度の結果が、評価価値のほとんどを占める可能性が高いことや、そもそも最終事業年度の損益が赤字である場合にはマイナスの評価価値が算定されることなど、DCF 法の信頼性についてはフリー・キャッシュフロー予測期間の有限性の壁が指摘される。また、売掛金の回収を猶予したり、買掛金を必要以上に減少させるなどの方法で損益に影響させずにキャッシュフローを操作することも比較的容易であり、株式の評価においては不適切であるという意見もある。

この将来キャッシュフロー予測を実施した後、そのキャッシュフローを適切な割引率を用いて現在価値に割戻して合計することで企業価値を求める。このとき、適用割引率が 0.1 % 変わるだけで企業価値の変化額はきわめて大きいことから割引率の決定は DCF 法による評価額決定の中でも極めて大きな位置を占めるものとなる。また、厳密な適用基準の正解は無い。

一つの説によれば、適用割引率の選定基準は算定対象となる企業の加重平均資金調達コスト (WACC : 有利子負債コストに資本コストも加えたもので、一般に資本家は有利子負債の出し手よりリスクの高い株券に投資しているため要求コストは高いとされる) とされる。しかし、個々の資本家の要求する資本コストは多種多様であり、資本家の要求する資本コストを極端に高く見積もることで、逆に資本家の資産の現在価値を不当に低く評価することになるという矛盾も生じる。短期投資家の資本コストや、負債を利用して投資している投資家の資本コストは高い反面、信用力のある長期投資家の資本コストは小さい。資本コストは、各資本家の信用力にも影響するものであり、一律に資本コストとして算定することは出来ない。

株式価値算定に当たっては、有利子負債コストを割引率に加味するのでなく、将来フリーキャッシュフローから金利コストを差し引いたものを適切な資本コストで割り引くという方法を取るべきという説もある。(equity approach)

DCF 法を適用することは前提条件に仮定を重ねていく部分が大きいため、結果の信頼性の面では不安定といえる。特にフリー・キャッシュフロー予測期間の最終事業年度の結果を適用割引率で割り返したターミナルバリューと呼ばれる価値部分が企業価値評価額全体に占める割合が高い場合には、価値予想の前提条件が厳密に提示されない限り、当該 DCF 法の適用により求められた企業価値は一般的な説得力を持ちえるほどの信頼性が得られない点に留意する必要があるといえる。このようにして求められた企業価値から、評価時点の有利子負債残高を控除した額が企業の株主価値となる。さらに、株主価値を発行済み株式総数で割ることにより 1 株当たり株式価値が求められるという。

こうした算定の概要を通じて DCF 評価の価値を大きく左右するのが「将来フリー・キャッシュフロー予測」と「適用割引率」の 2 つであり、DCF 法の算定結果の信頼性を左右するポイントとされる。しかし、多数の投資家が存在する株式の価値算定では公正な資本コストを求めることも難しく、企業の将来キャッシュフローを高い精度で見積もることも困難であるので、一般には株式の評価基準となっているとは言えない。

割引現在価値

現在から将来にわたる利益を積算する場合、それらを単純に足すだけでは問題が生じてしまう。なぜなら、1 年後の X 円と現在の X 円は、同価値ではないからである。

たとえば、現在の X 円は、利子率 r のもとでは、1 年後に (1 + r)X 円に増えているからである。つまり、現在の X 円と同価値なのは、1 年後の (1 + r)X 円であることがわかる。

この関係を利用すると、1 年後の Y 円を、現在の価値に換算するには、Y = (1 + r)X とおくことで、X = Y/(1 + r) であると計算される。

結論として、1 期間の利子率を r としたとき、1 年後の Y 円を現在の価値に直すと、Y/(1 + r) 円になる。このように、将来 (1 年後) の価値を現在の価値に変換するとき、このような (1 + 当該期間の利子率) で割引いた価値で表示したものを、割引現在価値 (discounted present value) という。この操作を、何年にも渡って繰り返し適用することで、遠い将来の価値を現在の価値に変換することができる。

現在価値と 1 年後の価値
現在価値 (円)利子率 r1 年後の価値 (円)
X→1 年後の価値は→(1 + r)X
Y/(1 + r)←1 年前の価値は←Y

企業の 1 株当たりキャッシュ・フローへの応用

そこで株価を求めるには、以上の割引く作業を、将来のすべてのキャッシュ・フローに適用すればよい。これが DCF 法のエッセンスである。

たとえば、今から t 年後のある企業の 1 株当たりキャッシュ・フローを Yt、その期間に適用される利子率を rt とすると、その 1 年前の価値は、<math>\frac{Y_t}{1 + r_t}</math> である。また、2 年前の価値は、同じ割引計算を繰り返すことで、<math>\frac{Y_t}{(1+r_{t-1})(1+r_t)}</math> である。

この要領で、t 年後の 1 株当たりキャッシュフロー Yt の割引現在価値は、<math>\frac{Y_t}{(1+r_1)(1+r_2)\cdots(1+r_t)}</math> であることがわかる。

この計算を、1 年後から n 年後までのキャッシュ・フロー Y1, Y2, ・・・, Yn にすべて適用すると、 理論的な株価 P は、

<math>P = \frac{Y_1}{1 + r_1} + \frac{Y_2}{(1 + r_1)(1 + r_2)} + \cdots + \frac{Y_n}{(1 + r_1)(1 + r_2)\cdots(1 + r_n)}</math>

と書き表せる。

利子率が一定のとき

ここで、利子率が毎期変わらず、r1 = r2 = ・・・ = rn = r だと仮定すると、

<math>P = \frac{Y_1}{1 + r} + \frac{Y_2}{(1 + r)^2} + \cdots + \frac{Y_n}{(1 + r)^n}</math>

と要約できる。

後の項になるほど分母が大きくなるために、積算する年数が長くなるほどこれらの項は 0 に収束していく。したがって、DCF 法では、現在に近い期のキャッシュ・フローの評価が、きわめて重要であることがわかる。

毎期キャッシュ・フローが一定のとき

さらに、今後のキャッシュ・フローが毎期変わらず一定、つまり、Y1 = Y2 = ・・・ = Yn = Y とすると、

<math>P = \frac{Y}{1 + r} + \frac{Y}{(1 + r)^2} + \cdots + \frac{Y}{(1 + r)^n}</math>

と、より簡単な表現になる。この式は、公比 1/(1 + r) の等比級数となっているため、ある期のキャッシュ・フローと利子率がわかっているだけで、簡単に計算をすることができる。

また、キャッシュ・フローをどこまで積算するかという判断の恣意性を取り除くために、積算するキャッシュ・フローの期間を無限期までとすることもある。これは、上式において、<math>n \rightarrow \infty</math> の極限をとることに相当する。

このとき、この等比級数は無限等比級数になり、その計算結果は、非常に簡単な形、

<math>P = \frac{Y}{r}</math>

に要約される。

毎期キャッシュフローが一定率で成長するとき

通常の企業では、設備投資の増加に伴って、利益やキャッシュ・フローが増加していく方が自然である。ここで、キャッシュ・フローが一定の成長率 g によるとしよう。この場合、

<math>P = \lim_{n \rightarrow \infty} \left\{ \frac{Y}{1 + r} + \frac{(1 + g)Y}{(1 + r)^2} + \cdots + \frac{(1 + g)^{n - 1}Y}{(1 + r)^n} \right\} = \frac{Y}{r - g}</math>

であることがわかる。すなわち、キャッシュ・フローが一定率で成長するときは、分母は利子率ではなく (利子率 - 成長率) となる。大きな成長率が期待できるほど、株価は高く評価されることがわかる。また、期待成長率の変化によっても、株価が変動することが示される。

以上のように、DCF 法による理論的な資産価格は、非常に簡便な想定のもとでは、将来にわたり期待される一定のキャッシュ・フローを、(利子率-キャッシュ・フロー成長率) で割ったもので近似されることがわかる。ただし、現実の企業では、キャッシュ・フローの変動率は一定ではないし、また利子率にも変動がある。こうした変動によって、DCF 法の算定結果は、上記の簡便な設定からずれることになる。

株価の変動要因の解釈

この仮定によれば、株価の変動要因は、2 つに区別される。

第一には、分子の将来のキャッシュフローの期待値の変化である。具体的には、キャッシュ・フローの期待値が一律 10 % 増加したとすると、株価もそれと同率に 10 % 上昇することが説明できる。たとえば、将来の決算予想が上方修正されたとき株価が上昇することは、この関係から理論的に説明できる。

第二には、分母の利子率の変化である。具体的には、利子率が上昇すると、株価はそれに反比例して下落することがわかる。

ただし、第二の関係は現実と一致しないこともある。というのも、利子率が上昇する局面で、株価も上昇することもたびたび観察されているからである。

これは、利子率が上昇する局面は資金需要が逼迫してくる景気拡大期であることが多く、その時には同時に分子のキャッシュ・フローに対する期待値も増加していることが多いからともいえる。したがって、分母が動くような利子率の変動期には、同時に分子が変動していないか注意しないと、株価の動向は正しく説明できないといえる。

関連項目

外部リンク